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第13話

「…… 共通の存在であったら、まだ大元は存在していて、だから祈祷受けても一時的な解決にしかならない、とか……」


 戻って来た籠澤を交え、図書館の閲覧スペースに固まって座る。

 ほかに勉強をしている学生がいないわけではないので、なるべくスペースの端っこで、声を潜めて喋ることにした。

 八千代が再び影を見たことを籠澤へ話すと、詳しくないとはいえ、ここ最近で一番その手の話に触れてきた籠澤は、自分の中にある情報を総動員して推理する。


「じゃあ、俺もいずれまた見てしまうのか…… 定期的に祈祷を受けるのも金が無いなあ。

 てか、もうこれ、俺たち素人がどうにかして解決できるレベルじゃねえって。

 専門家に相談しようぜ」

「今日はもう祈祷も終わっちゃったし無理だけど、明日、社務所へ相談しに行こうか」

「そうそう、それがいいよ」

「八千代さんもそうしよう。明日の朝にでも」


 籠澤と本田がうんうんと話を進める中で、長尾は黙って考えていた。

 その長尾を二人が振り返る。


「長尾も一緒に来るよな」


 返事のない長尾に怪訝な顔で籠澤が確認する。

 長尾は少し考えるような間を置いたが、「うん」と頷いた。籠澤はホッと胸を撫でおろす。

 長尾は長尾で、ここで友人を困らせるなどしたくないしする必要もないのだが、同時に思い当たることもあった。


「本田」

「おう」

「さっきの、お前に写真を渡した人物、思い出せたか」

「あ」


 ぽかんとした本田の顔に、長尾は眉を寄せた。別に怒ったわけではなく、残念な気持ちの方が強いのだが、不穏な顔に見えた本田は慌てて顔の前で手を振った。


「いやいや、思い出せなかったんだ。

 誰かに写真を渡されたってのは覚えてるんだけど、それ以上が思い出せないんだよ」

「何の話だ」


 長尾と本田のやり取りに籠澤が差し込んだ。

 おそらくそういう性質なのだろう本田は、すぐに籠澤の方を振り返って説明をしようとした。

 それを長尾が手で遮ったのだ。


「な、長尾ちゃん……?」

「ちょっと待て。本田が話すと要点が漏れる気がする」

「それは失礼というやつでは?」


 さすがに不本意を顔に出す本田だが、「そうじゃなくて」と長尾は遮った手で本田の背中を叩いた。


「ちょっと籠澤と話してたことがあるんだ。

 俺から話した方がいいと思う」

「なる、ほど……」


 本田は一応の納得をする。どうやら長尾の言葉に含みはないようだ、とは分かった。


「さっき、本田に事象が起きる原因となった出来事は無かったかと確認した。

 本田は喫茶店で写真を見たらしい。セーラー服の女の子の写真だ」


 本田の奥で、八千代がぎゅっと目を閉じたのが籠澤の方から見えた。


「…… 誰から渡されたのか、が思い出せないってことか」

「そう。

 それともう一つ。本田はその出来事をさっき俺が確認するまで忘れていた。

 二週間前とはいえ、自分を恐怖に陥れている存在の写真を見た記憶だぞ。

 忘れるものだろうか」


 長尾の話に、籠澤は黙り込んだ。かち合っていた視線を、彼は逸らして手元を見つめる。

 長尾は少し驚いた。

 自分は、ただ自分が抱えてしまった疑問を籠澤にも考えてもらいたかっただけなのだが、思わず友人を悩ませてしまった。

 何か気まずい沈黙が走る。

 それを破ったのは、震える小さな声だった。


「私……」


 八千代は華奢な身体から絞り出すように告げるのだ。


「私、覚えてる…… ……

 セーラー服の女の子の写真を、渡された…… 細い銀フレームのメガネで、垂れ目の男の子。

 私たちと、同じくらいの男の子だよ」


 怯える八千代の顔は、妙な笑顔のようにも見えた。

 長尾は席を立ち、八千代の方へ歩み寄った。彼女の席に掛かっていたマフラーを取り広げると、八千代の肩に掛けた。

 マフラーの柔らかさと温かさに、八千代の震えが和らいだように見えた。


「…… 名前を聞いた?」


 長尾の質問に、八千代は思い出すように目を閉じたが、やがて首を振った。

 だが、長尾には十分だった。長尾は八千代の肩を叩き、そのまま籠澤を振り返る。

 長尾の表情を見た籠澤は、彼がここまでずっと気にしていたことが何なのかを察した。


「まさか、カフェの相手だって言うんじゃないだろうな」

