図書館のメインホールは、一瞬にして地獄絵図と化していた。砕け散った巨大な鏡の残骸が床に散らばり、鏡のあった壁の中心からは、空間そのものが裂けたかのように黒い霧状の『虚(うつろ)』が絶えず溢れ出す。霧は生き物めいて床や壁を這い、触れた箇所を瞬時に色褪せさせ、脆く崩していく。ホールを満たしていた柔らかな光と生き生きとした反響は掻き消え、淀んだ空気と絶対的な静寂を強いる『虚』の圧力が支配し始めていた。
霧の中から這い出てきたのは異形の影――『虚獣(きょじゅう)』。それは黒曜石を溶かして歪な人の形に固めたかのようで、あるいは深い影そのものが無理やり三次元に実体化したかのような存在だ。不定形の輪郭は常に陽炎のごとく揺らめき、見る角度によって手足の長さや形状を変える。顔にあたる部分は滑らかでのっぺらぼうを思わせるが、そこに走る裂け目のような赤い光が不気味に明滅し、標的を認識する眼として機能しているらしかった。
数体の虚獣が、ホールに取り残された人々に向かい、音もなく滑るように迫る。長く歪んだ腕の先には鋭利な爪状のものが形成され、振り下ろされるたび空気が裂ける音が響き、床や書架の一部を抉り取った。物理的な攻撃に加え、虚獣の近くにいるだけで人々は激しい恐怖と悪寒に囚われ、身動きが取れなくなる。精神に直接作用する『虚』の波動が人々を苛んでいた。
「きゃあああ!」
「逃げろ! 化け物だ!」
「助けてくれ!」
逃げ惑う人々の悲鳴、書架が倒れる轟音、虚獣の発する低く不快な唸り声が混じり合い、阿鼻叫喚の空間を作り出す。
「蓮くん、右翼から来る二体を頼む! 私は左翼と中央を!」
隣に立つ若き日の如月が、普段の神経質そうな表情を捨て、覚悟を決めた戦士の顔で叫んだ。その手には既に数枚の黄色い護符が挟まれ、複雑な印を結び始めている。未来の師に見られた圧倒的な練達さこそないものの、その身のこなしには一族の者としての確かな力が宿る。
「はい!」
蓮は即座に応じ、右翼から迫る二体の虚獣へと意識を集中させた。未来での訓練、祭祀場でのアルゴスとの戦闘、核の浄化とユキとの融合を経て、彼の『魂響(こんきょう)』は質、量ともに格段に向上していた。子供の身体(十歳の蓮のものだ)に宿る巨大な力。そのアンバランスさに戸惑っている暇はなかった。
(大丈夫だ、やれる!)
呼吸を整え、蓮は自身の周囲に藍色の『魂響』による防御フィールドを展開する。同時に、右手の指先に意識を集中させ、鋭く尖らせたエネルギーの槍を形作る。
「ハァッ!」
短い気合と共に、指先から二条の藍色の光――意志の波動が放たれる。光は正確に二体の虚獣の赤い眼のような裂け目へと吸い込まれた。
『……!?』
物理的な衝撃はない。それでも虚獣たちの動きは明らかに止まった。赤い裂け目が激しく明滅し、不定形の体が痙攣するように波打つ。『虚』の力によって束ねられた存在にとって、純粋な意志と生命力の波動である『魂響』は、内部構造を直接揺さぶる毒のごときものらしい。
隙を逃さず、蓮はさらに『魂響』を練り上げる。今度は防御フィールドを押し広げ、浄化の波動で虚獣たちを包み込むイメージを描いた。
「消えろ!」
蓮から放たれた藍色の浄化の波紋が虚獣たちに触れた瞬間、影のような体は酸を浴びたかのように激しく泡立ち、黒い粒子となって霧散し始めた。
『ギャアアア…!』
