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第3話 初回講義①

 第二の性、onlyオンリーotherアザー

 通称『WOダブルオー』と称される性は、内分泌系、特に性ホルモンの研究が飛躍的に進んだ過程で発見された。


 北欧や米国に多く存在し、日本には明治維新後に概念が輸入される。国際WO連盟が設立されたのは戦後であり、明確な定義付けがなされてから百年にも満たない性であるが、その存在は古くから確認されていた。



【only】は、other相手でないと妊娠できない。

 otherに対して好意を持ち愛情が昂ると、single‐minded(SM)ホルモンが分泌され、妊娠可能な身体に変化する。

 SMホルモンが分泌されるまでの過程については、解明過程である(※affectionフェロモンについては後の講義で)。

 onlyは繁殖対象を探すため、常に性的興奮(SA)フェロモンを放出している。

 一生涯に一人の相手と連れ添う個体が多いため、onlyと呼ばれる。

 onlyがSMホルモンを放出する相手になり得るother(=愛情が昂る相手)は個体により異なる。

 その中でもonlyが特別と認識した希少な存在をspouseスパウズ(生涯の伴侶)と呼ぶ。spouseを得たonlyのフェロモンはspouse相手にしか作用しなくなる。

 男女問わず妊娠可能だが、SMホルモンを放出できるほどの「特別なother」や「spouse」に出会う可能性は低く、生涯妊娠出産をしないonlyも多い。


【other】は、only・other・normalの総ての性を妊娠させられる。

 同性異性問わず種付けが可能だが、比較的男性に多く見られ、容姿の良い個体が多い。

 onlyが発するSAフェロモンの受容体レセプターを有する。

 SAフェロモンを感知すると受容体が刺激される。発情(E)ホルモンが過剰に分泌され、性的興奮で脳内が満たされる。onlyと性行為に及ぼうとする本能が強まる。

 onlyを妊娠させて子孫を残したい本能が強く、otherは意識的にも無意識にもonlyを求める。

 故に、大量のSAフェロモンを感知すると自制がきかないotherが多い。穏やかな性格であっても豹変し、攻撃的かつ一方的にonlyとの性行為を強行しようとする。射精すれば興奮が冷めて元の人格に戻る。

 性的感情が昂ると、promotion of estrus(POE)フェロモンを放出し、onlyに発情を促す。

 onlyに限らず、normalも、other同士でも妊娠させられる。女性であれば自身も妊娠できる。妊娠に対してマルチな能力を有しているため、otherと呼ばれる。

 onlyのspouseとなったotherは、spouseのフェロモンにしか反応しなくなる。


【normal】は、onlyにもotherにもカテゴライズされない性である。

 所謂、一般的な繁殖のメカニズムを有した人々である。



「上記の内容を一言でざっくり説明すると、onlyとotherは惹かれ合う性である、と言えます。脳科学物質の関与が大きいことから、『本能の恋』と呼ばれたりもします」


 理玖はスクリーン画面を見上げた。


「維新前の日本では男性の妊娠は妖怪憑きなどと呼ばれ堕胎するのが一般的でした。不吉であるとされ、孕んだ男性も殺される場合がありました。しかし、男性から生まれる子供は少数ながら確実に存在しました」


 理玖はpowerpointの画面を切り替えた。


「現代ではWOが世界中で一般的な認識となり、研究者が増え、薬品を始めとした開発も盛んです。onlyのSAフェロモン抑制剤や、otherのSAフェロモン受容体阻害薬については医療機関から処方される薬があります。オンライン診療で郵送で受け取れますので、個人情報保護にもなっています」


 powerpointを次の画面に切り替えて、理玖はちらりと講堂を眺めた。

 広い講堂がほぼ満席になっている。


(今年も多いな。一年後まで、何人残るかな)


 去年の五月も同じ講堂で同じくらいの生徒が理玖の授業を受けていた。

 世界的に有名なWOの研究者が講義をするという前振りが大きかったんだろう。

 一年経った今、二年生の受講生は半分以下だ。


(注目度が高いとはいえ、マイナー分野には違いないけどね)


 内分泌内科など、医師の花形とは言い難い分野だ。

 WOについては、発見されたばかりの第二の性として、実生活にも関連した身近な話題ではあるだろうが。


「only/otherともに人口の三割にも満たない性ですが、勉学、運動、芸術など幅広い分野で優秀な結果を収める人が多いのも特徴です」


 理玖は気持ちを切り替えて講義を再開した。


「故に、国はonlyとotherの結婚出産を推奨しており、同性間の結婚も法的に認可しています」


 小さく息を吐いて、理玖は次のスライドを提示した。


「皆さんもニュースなどで一度は目にした機会があるかと思いますが、onlyは妊娠が極めて難しい性であり、それ故にレイプ対象になり易いという社会的な問題があります」


 がさり、と胸の奥が嫌な音を立てる。

 昔の記憶が、フラッシュバックしそうになる。


「最近はonly狩りと呼ばれる集団の犯罪が多発しています。onlyを誘拐して人身売買にかけていると噂もありますが、真相は定かではありません」


 特定の相手でなければ妊娠しないonlyは性玩具にされやすい。

 onlyがSMホルモンを分泌しないように躾けて売り捌いている、なんて噂がある。ある種の都市伝説のような話だが、完全に否定も出来ない。


『フェロモン振りまいてるお前が悪いんだよ、向井。俺だって、ヤりたくてヤってるわけじゃない。これは本能だからな。どうせ、俺相手じゃ妊娠しないだろ。お前も気持ち悦くなれて特だろ』


 そう言いながら理玖の頭を押さえつけて無理やり突っ込んだのは、中学の担任教師だった。

 優しくて頼りがいのある、生徒にも親にも人気がある先生だった。

 レイプされて初めて、担任教師がotherだったと知った。


(発情するとotherは別人格になる。自分が射精するまで只の獣になる)


 otherが豹変する様を、理玖は身をもって知っている。

 理玖を犯した中学教師は懲戒免職になり、教師をやめた。

 そんな現実が怖くて、理玖は日本での高校進学を断念し、ロンドンの大学に飛級進学して医師免許を取得した。

 あの時ばかりは、頭が良くて良かったと思った。

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