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第7話 万華鏡

 目が覚めたら、紅の腕の中で眠っていた。

 背中にぴったりと体を添わせて、後ろから抱き締められていた。


(え? うそ。本当に一緒に寝ちゃったんだ)


「一緒に寝るよ」とは言われたし、布団に入った覚えもあるが。


(キスして霊力を吸われたけど、それ以上は喰われてないよな)


 キスされて気持ち悦くなった記憶しかない。

 それ以降は、温かくて眠ってしまった気がする。


(たったあれだけで足りるのかな。僕の前にニコと芯を喰ったから、お腹いっぱいになったのかな)


 喰われたからといって、特に体調も悪くない。

 むしろ気持ち良かったな、くらいだ。


(やっぱり、紅様に喰われても痛くも苦しくもないんだ。良かった。最期に喰う時も気持ち悦くしてもらおう)


 死ぬ瞬間まで気持ちが悦いなら、死ぬのも幾分か怖くなくなる。


 紅の手が、蒼の肩を掴んだ。

 体が大きい紅に抱き締められると、小さい蒼はすっぽりと収まってしまう。

 今は体の前で腕がクロスしている。羽交い絞めにされている気分だ。


 肩に掛かった紅の手をそっと握る。

 やはり、温かい。


(大きくて温かい、優しい手。こんな風に触れてくれる相手が、僕の人生に現れるなんて、思ってなかった)


 たとえ餌だとしても、喰いきるまでの短い夢だとしても。

 温もりがどんなものか知れただけで、嬉しかった。


「おはよう、蒼」


 耳元で囁かれた。

 息が掛かって擽ったい。ゾクゾクして、肩が震えた。


「お、おはようございます、紅様」


 体がぴったりとくっ付き過ぎていて、恥ずかしくて振り返れない。


「よく眠れた? 蒼が、ぎゅってされると嬉しいって言ったから、抱き締めて寝たんだけど。苦しくなかった?」

「え? 僕、そんなこと、言ったんですか?」


 紅が普通に頷く。

 さっと血の気が引いた。


「すみません、すみません。餌如きが主に失礼な発言をしました。すみません」


 肉に続き我儘を言った挙句、大胆なリクエストをしてしまった。

 さっきとは違う理由で震える肩を、紅が抱き締めた。


「もっと我儘、言っていいよ。できれば自分を餌だと思ってほしくないし、俺を主だと思わなくていい」


 訳が分からな過ぎて、返事が出来ない。


「実際、俺に喰われてるわけだから、難しいかもしれないけど。自分の家で、自由に過ごしてる感覚でいてほしいんだよ」


 つまりは肩の力を抜いて気楽にしていろ、と言いたいのだろうが。


「すみません。そういう経験がないので、わかりません。ですが、努力します」


 物心ついた時から、理研で番号で管理される生活しか、蒼は知らない。

 名前すら、紅が初めてくれた。


「そうだったね。努力とかは、しなくていいけど。この家で、覚えてくれたらいいよ」


 紅が蒼の耳に口付ける。

 ドキリとして、体に力が入った。


「本当はもっと気持ちいいコトも教えてあげようと思ったんだけど、次にしようね」


 心臓が、鼓動を増す。

 キス以上の気持ちいいことなんて、よくわからない。


(いや、来た日にフェラもしたし、知らないわけじゃないけど。セックスとか、シたことない)


