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第8話

 08/


 それから金曜日まで平日の朝は見事に伊那さんと同じ車両、同じ扉近くに陣取ることに成功する。この一ヶ月の分析と伊那さんへの想いの賜物、ストーカーとしての才能を十二分に発揮した。

 しかし、普通の人間相手なら避けられて当たり前だが伊那さんは違った。俺と朝に顔を合わせるたびに感心してくれている。嫌われるどころか、ますます信頼度が上がっている様子だ。それだけ俺がちゃんと仕事をしていると思ってくれているのだろう。

 電車を降りてからの十分ほどの会話も自然なものになっていた。

 伊那さんの学校生活や趣味など。向こうは不死殺しの上で必要な情報と思い、疑いなく何でも話してくれる。若干の罪悪感を抱きつつも、俺はその時間を楽しんでいた。

 その話の中で意外だったのが、伊那さんはかなりのアニメや漫画のオタクらしい。まあ、不死殺しをスパイのように動いていると思い込んで楽しんでいた時点でその傾向はあったのかもしれない。

 いつも電車で何やら小難しい文庫本を読んでいると思っていたが、カバーの付いたライトノベルを読んでいるとのこと。そして、ひたすらあのアニメのキャラがどうのや、作画がどうのまで色々と早口で語られていく。彼女の新たな一面を見れてとても嬉しいが、俺はそこまで詳しいというわけではないので、楽しげに話す彼女をひたすら楽しむことに専念していた。


 ♢


 土曜と日曜は伊那さんが自宅に引きこもるということで会うことは叶わなかったが、また月曜日から一緒の電車に乗り合わせて駅構内で話す生活が始まった。

 だが、水曜のその日に変化が起こる。

 もういつも通りとなってしまった朝の電車でバッタリをしたのだが、伊那さんの機嫌が明らかに悪かったのだ。

 そして、電車内では特に話すことなく、これもいつも通りになってしまった駅構内の端の壁にもたれ掛かって話を始めたのだが、


「ねえ、結果はまだなの?」


 怒気に満ちた声。前にも思ったけど普段の綺麗な声に相手を脅すような声を混ぜるととても恐ろしいものになる。


「まだとは……?」

「ふ、し、ご、ろ、し! 私を一週間以上観察してどうだったの、って話!」


 何のことでしょうか、と言うようにとぼけてみたが逆効果だったらしい。周りに人が居なかったから良いものを、こうもハッキリと不死殺しの名を口にされると不審がられてしまう。それは聡明な伊那さんなら理解しているはずなのに、それでもここまで感情を爆発させるということは、相当我慢の限界が来ているということなのだろう。


「もう少しだけお時間をください! あの、やはり、人の命に関わることですから、そんな簡単には……。伊那さんの場合、正真正銘の十八歳なので書類上では確認できなくて……」


 まごつきながら弁明するも、伊那さんは呆れたようにため息を吐く。


「まあ、わからないでもないけど。それでもやっぱり私は早く殺して欲しいの。もう一層のことナイフを用意して――」

「そ、それは前にも言ったように止めてください! 万一の場合、お、俺たちの責任にもなるので……」

「……わかったわよ」


 むくれた表情だけどなんとか自傷することは思い留まってくれたらしい。

 人に迷惑を掛けたくない、という彼女の信念は、不死殺しである俺にも適用されているようだ。


「だけど、私もやれることはやらせてもらうからね」


 まだ話を始めて五分ほどだが、伊那さんが捨て台詞のようにそう言い、乗り換えるらしい改札の方へ行ってしまった。

 誤魔化すのもそろそろ限界なのかもしれないな……。

 次の一手を、とも考えたけど、伊那さんが言っていたやれることとはなんだろう。自傷行為などでなければそれはそれで良いのだが、些か不安になってしまう。

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