断末魔じみた、音にならない苦鳴が蓮の脳内に響く。二体の虚獣は数秒で完全に消滅し、床にはわずかな黒い染みが残るのみとなった。
「…よし!」
蓮は息をつく。未来でユキと力を合わせた際の絶対的な浄化力には及ばないが、自分の力だけでも初期の虚獣なら対処できると確信した。
一方、若き如月も奮闘していた。彼は蓮のように直接『魂響』を放てないようだが、一族に伝わる知識と技術を駆使する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 破邪顕正!」
古式の呪文と共に護符を投擲。護符は空中で炎を纏い、火の鳥と化して虚獣に突撃する。聖なる炎に焼かれた虚獣は苦悶の声を上げ、動きを鈍らせた。
「縛!」
別の護符が地面に叩きつけられると、床から無数の光の鎖が伸び、虚獣の足元や身体に絡みつき、その動きを封じにかかる。
虚獣たちは唸り声をあげて抵抗したが、若き如月の連携攻撃によって着実にダメージを受けていた。彼の戦い方は派手ではないものの、一族の知恵と経験に裏打ちされた堅実さと精密さを備えていた。
(これが…師匠の若い頃の戦い方…)
感心しつつも、蓮はすぐに意識を切り替えた。如月が相手をしているのは三体。一人では数が多く、押し切られる可能性がある。
「師匠、加勢します!」
蓮は叫び、残る虚獣の一体に『魂響』の槍を放った。不意を突かれた虚獣が怯んだ隙に、如月が最後の護符を投げつけ、強力な浄化の光がその一体を消滅させた。
残るは二体。蓮と如月は背中合わせになるような位置を取り、互いをカバーしつつ連携する。蓮が『魂響』で虚獣の動きを止め、精神にダメージを与えれば、如月が護符や呪文で動きを封じ、浄化の力で止めを刺す。時を超えた、未来の師弟による共闘だった。
数分後、ホールに蔓延っていた虚獣は全て消滅した。だが、勝利の安堵に浸る間もなく、二人は厳しい現実に引き戻される。
床には数名の負傷者が倒れ、図書館の職員たちが懸命に介抱していた。幸い死者は出ていないようだが、虚獣に直接触れられた者は生命力を吸い取られたかのように衰弱している。壁や書架は各所で損傷し、砕けた鏡の破片が不吉な光を放っていた。
そして何より、砕けた鏡の中心から溢れる『虚』の黒い霧は止まっていなかった。霧は勢いを増し、ホール全体を侵食しようと蠢いている。まるで、ここが『虚』の世界への安定した『門』として開きつつあるかのように。
「くそっ…キリがない…! このままでは図書館全体が『虚』に飲み込まれるぞ!」
若き如月は歯噛みし、焦燥の色を浮かべた。彼は新たな護符を取り出し、霧の発生源たる空間の裂け目を封じようと試みる。しかし護符は裂け目に吸い込まれるように消え、何の効力も発揮しない。
「ダメだ…! ただの物理的な裂け目じゃない。空間そのものが『虚』の法則に書き換えられ始めている! 我々の一族に伝わる封印術では…追いつかない…!」
その時、蓮は首にかかる『感応石』が再び熱く脈打つのを感じた。石は深い藍色に輝き、空間の裂け目と砕け散った鏡の破片に反応を示している。
(この石…未来から持ち越したものだが、この時代の『虚』にも反応するのか…? いや、待てよ…)
蓮はハッとする。この石は元々、未来の如月師匠が一族に伝わる道具として蓮に与えたものだ。あるいは、この時代にも同様のものが存在するのでは…?