 そういう行為も、紅の食事には含まれるのかもしれない。

 喰われた色は紅にキスされただけで射精していた。


「ちなみに蒼は、精通してるよね?」

「はい、一応は!」


 思わず力が入って、とても大きな声で返事をしてしまった。


「年齢より幼く見えるから、まだかもって思った。夢精以外で射精したことある? 自慰は?」


 色々質問されて、口がハクハクする。

 十五歳の蒼が年齢より幼く見えるとは、紅には蒼が何歳に見えているんだろう。


「まぁ、いいや。全部、俺が教えてあげるよ」


 股間をそろっと撫でられて、足が大袈裟にびくりと跳ねた。

 そんな蒼を、紅が楽しそうに眺めている。


「そうだ。蒼に良いモノ、見せようと思っていたんだった」


 蒼から離れて、紅が枕元に手を伸ばした。

 この流れで出てくる良いモノが、本当に良いモノだとは思えない。


「はい、これ」


 紅が綺麗な箱の蓋を開けた。

 中には筒のような形をした望遠鏡のようなものが入っていた。


「こうやって持って、中、覗いてごらん」


 一つの筒を手に取り、紅が中を覗く仕草をして見せる。

 赤い筒を手に取って、中を覗いた。

 宝石のようにキラキラした雫が模様を形作る。


「ゆっくり回してみて」


 言われた通りに手でゆっくり回すと、模様が動いた。

 あまりに綺麗で、蒼はじっくりと変わる模様を眺めていた。


「万華鏡っていうんだけど、最近の現世うつしよの子は、知らないかな」

「聞いたことなら、あります。実際に見たのは、初めてです……」


 理研では、ゲームなどの玩具は与えられなかった。

 戸籍すらないbugは学校にも通わせてもらえない。

 年上の子に絵本を読んでもらったりして、なんとか読み書きを習う。

 申し訳程度に置かれている本棚の古本を、何とか読める程度だった。


「綺麗だなぁ……」


 回し続けると、中の模様が無限に変化していく。

 どれだけ見続けていても、飽きない。


「それ、あげるね」


 びっくりして、紅を振り返った。


「別の色が良い? 中の模様の色、色々あるよ。大体、筒の色と同じなんだけど。蒼は自分と同じ、青色の方がいい?」


 蒼は、ふるふると首を振った。


「これ、僕が貰って、いいんですか? 僕だけのモノにして、持っていて、いいんですか?」

「うん、いいよ。ニコにも芯にもあげたから、蒼にもあげるよ」


 服や靴などの生活用品ですら、理研では共同使用だった。

 自分のモノは精々下着と歯ブラシくらいだ。

 こんなに綺麗な玩具を貰ったのは初めてだった。


「僕だけのモノなんて、生まれて初めてです。こんな贅沢、していいんでしょうか」


 万華鏡を握り締めた手に、ぽたぽたと雫が落ちる。

 蒼の肩を、紅が抱き締めた。


「蒼の名前は蒼だけの名前だ。毎日寝る布団も、蒼の布団だよ。着物も下駄も、蒼だけのものを準備している。蒼だけのモノが、沢山ある。全部、必要なもので、全く贅沢ではないんだよ」


