昼餉を終えると、部屋に案内された。
先に買われた子らがいる部屋だ。蒼にとっては餌仲間だ。
広々とした和室にいたのは、昨日、紅に抱き付いていた少年と、股間に顔を埋めていた芯という青年だった。
「紅様~! もうすぐニコのお時間? 二人で気持ちいいコトして遊べる?」
少年が紅に抱き付く。
頭を撫でると、蒼に向き合った。
「新しいお友達だよ。蒼っていうんだ。仲良くしてね」
紅の腕の中で、少年がニコリと笑んだ。
「初めまして、ニコだよ。よろしくね、蒼」
「うん、よろしく」
ニコと名乗った少年は、昨日喰われた色と同じくらいの年齢に見えた。
色白で白髪、紅と似ている。
耳も尻尾も生えているから、紅の妖術で体が変化しているのだろう。
長く術にかかっているのだろうと思った。
「で、彼が芯だよ。理研から来た子で、十六歳。蒼の一つ年上だよ」
芯が蒼を見詰めて、ぺこりと頭を下げた。
「蒼、です。よろしく」
二人の様子を眺めると、紅がニコを抱いて立ち上がった。
「じゃぁ、俺はニコと遊んでくるから、それまで芯に色々教えてもらってね。芯、頼むね」
芯が、ぺこりと頭を下げる。
紅がニコを抱いてその場を去った。
芯と二人きりになり、何となく気まずい。
蒼をじっと見詰めていた芯が、部屋の中に入って、ごろりと寝転がった。
「適当に楽にしてろよ。屋敷の中の案内とか必要なら、するけど?」
何となく部屋に入って、芯の隣に腰掛けた。
「してほしいけど、今じゃなくていいよ」
蒼を眺めて、芯が起き上がった。
「お前、理研にいた奴だろ。霊元移植されて、待遇上がったんじゃねぇの? 結局、売られたの?」
その問いには頷くしかない。
「僕は、
「ふぅん」
芯が鼻を鳴らした。
納得いかないような、不機嫌そうな顔だ。
「結局、好き勝手いじってダメなら売り捌くのかよ。人の命、何だと思ってんだろうな、あの所長は」
またゴロンと横になり、芯がうつ伏せになってしまった。
「芯は、まだ来たばかりなの?」
芯には紅の妖術が浅いように見える。
耳も尻尾もまだ生えていないし、日本人特有の黒髪黒目のままだ。
「一週間以上は経ったかなぁ。理研より全然待遇いいし、かなり快適だぜ。喰われる予定じゃなきゃ、もっと良かったけどな」
芯が、ごろんと仰向けになった。
「紅様は優しいし良い妖怪だし大好きだけど、俺がそう思うのは全部、紅様の妖術のせいなんだってさ」
「それ、誰に聞いたの?」
芯が、ちらりと蒼を眺める。
「紅様だよ。正直に話してくれんのも、良し悪しだよな」
芯の言う通りだなと思う。
紅の性格なのかもしれないが、知らない方が幸せな事実も、この世にはある。
「芯は喰われるの、嫌なんだね」
ぽつりと零れてしまった。
「蒼は喰われてぇの?」
「僕は。楽に死ねるんなら、それでいいかなって思ってる。昨日、喰われた色って子は、辛そうじゃなかったから。気持ちよく死なせてくれるなら、紅様に喰われてもいい」
芯が小さく息を吐いた。
「俺もさ、ここに来たばっかりの頃は、蒼と似たように思ってたよ。けど、今はちょっと違う」
蒼は芯を振り返った。
「飯、美味かったろ。布団もふかふかで寝心地、良かっただろ?」
「うん……」
「こういう生活もあるんだなって、初めて知った。こんなに良い生活じゃなくても、理研よりマシな生活も、喰われない未来も、俺にもあるんじゃないかって、思い始めた」
芯の発言に、心臓が嫌なざわつきをした。
「……逃げるの?」
芯は天井を見詰めて、黙り込んだ。
「紅様は優しいけど、逃げたら流石に怒るんじゃ……。それより、ここって幽世だよね。僕たちが住んでた現世とは、違うんでしょ?」
現世と幽世では住んでいる生き物も、世界さえ違う。
自分たちの常識など、通用しない。
人喰がまかり通っている時点で、人間の地位は高くないだろう。
「ここは
「王様⁉」
芯が頷いた。
統治者に知己がいるのだから、紅自身も身分が高い妖怪なのだろう。
これだけ広い家に住んでいるのだし、金に困っている風でもない。
現世から人間を月一ペースで買えるくらいには裕福なのだ。
「だったら、逃げたりしたら余計にダメだよ」
今の芯の話からして、危険な要素しかない。
「けど、ここに居たら確実に喰われる未来しかないだろ」
芯が起き上がって蒼に向き合った。
「蒼が乗り気だったら一緒に逃げようって誘うつもりだったけど、無理そうだな。保輔みたいな奴だったら、イケたんだけどな。ま、危険なのは確かだし、無理に誘う気はねぇよ」
「保輔?」
芯が、ちらりと蒼に目線を送った。
「伊吹保輔、覚えてねぇ? masterpiece候補のくせにbugに構ってたヤツ。理研潰して救い出すから諦めんなって言って回ってたヤツ、いただろ」
「関西訛りが強い人?」
「そうそう。アイツだったらきっと、大人しく食われたりしねぇんだろうなって思ってさ」
芯が笑顔で語る。
きっと保輔が好きだったんだろうと思った。
「俺の
「そうなんだね。彼は保輔って名前だったのか」
蒼には眩しすぎて直視できなかった、太陽みたいな人だ。
今でも、とても傍には行けないと思う。
「芯は現世に帰りたい? また保輔……君に、会いたい?」
芯が考える顔をした。
「現実的に、自力で現世に帰るのは、難しいよな。だったらせめて、この国で幸せになる方法、探してぇよ」
前向きで明るくて、芯も充分すぎるほど蒼には眩しい人だ。
「紅様に相談してみるのは、ダメなのかな? そういうお願いは、聞いてもらえないのかな」
「無理だろ。紅様がいくら優しくても、あくまで俺たちを餌として買ってんだ。肥やすために可愛がってるだけだぜ。みすみす逃がすとは思えねぇよ」
間髪入れずに帰ってきた答えに、蒼は言葉に詰まった。
「……じゃぁ、芯は、逃げるの?」
蒼の問いかけに、芯が顔を逸らした。
「……まだ、本気で考えてるわけじゃねぇけど。蒼は残るんだろ。今の話は聞かなかったことにしてくれよな」
ぽん、と軽く肩を叩かれる。
心臓がざわざわしたまま、蒼は俯いた。