「そのまさかみたいだ。

 俺も写真を見た。セーラー服の女の子の写真だ。その子の名前は」

「待て、待ってくれ」


 話を続けようとした長尾を、籠澤は慌てたように止めた。

 不思議に思った長尾だが、籠澤は本田と八千代の方へ声を掛けた。


「すまん、ちょっと、席を外してもらえないか。

 その…… 割と個人のプライバシーに関わるようなところまで話が及ぶだろ。

 まだ疑惑の段階だし」


 籠澤は、止めた勢いに転ぶような、しどろもどろの口調だ。急ごしらえな理由だとさえ長尾は感じた。

 だが、本田も八千代も素直な人間のようで、籠澤の理由にもっともだというように頷き、席を立った。


「話が終わったらまた呼ぶから、できれば本田は八千代さんの傍にいてくれ」 

「おっけ。上にいるわ」


 そう言って、本田は上階を指した。

 一階から三階まで吹き抜けとなっている図書館は、二階から一階の様子も見える。お互い声は聞こえずとも姿が見えていた方が安心だ。

 二人が吹き抜けを繋ぐ螺旋階段を登っていくのを確認し、籠澤は口を開いた。


「気づいたか、長尾」

「うん?」

「本田よりも八千代さんの方が根が深い。

 二人とも写真のことを忘れていたようだけど、


 籠澤は、恐れとも苦笑とも付かない表情で長尾を見た。


「名前を知ったら、きっと彼女も声を聞く」


 ゾッと、背筋に蟲が走った。

 だから、籠澤は二人を席から外したのだ。これ以上、セーラー服の女の子の記憶を強固にしないために。


「籠澤は、大丈夫なのか」


 一番近くで、ずっと長尾の話を聞いていた彼こそ、怪異と名前が結びついてしまわないのかと、長尾は心配になった。

 籠澤は今度こそ苦笑した。


「まあ、大丈夫だよ。俺は徹底してようだから。

 それで、一体どういうことなんだ」


 もう一度二人は席に座る。

 籠澤を巻き込みたくはないが、しかし誰か冷静に事態を見てもらう必要もある。自分が当事者となったからには、それを担う人物は最も自分が信頼を置いているこの友人でなければならない。

 大丈夫だと言う籠澤を信じ、長尾は話し出した。


「芦倉という男を覚えてるか。同じ高校だったんだが」

「アシクラ…… いや、俺は知らないな」

「籠澤とは同じクラスにはならなかったんだっけか」

「うん。結局高校はずっと別のクラスだと思う」

「そうか……

 俺が喫茶店で会って写真を見せられたのはその芦倉という奴なんだ。

 セーラー服の女の子が映っている写真で、名前が…… 『穂月』という子だ。

 その子は高校を卒業してすぐに亡くなったそうだ」

「そのアシクラの妹とか?」

「彼女らしい。喫茶店でその子の話をずっと聞いていた」

「え、ほとんど毎日通ってた気がするけど、毎日聞いてたのか」

「うん。芦倉が今にも後を追いかねない様子だったから、彼女との楽しかった話を聞いてやったら少しは気が晴れないかな、と思って」

「いや…… 長尾がそこまでする必要あったか?」


 呆れ半分、心配半分のないまぜになった表情で、籠澤は長尾を見た。

 面倒見がいいという範囲ではないような気がした。それはどこか、強制的な義務のようにも見える。

 長尾自身も自分の行動に違和感を覚えたのか、微妙な顔をしていた。


「必要だとは思ってたから、ずっと話を聞いてたんだが……

 芦倉と穂月はずっと一緒だったんだ。休みの日も、学校の行き帰りも、授業の合間も。

 そういう存在が突然消えてしまったら、俺もきっと」

「ま、待て、待ってくれ」


 つい先ほどと同じ声を聞いた。籠澤は再び、焦ったように長尾を止める。

 その顔は、愕然としていた。


「授業の合間って言ったか」

「言った」

「そうか…… そうか……

 その、忘れているわけじゃないと思うが……」


 籠澤は酷く戸惑うように口ごもりながら、言った。


「─── 俺たちの高校は男子校だぞ」


 長尾は絶句した。

 そうだ。いや、。男子校だということを、忘れてなどいないのだ。

 ─── 『穂月』が学校で芦倉と話している光景を違和感もなくのだ。

 認識が、ずれている。

 籠澤は声を失くしている長尾を怪訝と不安の表情で見つめた。

 彼は尋ねる。


「長尾、『穂月』って誰なんだ」


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