 紅が今話したモノは、蒼にとっては総てが贅沢だ。


「俺が蒼にあげたいと思うモノは全部必要なもので、贅沢ではないから、受け取っていいんだよ」

「なんで、何で紅様はそんなに、僕らに親切に……」


 昨日と同じ質問が口を突いて出てしまった。

 餌である蒼たちを、紅は「可愛い」と言った。


「君たちが可愛いから。でも、蒼は少しだけ、皆とは違う理由があるかな」


 言葉を吹き込むように、紅が蒼の耳に口付けた。


「妖怪はね、特定の感情に染まった魂を美味いと感じる。俺は快楽に染まった魂が美味いんだ。だから、皆を可愛がるし、皆が喜ぶと俺も嬉しい」


 紅の顔を見上げる。

 得心した顔をしていた。


「こういう言い回しをした方が、蒼は納得できるみたいだね」


 指摘されて、ぐっと言葉を飲んだ。

 蒼たちは餌なのだから、「餌をより美味くするため」と説明された方が納得できるのは当然だ。

「ただの親切心です」と言われるより、余程に説得力がある。

 モノや食事を与えて心を満たしたり、環境を整えたり、性交したりする理由がやっとわかった、と思えた。


「蒼の場合はね、魂が安心や快楽に染まった方が霊元が育って、霊力が増える。霊能が育つ。俺は、そこに期待してるんだ」

「僕の霊元が育てば、霊力をいっぱい食べられるから、ですか?」


 霊元が育って霊力が大量に作れるようになれば、長く喰える。

 充実した生活が霊元を育てるのならば、そういうことだろう。


「それは、そうなんだけど」


 紅が考える顔をした。


「紅様は、僕の霊力だけでお腹いっぱいに、なりますか? 魂も喰わないと、満たされませんか?」


 仮に蒼の霊力だけで紅の腹が満たされるなら、もう理研から子供を買わなくて済むかもしれない。

 喰われる子供を減らせる。

 もしかしたら芯を逃がしてやれるかもしれない。


(何考えてるんだろう、僕は。それじゃまるで、僕が餌になって他の子供を救おうとしているみたいだ)


 なんて自己犠牲的な、偽善的な発想だろうと思う。

 けど、紅の元での生活は快適で、この状態で喰われ続けるなら、蒼にとっても悪くない。


 紅が突然、蒼の胸に口付けた。

 驚いて逃げようとする体を、紅の腕が掴まえた。


「蒼の霊元が、俺の望むように成長して、沢山霊力を放出できるようになったら、蒼の霊力だけで俺は生きられるよ」


 着物がはだけた胸に吸い付いた紅の唇から、妖力が流し込まれる。


「ぁ……」


 胸の深い部分の何かが震えている。

 性的な快楽に似た興奮が、じんわりと広がった。

 気持ちが良くて、頭がぼんやりしてくる。


「もう、子供を喰ったりしない? 理研から、買ったりしない?」


 触れてくれる紅の手を弱く握る。


「紅様は、悲しくなったりしませんか?」


 ぼんやりと、紙風船を空に掲げていた時の紅の顔を思い出していた。

 紅の指が顎にかかって、上向かされる。

 唇を喰うように重ねられて、霊力を強く吸われた。


「んっ……、ぁ、んぅ」


 気持ちが良くて、腰が疼く。

 勃ってしまいそうで、足を寄せて股間を隠した。


「ふぁ……」


 少しずつ紅の妖力が流れ込んできて、じんわりとした快楽が全身に広がる。

 体の力が抜けた。


「好きだよ、蒼。蒼を、もっと好きになりたい」


 紅の指が勃起した蒼の男根をなぞる。

 少し触れられただけなのに、ぞわりとした刺激で体が震えた。


 紅の口が蒼の男根を咥え込んだ。

 舌が陰茎をなぞって舐め挙げる。

 さっきよりずっと強い刺激に、腰が浮く。


「やっ、紅、様、気持ち、悦すぎてっ……ぁ!」


 丁寧に陰茎を這う舌が先を舐めて、強く吸い上げる。

 何度も吸われて、腰がびくびく震える。


「ぁ、ぁっ……、そんなに、したら、でちゃぅっ」


 言葉より先に、陰茎の先から精液が吹き出した。


「ぁ、ぅん……」


 脱力した蒼の体を紅が受け止めて、抱き寄せた。


「蒼の精子、美味しい。ちゃんと霊力も混ざってる。気持ち悦かった?」


 するりと頬を撫でられて、ぼんやりと頷く。

 息がまだ荒くて、上手く返事が出来ない。


「もっと気持ち悦くなれたら、蒼の精に今以上に霊力が乗る。蒼をたくさん食べさせてくれたら、蒼のお願いを叶えてやれる。だからその時は、俺のお願いも、叶えてほしい」


 眠気が襲ってきて、目を開けていられない。


(紅様のお願いなら、命令してくれれば、全部指示通りにするのに。僕のお願いなんか、叶える義理は、紅様にはないのに)


「今はお眠り。霊力を放出すると疲れるんだ。睡眠は霊元を回復する一番の手段だからね」


 紅の声がやけに遠くに聞こえる。

 抱いてくれる紅の腕が気持ち良くて、蒼は素直に目を閉じた。

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