「師匠!」 蓮は若き如月に向き直った。「未来のあなたが、俺にこの石をくれました。『感応石』と言って、『虚』のエネルギーや精神的な反応を探知できるそうです。これを使えば、あの裂け目の性質や弱点が分かるかもしれません!」
首から感応石を外し、蓮は若き如月に見せた。如月は驚きの表情で石を受け取り、食い入るように見つめる。
「感応石…? こんなものは…初めて見る…。いや、待て、一族の記録庫の奥に、これと似た用途を持つ、さらに古い『星の欠片』と呼ばれる石に関する記述があった気がする…失われた古代の遺物だとばかり思っていたが…」
彼は感応石を裂け目に向けてかざした。途端に石は激しく振動し、深い藍色の光を強く放つ。
「…確かに、強烈な『虚』のエネルギーに反応している。だが、それだけではないな…何か、この石自体が裂け目のエネルギーと『共鳴』しているような…?」
感応石を手に、裂け目の周囲をゆっくりと移動しながら、如月は石の反応の変化を注意深く観察し始めた。
「こっちだ…! 裂け目の中心ではなく、砕けた鏡の最も大きな破片がある場所に近づくと、石の反応が変化する! 藍色の光の中に、微かに…金色の光が混じる…! これは一体…?」
蓮もその場所に意識を集中させ、『魂響』で探る。確かに、他の場所とは異なる複雑なエネルギーの絡み合いがあった。黒い霧状の『虚』のエネルギー、砕けた鏡の破片に残る微弱なエネルギー、そして…もう一つ、極めて微弱ながら清浄で秩序だった、古代の祭祀場のエネルギーに似た波動を感じる。
(鏡の破片に…古代のエネルギー…? まさか、この図書館の鏡はただの鏡じゃなかったのか!?)
蓮は如月の言葉を思い出した。かつて朧月市は「水鏡の都」と呼ばれ、神業と称された鏡作りの職人がいたという伝説。「鏡は異界と繋がる門」であるという説。
「師匠、この鏡…もしかして、ただの装飾品じゃないのでは? 一族が管理していたとか…」
「いや、このホールの大鏡は数十年前に市から寄贈されたと聞く。制作者は…たしか、当時名高かった『天城鏡房(あまぎきょうぼう)』という工房だったはずだ…。一族とは直接の関係はないと思っていたが…」 若き如月は首を捻った。「なぜ古代のエネルギーの痕跡が…? それに、『虚』は他の無数の鏡ではなく、ピンポイントでこの大鏡を狙って『門』を開いた理由は…?」
二人が鏡の謎を巡って思考を巡らせている間にも、裂け目から溢れる黒い霧は勢いを増し、ホールに倒れていた負傷者たちを飲み込もうと触手を伸ばし始めていた。
「いけない! 師匠、まずはあの人たちを安全な場所に!」
蓮の叫びで若き如月も我に返る。二人は手分けして負傷者を抱え上げ、『虚』の汚染が及んでいない図書館の奥の部屋へと運び始めた。図書館の職員たちも恐怖に耐えながら避難誘導を手伝う。
(考えろ…なぜこの鏡なんだ? 何か特別な意味があるのか? 『虚』の侵攻と関係が…?)
負傷者を運び終え、地下の修復室に戻る道すがら、蓮は必死に思考を巡らせ、一つの可能性に行き着いた。
(もし…この鏡が、古代の祭祀場のエネルギーと、わずかでも繋がっていたとしたら? だから『虚』はこの鏡を『門』として狙い、浄化された祭祀場のエネルギーを感知した感応石が反応した…?)
