午後の授業も終わり、長尾は芦倉に連絡を入れた。
一週間が過ぎ、授業が一回りすると、芦倉も長尾の授業終わりの時間を把握してきたようだ。たびたび長尾が連絡を入れるよりも先に、待ち合わせのカフェにいることが多くなった。
この日も長尾の連絡に『席を取っておく』と返事が来た。
宗教勧誘のこともあり、長尾としては自分は待つので後から来て欲しい気持ちもあったが、芦倉には忠告はしてある。分別の無い子どもでもないし、少しは彼を信じていいのかもしれない。
だが、一応『勧誘には注意』とメッセージを送っておく長尾である。
季節は木枯らしが吹き始める頃で、すでに日が落ちかけていた。
そもそも五限の授業自体が少ない上に、ましてや受講者などほとんどいない。五限の階段教室は、一日の中で最も空席が余っている。
籠澤とは微妙に取っているカリキュラムが異なり、この五限を彼は取得していない。
西日が差し込む人気のないリノリウムの廊下に、自分一人の足音が響く。
窓枠の濃い影が廊下を断つように落ちていた。
「長尾くん」
ふと背後から呼びかけられた。軽やかな調子の声。
振り返ると、廊下の奥に人影が佇んでいる。首から上が窓枠の影に入ってしまっていて顔が見えない。
赤く強い光に目が眩む。長尾は自分の手をかざし影を作った。
目を凝らし、長尾は影を見つめ─── ぞくりと背筋を凍らせた。
その影はセーラー服だった。
白い半袖から、赤く照らされた腕が滴るように伸びている。
紺地のスカートから生える両脚は短いソックスを履き、足元はローファー。
一見したら、普通の女子高生と何ら変わりない。
高校生が大学にオープンキャンパスで訪れることは珍しくない。ほとんどは夏休みの時期に被るが、時折大学側で実際の授業を見てもらえるよう企画することもある。
今日、おそらくイベントがあったのだ。その帰り、とか。
長尾はなんとか自分の平静を保つために、現実的な可能性を考えつくした。
だが、たった一人でオープンキャンパスに来るものか。
なぜ長尾の名前を知っているのか。
なにより、なぜ彼女は夏服なのだ。
「…… 誰?」
尋ねた自分の声は想像以上に震えていた。しかし、影は答えない。
そこに貼り付けられたように、微動だにしない影から長尾は視線を外せない。身体が硬直してしまったかのような、そのときだ。
背負っていたリュックサックのポケットが震えた。突然の振動に、びくりと長尾の心臓が跳ねる。
慌ててスマートフォンを取り出すと、本田空のメールの着信だった。そうだ、先ほど籠澤から教えてもらった神社と地図を彼に送ったのだった。
一瞬現実に引き戻された長尾は、ハッともう一度影の方を見た。
─── 誰もいない。
そこには、ただ暗闇に断絶されている廊下が伸びているだけだった。
顔が…… 見えなかった。足元、スカートの裾、白い手、腕、半袖のセーラー服。
その上が、影に隠れていた。
しかし、名前を呼んだ声は、
理由の付かない絶対的な確信を、長尾は持たざるを得なかった。