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第3話 派手で、目立って、高潔な

「……ひゅぅ」


 腰を突き出すようにへたり込み、風船が抜けるような声を出してピクピクと痙攣するリーダー。


「ど、どうする?」

「どうするって……私に聞かないでよ」


 男のバッジや羽を見た途端、取り巻きたちは行動の責任を押し付け合おうと探り合う。

 鉛筆で刺されたり、カッターで切られたこともない綺麗な羽だ。


「わっ、私は関係ないから!!」


 その中で一人が目元を隠し、彼女を見捨てて我先にと逃げ。

 それが合図のように全員が女王を失った蜂のごとく散る。


 未だ巻き上がる砂煙の中、ゆらり、ゆらりと現れたふんばり男は、自信満々に拳を振り払い。

 筋肉がぎゅうぎゅうに詰まり、突き出された胸には自信を裏付けるように『等級6』が書かれていた。


 サキュバス同士では基本的に魅了というほど効果が出ないから、同じ等級でも反応が大違いだな。

 まぁ……だからこそ、俺が苛められるんだけど。


「別に、幼馴染ってだけで貴方の女になった覚えはないわ」


 一方、助けられたはずの黒瀬だが驚くことはあれど、少しも嬉しそうじゃない。

 それどころか、足の裏を見たらうんこを踏んでいたかのような顔をしていた。


「おいおい、そんな釣れないこと言うなよ。た・す・け・て、やっただろ?」

「問題なんてn」


 虐めから解放されたと思ったら、今度は痴話喧嘩か? 勘弁してくれよ。


「問題ないことないよな?

 そこの馬鹿面な男を除けば5対1、多勢に無勢。問題しかない、だろ?」


 何やら訳ありの二人なのか。

 やけに含みのある言い方で、下品な笑い方をしながら男は同意を求める。


「恩着せがましい野郎だ。

 助けたかったんだったら、勝手に黙って助けりゃいいのにペラペラペラペラと。

 芸覚えたてのおやつが欲しい犬かよ、そもそも助けなんて必要なかったってのに」


 そんなに恩を着せたいなら、俺がその恩を下げてやろう。

 あからさまに男の目がピクっと動き、それに対して黒瀬の方が静止させる。


「その子が言ったことだ。

 俺はただ好意の補正で魅了にかかっているだけだったし、死ぬ寸前までくれば流石に目を覚ましてたさ」

「そんなの脅すためのハッタリよ。

 だいたい、目が抉られそうって時にも切れない人間いるわけがないでしょ」


 ぶふっ、男が汚らしく豪快に吹き出し。

 黒瀬は困惑した後、首を振りながら諭してきた。


「自分は強い、だなんて勘違いするのはやめなさい。

 貴方は知らないだろうけど、ある条件下だと魅了が途切れることがあるの」


 そして俺の胸元へ腕を伸ばし、着ていたカーディガンをソフトタッチでなぞる。


「昔からサキュバスは薄着のイメージがあるでしょ。ポリエステル、ナイロン、ウール、服の素材と相性が悪いからよ」

「なるほど、それは知らなかった」


 なんだ、ただビビらせるために言っただけか。

 じゃ、まじでこの子は俺を助けようとして助けたって訳だ。

 確かに黒瀬の言った通り、服を着込めば着込むほど魅了に不特定要素が増えることは通説。

 だが、正確に言うなら……まっほとんど変わらないし、いっか。


「そんな馬鹿は放っておいて、なぁ? あっちで話をしようぜ」


 男がまるで自分の所有物だと主張する様に黒瀬の肩に手を回し、校舎裏の方を指差す。


「やめて、貴方と話すことなんか」

『いいんだぜ、言いふらしてもな』


 それを振り払おうとした彼女だが、耳元へ何かを囁かれると黙り込んだ。

 さてはお前の嫌いな食べ物をバラすぞ、とかなんとか言っているな。


『こんな綺麗な身体してるんだ。もう安眠することなんか出来なくなるんじゃないか?』


 あの表情、痴話喧嘩とか穏やかな話じゃなそうだな。

 さてはケーキをどこかで入手して、分け合った大罪でもバレたか?


 もう少し自分の頭を騙しながら表情を作って、内容を知りたかったがあいにくと俺の視線に気づいたようで警戒心が強い男が口元を隠す。

 そしてその直後、彼女の瞳孔が一段と開いた。


「二人でなんの話をして——」

「貴方には関係ないわっ! 恵まれているくせしてッ……ッ、なんで、なんで私ばっかり」


 先ほどまでいたはずの俺を。

 まるで忘れていたように黒瀬はハッとし、八つ当たりで睨みつけてくる。


「はいはい、聞いてみただけなのにそんな事で怒るなよ」

「ッそんな事…………そうよね、貴方たちにとってはその程度の話、その程度のッ」


 唇を噛み締め、手が青ざめるほど握りしめ、目を閉じて深呼吸を繰り返す黒瀬。


「そんなキツイ目をすんなって、ギブアンドテーク。俺もお前を助けるからお前も助けてくれ、それだけの話だろ」


 再び、男が彼女の耳元まで近づけ。

 俺を眺めながら何か話しかけると、目を瞑る。

 そして脱力したと思えば再び開いた瞼は、まるで何もかもを諦めたような漆黒だった。


「いいわ、その話を飲むわ。飲むしかないんでしょ」


 肩へ腕を回され、腕、腰と男の手が触れていく中、黒瀬は抵抗することもなく。

 登校する生徒たちに二人は紛れ、校舎裏へと歩みを進める。


『ガザっ……ガザガザっ』


 そして物陰から十何人もの男女が現れ、打ち合わせでもしていたかのように二人の跡を追いかけて姿を消す。

 おいおいおい、入学してすぐだぞ。もう目をつけられているのか。

 明らかに関わったら面倒そうな集団。

 勧善懲悪、そんな物語の主人公なら使命感にでも駆られるだろうが、生憎とそんななものをもっちゃいない。

 だからこそ、俺はここまで生き残った。

 股間の方から寒気が起き、身体までぶるぶる震える。勃起した後って、なんでこうも尿意を催してくるんだろうか。


「はぁーあ、トイレでも探すか」

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