ありえない仮説ではない。そうであれば、祭祀場のエネルギーを利用して、逆にこの『門』を閉じられるかもしれない。だが、どうやって? 祭祀場は地下深く、位相門を通らねばアクセスできないはず。
「…師匠、少し時間をもらえませんか?」
修復室に戻ると、蓮は決意を秘めた目で若き如月に言った。「俺、少し試したいことがあります。あの裂け目を…あるいは閉じられるかもしれない方法を」
若き如月は驚き、疑いの眼差しを向けた。
「…本気かね? 私ですら手も足も出なかったものを、君に閉じられると? 一体どうやって?」
「未来の…ユキさんと行った方法の応用です。俺の『魂響』と鏡の破片に残る古代のエネルギー、そして師匠の力も必要になります」
蓮は、祭祀場で封印の核を浄化した際の経験をかいつまんで説明した。自身の力とユキの力が融合し、核のエネルギーと共鳴することで『虚』の汚染を浄化したこと。今回はユキの力はないが、代わりに鏡の破片に残る祭祀場のエネルギーを利用できないだろうか、と。
若き如月は蓮の話に黙って耳を傾けていた。未来の出来事、ユキという存在、核の浄化…彼の常識を遥かに超える内容だ。それでも、目の前の少年が持つ確かな力、虚獣との戦いでの連携、そして何より感応石の不可解な反応が、彼の心を揺さぶっていた。
「…リスクは?」 如月は静かに尋ねた。
「高いです。失敗すれば、俺の魂が裂け目に引きずり込まれるか、裂け目をさらに不安定にしてしまうかもしれません。もし裂け目の奥にいる『虚』の本体に気づかれれば…」
「…儀式を邪魔された時の二の舞、というわけか」 如月は未来の蓮から聞いたであろう話を引き合いに出す。
蓮は黙って頷く。若き如月はしばし目を閉じ、深く息をついた。やがて目を開けると、その瞳には先ほどまでの動揺はなく、覚悟を決めた光が宿っていた。
「…分かった。君に賭けてみよう」 彼は言った。「未来から来た弟子とやらが、このまだ若い私を導くというのなら、それもまた一興かもしれん。何をすればいい?」
蓮は安堵と感謝の念を覚えた。
「まず、ホールに戻り、裂け目の周囲にできる限り強力な防御結界を張ってください。俺が裂け目のエネルギーに集中している間、『虚』の干渉から俺を守る必要があります。次に、金色の光が混じる反応を示した鏡の破片…あれに、師匠の持てる限りの浄化の力を注ぎ込んでください。俺の『魂響』が、そのエネルギーと共鳴するための『道標』とします」
「承知した」 如月は力強く頷き、必要な護符や道具を準備し始めた。「しかし蓮くん、決して無茶はするな。限界だと感じたらすぐに中断するんだ。未来を変える前に、君自身が消えてしまっては元も子もない」
「…はい!」
二人は再びホールへと向かった。ホールは既に人影がなく、黒い霧だけが静かに、だが着実に空間を侵食し続けている。
如月は裂け目の周囲に素早く護符を配置し、呪文を唱えて青白い光の壁を作り上げた。未来の彼が張った結界ほど強力ではないが、今の彼にできる最大限のものだ。
蓮はその結界の内側、裂け目の数メートル手前に立ち、例の大きな鏡の破片を見据えた。破片は黒い霧の中でも微かに内部から光を発しているように見える。
(ユキさん…見ててくれ…)
心の中で呼びかけ、蓮は目を閉じ、意識を集中させた。
まず自らの『魂響』を最大限に高める。藍色の光がオーラのように全身から立ち上った。次に、その『魂響』の波長を、鏡の破片から感じる微弱な古代のエネルギーの『響き』に合わせる。それは遠く微かな音に耳を澄ませ、自分の声のトーンを合わせるような、繊細で困難な作業だった。
「今だ、蓮くん!」
如月の声と共に、彼が鏡の破片へ渾身の浄化の力を注ぎ込むのが感じられる。黄色い護符が破片の上で燃え上がり、清浄な白い光が破片に流れ込んだ。
(来た…!)
破片から放たれる古代のエネルギーの『響き』が増幅され、明確になる。蓮はその響きに、自身の『魂響』を完全に同調させた。
ピタリ、と波長が合った瞬間。
蓮の意識は再び時空の狭間へと引き寄せられるような感覚に襲われた。今回は異なる。時を超えるのではなく、空間を繋げる感覚だ。彼の意識は鏡の破片と裂け目を通じて、遠く離れた場所――地下深くの祭祀場の、浄化されたばかりの封印の核――へと繋がった!
