会談の場に武田信玄がいる? なぜだ?
北条氏康を見ると、こちらの反応が面白いらしく扇子で口元覆っている。それでも、にやつきを隠すことはできていない。
「氏康、これはどういうことだ!」
「簡単な話よ。三国会談の時に武田は『今川につく』と言った。ならば、武田にも立ち会ってもらい、三者会談といこうと思ってな」
「武田は兵を出していないのに、領土を半分割にせよとでも?」
義元は二人を睨みつけるが、何も言い返さない。
くそ、北条氏康は負けても、なお今川軍を苦しめるつもりか!
「さすがに、それは承認できん! 北条領はすべてこちらがもらう」
「今川よ、本当にそれが最善だと思うか? 貴様の兵は長期戦で弱っている。そこに、我が軍が攻め入れば、結果は見えておる」
確かに武田信玄の言う通りかもしれない。だが、戦に負けるとは限らない。
義元を見ると、頭の中で計算しているようだった。どの選択が最善かを。
「……分かった、一時的に半分をお前に預けよう。あくまでも、一時的にだ。そちらも上杉との戦で消耗しているだろう。ここで手を打とうではないか」
義元が譲歩したようにみえるが違う。「一時的に」ということは、後に返してもらうことを前提にしている。もし、反故にすれば武田信玄は武将としての誇りを失う。俺の知る武田信玄なら、そんなことはしないだろう。そうすれば、こちらが甲斐に攻め入る口実を与えてしまうのだから。
「よし、それでいこう。氏康、助かった。今川との戦を回避できたからな」
「信玄よ、礼には及ばん。当たり前のことをしたまでよ」
二人は裏で繋がっていたのか? もし、そうならば小田原城攻めは北条氏康の作戦勝ちとなる。だが、もとから繋がっていたなら、こちらを挟み撃ちにしたはず。今回の会談は最後の抵抗だったのだろう。
「では、後日二人で会談しようじゃないか。北条領の扱いについて」
「義元さん、おかしくないですか? 約束した日を過ぎても、武田信玄からは連絡がありません。このまま領土を支配に置く気では?」
「健、それはないな。奴は武将としての誇りを捨てることはしない。何か問題が起きたに違いない。内部分裂でもしたか?」
俺は、武田信玄の最期を思い出した。確か、死後三年間は亡くなったことが伏せられていたはず。もしかして、桶狭間以降の歴史改変で信玄の死が早まったことはないだろうか。俺が史実を伝えると「なるほど……。信玄らしい戦略だ」と義元は感心している。
「泰朝、元信。お前たちは上洛の準備のために尾張に行け」
「殿、我ら二人とも不在となれば武田が攻めてくるのでは? 信玄が亡くなったとはいえ、家臣たちが我が国を狙う可能性があります」
義元は、ゆったりと構えると脇息にもたれかかる。
「一理ある。だが、信玄なしなら返り討ちもたやすい」
果たしてそうだろうか。今回に関しては、元信らの進言が正しい気がしてならない。
「少しの兵でねじ伏せる自信がある。心配無用だ。戦続きだったから、少し休息をとりたい。精鋭を連れて疲れを癒してくる。健も来い。いいものを見せてやる」
こんなにのんびりしていていいのか?
だが、義元からは絶対の自信を感じ取った。「もし、攻めてくるならば、一撃で始末する」という自信を。