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禍津君のお母様、真宵さんにご挨拶をしてから二日が経過した金曜日。
あの方はとても息子想いの母親であり、同じ女性として見ても素晴らしい方であった。
私は認めて頂けたのだろうか。
話を聞く限りでは、真宵さんは禍津家の裏方を担当されているらしい。つまり、彼女は私が不死者だと知っているということである。
そんな私を笑顔で迎え入れてくださった。それだけではなく、実家で食べていた料理や雨乃が作ってくれる料理とはまた違った〝家庭の味〟と呼んで差支えない夕食をご馳走してくださったのだ。
私が緊張しているのが見え見えだったのか、常に笑顔で話しかけてくださる。それは、久しぶりに〝母〟という存在と触れ合った時間でもあった。
私のお母さんも真宵さんに負けず劣らず自慢できる母親だ。
しかし、今の私は本当のお母さんより、真宵さんに〝母〟を感じてしまった。
お母さんは私が不死者だと知れば、今まで通り接してくれるのだろうか。
真宵さんのように、全てを理解した上であんな笑顔を向けてくれるだろうか。
答えは……、否だ……。
鴻家は不死者を迫害する一族。それに属するお母さんが、私だけを特別扱いしてくれるとは思えなかった。
それでも、もしかしたら、と思ってしまうのが子供の性なのだろうか。
十八年間愛情を注いでくれたお母さんを信じたいと思うのは、そんなにおかしいことではない、と思う。
でも、私は怖い。
現実はアニメのように時を遡ったりはできない。一度失敗すれば、もうそれを修正することはできないのだ。
だから、鴻家と言う家族に不死者とバレるのが怖くて仕方がなかった。
早く殺して欲しい、と私は願った。
『不死殺しの使い』である少年に頼み込んだ。
その結果――、私はまだ生きている。
それだけでなく、まだ二週間にも満たないけど、とても楽しい日々を与えてもらっていた。『不死殺し』である少年によって。
でも、より厳密に考えると二週間よりも長い時間をその少年、禍津君から安心をもらっていたのかもしれない。
不死者となったことで、家族だけでなく友人とも心の壁が形成されてしまった。しかし、その壁が唯一存在しない相手が禍津君であった。
だから、禍津君を『不死殺しの使い』と思って話していたあの時間も、私にとってはとても貴重でありがたいものだったのかも。年下の男の子と言うこともあり、私は何も気にせず自由に振舞っていたのだから。
不死者と言う後ろめたさで苛まされていた私が、自由でいられた時間。
それを考えると、今の私と彼の関係性。彼女と彼氏という関係になったのは必然なのかもしれない。
まあ、禍津君は私が沈み切っていた五月の頃に、電車内で一目惚れしたと言っていたけど。〝言っていた〟というより〝白状した〟に近いかな。
癪ではあるけど、それを踏まえると彼の勝ちと言えるのだろう。
恋の勝負と言う試合で、私は禍津君を好きにさせられてしまったのだから。
もう七月。
『正気を失いたくない』
『不死者であることを家族にバレたくない』
という思いは変わらないけど、私は――、
「鴻、伊那。だな?」
帰り道。と言ってもまだ学校から私鉄を降り、いつも禍津君と一緒に降りる駅に着いたところ。そして、長いエスカレーターを昇っていると、突然一段後ろの背後から男の声で私の名前を呼ばれた。
振り返ると、口と鼻を覆うマスクをした男の顔が。一昨年に大流行した疫病の名残で、今なおマスクをしている人も多い。なので、この暑い時期でもマスクをしていても何もおかしいことではない。
「俺を覚えているか? 決して声を出すなよ。出せばどうなるか」
脅すように言ってから、男は軽くマスクをずらして私に顔を見せた。
男の命令がなければ、咄嗟に悲鳴を上げていただろう。
「お前、不死者だったんだな。鴻家の人間が不死者だなんて、可笑しな話だ。本当に」
エスカレーターの頂上に差し掛かる。
「そのまま真っ直ぐ歩いて壁の前まで歩け。それから右の人の居ない方に歩いてから振り返れ。知人に会ったような表情をしていろ。〝知人〟というのは嘘ではないだろ?」
私は激しい動悸に襲われながらも、言われた通りに体を動かした。
あんな出会いで知人と呼べるはずもないのだが、私は体の震えを最小限に留めるだけで精一杯であった。
そして、指定された場所で振り返る。雨乃よりは小さいけど、背の高い男が私を見下ろしている。マスクで確かな表情はわからないが、その目は笑っている。
「ニュースでお前の話がひとつも出てこないのが不思議だった。だから、お前を襲う前にしていたように学校前で張り込んでいたんだ。そうしたらどうだ? 〝俺に急所を刺された〟と言うのに、ピンピンとしてやがる。つまり、お前は〝俺と同じ〟だったらしい」
違う。
私はあなたと同じじゃない。
しかし、口は動かない。
「実はな、俺は〝正義の味方〟なんだ。不死者を迫害するような悪い奴らを殺して回っている。お前も俺の同胞なんだから応援してくれるよな?」
だから――、私はあなたと違う。
「それとも、お前はまだ不死者を迫害する側なのか? 答えろ」
急にそんなことを言われても。
それに私は元々、不死者を迫害したことなんてない。
そういう家に生まれただけだ。
「私は……、鴻家の人間です……」
それは偽りたくない事実だった。
私は家族が大好きなのだから。
あの日、私をナイフで刺した〝不死者の男〟に凄まれたとしても……。
「そうか」
短く男が言うと、私のお腹辺りに衝撃とともに激痛が走った。
「じゃあ、お前は〝粛清対象〟だ。もし、俺が警察に捕まったらお前が不死者であることを世間にバラしてやる。そうすれば鴻家もおしまいだ。意味はわかるな?」
お腹が熱い。異物が体内に入っていると言う感覚をまた味わってしまった。
「じゃあな、〝また会おう〟」
アイスピックのようなものが私のお腹から抜かれる。そして、男はそのまま人気のない道を何事もなかったかのように歩いて行った。
「…………」
刺されたお腹に手を置く。
血が付いたけど、もうお腹の痛みはない。
私はハンカチを取り出して、血で赤くなり穴の空いてしまった箇所を上から押さえながら、いつも乗車する帰りの電車に乗った。