(繋がった…!)
蓮の全身から放たれる『魂響』は藍色に加えて、祭祀場の核と同じ、眩い青白い光を帯び始める。二つの場所が蓮の意識を介して、一時的にリンクしたのだ。
「おおっ…!」
繋がった回路を通じて、祭祀場の核から膨大なエネルギーが蓮自身に流れ込んでくる。子供の身体には到底受け止めきれない奔流。だが、蓮の魂は未来での経験とユキとの融合を経て、その力に耐えうる器へと成長していた。
(この力で…裂け目を…!)
蓮は、祭祀場から流れ込む清浄なエネルギーと自身の『魂響』を融合させ、一つの巨大な光の奔流として、目の前の空間の裂け目、そしてそこから溢れ出す『虚』の黒い霧へと叩きつけた!
「閉じろオオオォォォッッ!!!」
光と闇が激突する! ホール全体が揺れ動き、凄まじいエネルギーの嵐が吹き荒れた! 青白い光の奔流は黒い霧を押し返し、裂け目そのものを内側から浄化し、修復していく!
『グオオオオ…! ナ…ナゼ…祭祀場ノ力ガ…ココニ…!? オノレ…邪魔ヲ…!!』
裂け目の奥から、『虚』の本体の怒りと驚愕に満ちた声が響き渡る。浄化の光は止まらない。裂け目は急速に縮小し、そこから溢れ出ていた黒い霧も掻き消えるように消え去っていく。
やがて光が収まり、ホールには静寂が戻った。空間の裂け目は跡形もなく消え失せ、床や壁を覆っていた黒い染みも浄化されている。砕けた鏡の破片はただのガラス屑と化し、金色の光も古代のエネルギーの気配も感じられない。
「…はぁ…はぁ…やった…のか…?」
蓮は、その場に倒れ込みそうになるのを必死でこらえた。全身のエネルギーを使い果たし、立っているのがやっとだ。感応石は静かな藍色に戻り、『虚』の気配が完全に消えたことを示していた。
「…信じられん…」
結界を解いた若き如月が、呆然とした表情で蓮に近づいてくる。
「君は…本当に…時を超えてきたというのか…? これほどの力…一体何者なのだ…」
彼の目には畏敬と、わずかな恐怖の色さえ浮かんでいた。
蓮は答えようとしたが、激しい疲労と安堵から、そのまま意識を手放しかけた。その刹那、蓮の脳裏に鋭い警告のような感覚が走る。
(…まだだ…! 何か…終わっていない…!)
最後の力を振り絞って蓮は目を開け、周囲を見回した。ホールは静まり返っている。しかし『魂響』が微かな違和感を捉えていた。
(どこだ…? 何かが…残っている…?)
蓮の視線は、ホールの壁に掛けられたまま無事だった別の鏡に向けられた。先ほどの大きな鏡より小さい、装飾的な楕円形の鏡だ。
その鏡の表面が一瞬、水面のように揺らいだ。中心に、ほんのわずかな時間だけ、赤い単眼(モノアイ)が映ったような気がした。
(まさか…アルゴス…!? いや、違う…もっと…!)
蓮がそれに気づいた瞬間、彼の身体に再び激痛が走った。視界が暗転し、今度こそ完全に意識が遠のく。
床に崩れ落ちる蓮の傍らで、若き如月が駆け寄り、その名を叫んだ。図書館のホールには、先ほどとは異なる、より巧妙で底知れぬ何かの気配が、密やかに満ち始めていた。『虚』の直接的な侵攻は防いだかもしれない。だが、鏡のある世界には、まだ別の形の脅威が潜んでいるのだろうか。
意識を失う直前、蓮の耳の奥で、か細いが確かなユキの声が響いた気がした。
『…気をつけて…蓮…「鏡」そのものにも…意志があるのかもしれない…「虚」とは違う…もっと古い…何かが…』