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第5話

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 駅から自宅までの足取りはとてつもなく重かった。頭の中でぐるぐると色々な思考が渦巻いている。歩道がちゃんと整備されていなければ車に轢かれていてもおかしくないほどに。

 そして、なんとか帰宅する。母さんは今日も出かけているらしい。朝にそんなことを言っていたような気もするが、もう記憶がおぼろげだ。

 自室の扉を開けると、テレビのスピーカーからゲーム音が流れているのが耳に入る。


「おかえり」

「……おう」


 そこに居たのは、当たり前のように千代であった。しかし、勝手に人の部屋に入ってうんぬんと怒る気力もなく、俺はベッドに倒れ伏す。


「どうしたの? いつも以上に変だよ」

「普段から変な奴みたいに言うな。俺は普通だ」


 少なくとも、好きな人が死にたいから俺の手で殺してくれと願われ、どうしようもなく動けなくなってしまうほどに。


「真宵から聞いたけど、不死殺しの仕事に行って来たんでしょ。何かあったの?」

「うん、それが……」


 禍津家の秘匿を知り不死者である幼女に悩みを打ち明ける。俺が話している間もゲームに集中しているようにしか見えなかったが、


「その伊那という子は気にし過ぎじゃないのかな。だって、正気を失って周りを傷つけるなんて一般人でも起こりうることだよ。不死者だからと言って、皆が皆そうじゃない」


 私のようにね、と付け加えたところでゲームオーバーになったBGMが流れた。

 普段なら怒りを机に叩きつける彼女だが、コントローラーを置いて俺の方を見る。


「それで、その大好きな彼女の依頼は断ったの?」

「いや、とりあえず俺はあくまでも使いの者ってことにしてたから、不死殺し本人と話すって言って保留にしてある」

「で、不死殺しである聖は依頼を受けるの?」

「それは……、受けたくない……」

「はあ……」


 呆れて物も言えないというように大きくため息を吐かれてしまう。幼女に。


「不死殺しが不死者にいちいち情を移していたらキリがないよ。今は代理とは言え、心次郎の後はあなたが禍津家を引き継ぐんだから」

「それは、もちろんわかってるよ……」

「全く、情緒が安定しないわね。この前来た時はあんなに女のことで浮かれていたというのに。まあ、前向きに考えるなら知り合えるキッカケができて良かったじゃない」

「前向き過ぎるわ。その彼女に殺してくれと言われたらこうなっても仕方ないだろ」


 ベッドの上に倒れている姿を見せつけるように俺は言った。そんな俺を見飽きたのか千代はスマホをいじり始める。

 それから無言のまま時間が過ぎていく。千代がプレイしているソシャゲの音だけが部屋に響いていた。

 そんな中、俺は目を閉じて少し眠っていたのかもしれない。

 しかし、突然自分のスマホにチャットアプリの着信音が鳴って飛び起きた。

 こんな時に誰だ、と思いながらスマホに手を伸ばす。学校の奴らから連絡が来るわけがないので、母さんぐらいしか思い当たらなかったのだが、


「……えっ?」


 画面に表示されていた相手の名前は『鴻伊那』であった。すぐさま俺は応答ボタンを押す。


「……もしもし」

『あっ、出た』


 意外そうな声であった。通話を掛けて来ておいて『出た』というのは変な話だと思ったのだが、彼女は少し怒ったように言う。


『あなた、本当に不死殺しの使いなの? そんな簡単に相手からの連絡を受け取るなんて不用心じゃない? もっと気をつけた方が良いわよ』

「は、はあ」


 なんで俺は怒られているんだろう。しかし、彼女の言い分は間違っていないので何も言い返せないのが悲しい。


『もう不死殺しの人に伝えてくれた?』

「あ、ああ……、いえ、まだ不死殺しは外出中で話はできていないです」


 咄嗟に嘘を吐く。あくまでも保留を長引かせるための嘘だったのだが、


『そう。じゃあ、また明日会えるかしら? 今度はあまり人のいない所でちゃんと話をしたいの』

「え、えっと、まだ話すことがあればメッセージなりで聞きますが……」

『私、相手の顔が見えている方が話しやすいの。場所はそちらが指定してくれて良いから。お願い』


 伊那さんの住所は母さんから聞いている。いつも彼女が乗車してくる駅のすぐそばだ。

 事情が事情でなければ、大好きな彼女から会いたいというお誘いでもある。お願い、と言われてしまったら断ることはできない。


「では、指定場所は後で送ります。明日の昼にでもまた会いましょう」


 と、素直に承諾したのだが、


『だから、あなた不用心過ぎない? そんな簡単に何度も身元がハッキリとしていない依頼者と何度も会って良いわけ?』


 また怒られてしまった。なんだろう、ものすごく理不尽だ。

 身元がハッキリとしてないのはそうだけど、少なくとも俺は伊那さんの朝の生活スタイルは知っている。だが、それを言うわけにはいかない。


『まあ、こちらとしては都合が良いから別に良いけど。じゃあ、また明日ね。ちゃんと不死殺しの人に伝えておいてね』

「は、はい、わかりました」


 そこで通話は切られてしまう。

 俺が相手の言いなりになっている様を見ていた千代が言う。


「全く、禍津家の将来が心配よ」

「ほっとけ」


 伊那さんが何を言ったのかは知らないはずなのに、俺の反応だけで色々と察したらしい。まあ、何世代も前から禍津家と懇意にしている不死者として心配になるのは仕方ないのかもしれないけど。

 何はともあれ、また明日も伊那さんと会う約束をしてしまった。人のいない所という指定だったので、彼女には悪いけど俺の地元の方まで来てもらおう。新快速が停まらないだけあって街の中心部から外れた郊外だから。

 あまり早く場所を指定したメッセージを送ると不審がられるので、わざと晩御飯を食べ終わった後の時間まで待って、『伊那さんが利用している駅から普通電車で三駅下った駅近くにある公園で話をしましょう』と、公園の場所がわかる画像付きでメッセージを送る。すぐに了承の返事が届いた。

 もちろん母さんにも依頼者が俺が一目惚れした伊那さんであったことを含めて全て報告した。そして、様々な気持ちを込められ「頑張ってね」と言ってもらえた。その応援に応えようと思う。

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