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第10話 風雲急を告げる

「義元さん、ほんとにここで『いいもの』が見られるんですか?」


 俺たちは、とんでもない山奥に来ていた。もしかして温泉でもあるのか? と思ったが、そうでもない。


「ここで、ゆっくりすればいいのだ。時には休息も必要だからな」


 自分のいる地形を分析してみたところ、どうやら俺たちがいるのは、どこかの峠らしい。まあ、義元が満足ならいいのだけれども。


「それで、信玄が病死したとして家臣団はどう動くと思いますか? まずは、内部分裂しないようにするとは思いますが……」


「ふむ、いい考察だ。だが、泰朝らの言う通り、我が国へ進軍するかもしれん。こればかりは、何とも言えん。確かなのは、いずれは甲斐との開戦を避けられないことだな」


 武田軍との戦。間違いなく激戦になる。そうなると上杉や伊達が、ここぞとばかりに攻めてくるかもしれない。今川家は東の覇者になりつつあるのだから。


「殿、北より兵が進軍してきました! 武田の旗印です。そして、軍を率いているのは――信玄のようです!」


 武田信玄が生きていた!? 史実とは違い、死んだと見せかけて駿河への進軍を目論んでいたのか!


「そう焦るな。健、ここは薩埵峠さったとうげという場所だ。そして、駿府への唯一の経路だ」


「まさか……。休息を取るという噂を流して武田を誘い込んだのですか!?」


 それなら、義元が言っていた「いいもの」というは、武田を叩いて殲滅することを指していたのか! 武田信玄の死のフェイクすら見破っていたとは、知将としか言いようがない。


「信玄にしてみれば、主力を欠いた今川軍など、たやすいと思ったのだろうな」


 義元はゆっくりと鞘から刀を抜き、太陽にかざす。


「高所に陣取った我らに敗北の文字はない!」


 次々と矢が放たれて、武田軍を混乱させる。武田軍は蜘蛛の子を散らすように崩れ去った。





「殿、武田信玄を連れて参りました!」


 兵が連れてきた信玄は、前の会談の時より痩せて見えるぞ。目の錯覚か?


「まさか、休息を取るという話で誘導するとはな……。義元、お前の方が上手だったわけだ」


 信玄は落ち込んでいるようだが、俺からすると彼の戦略も恐ろしかった。もし、信玄死亡説を義元が受け入れていれば、俺が戦犯になるところだった。


「さて、どうするか。お前ほどの名将を支配下に置くだけではもったいない。右腕として働いてくれ」


「義元、それはできない。なぜなら、病魔に蝕まれているからだ。もし、戦場で倒れれば兵は混乱し、総崩れになる。お前の天下統一の妨げにはなりたくない。まあ、そう簡単に天下統一とはいかないだろうが。上杉と伊達が手を組むのは間違いない。あの二人を打ち負かすのは容易ではないぞ」


 俺の考えが正しければ、京に近い朝倉や浅井らも手を組むに違いない。今川義元包囲網を破らなければ上洛できない。


「今まで以上に厳しい戦いが続くな」


 俺は静かにつぶやいた。

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