俺は現代に戻ると、急いで飲料コーナーに向かう。小田原城を攻め落とすには時間がかかる。飲み物がなくては、今川軍がピンチに陥る。買えるだけ買い込むと、百均コーナーでハサミを調達。そして、マスクも。
「よし、あとはレジへ行けば……」
入り口をチラッと見ると、俺を不審な目で見てくる客がいた。そりゃ、こんなに爆買いしてたら不思議に思うだろうな。
そして、入り口に「今川市支店」と書かれているのを見つけた。「今川市」? ここは静岡市のはず。もしかして、過去が変わったことで現代にも影響が出たのか? そして、今川義元の苗字をとって市の名前になった。もし、そうならば今川義元の躍進は想像以上ということになる。ここまできたら、義元をさらに盛り立てる以外に選択肢はない。
「戦国時代に行こうか。北条を攻め落としに」
戦国時代に到着すると、そこは小田原城のすぐそばだった。どうやら、義元はすでに包囲網を展開しているらしい。さすがとしか言いようがない。
「おう、健。よくぞ戻った! それで、今回は何を持ってきた?」
「今回はこれです。ペットボトルと言います。簡単に言えば、未来の水筒です」
「水筒……? それならば、この時代にも似たようなものはあるが」
どうやら、義元にはピンとこないらしい。
「思うに、小田原城を攻め落とすのに時間がかかっているのでは? 史実でも、豊臣秀吉が攻め落とすのに苦労しましたから」
「秀吉……?」
ああ、そうだった。最初は木下藤吉郎を名乗っていたんだった。
事情を説明すると、「なるほどな」と納得した様子。
「そして、この『ペットボトル』ですが、こうすれば違う使い道もあります」
俺はハサミで切ると、飲み口を逆さにして漏斗にする。こうすれば、雨水を貯めることができる。あとはマスクを使ってろ過すれば完璧だ。これで、飲み水に困ることはないだろう。
「ほほう、面白い。さて、健が未来に戻った後だが、小田原城を包囲、消耗戦に持ち込んでいる。ただ、簡単には落ちない」
「義元さん、すでに支城を落とされたのでしょうか?」
「もちろんだ。ただ、忍城は手こずったがな」
苦戦したのを思い出したのか、義元の表情がくもる。
「長期戦だと、我が軍にも疲労がたまる。だからといって小田原へ無理に攻め入れば、お互いに血を流すことになる。可能であれば無血開城がしたいところだ」
無血開城。俺が知る限りでは、江戸城がそうだったはず。しかし、あの時とは状況が違う。戦国の世で無血開城は限りなく無理に近い。北条側が城門を開けるには、相当の好条件を出さなくてはならない。それでは、とてもじゃないが勝利とは言えない。
「義元さん、提案ですが夜通しで太鼓などで音をたててはいかがでしょうか。誰しも睡眠なくして生きてはいけません。敵軍に睡眠をさせずに疲労を回復させない。もちろん、数日だけです。その上で、北条に『開城しなければ続ける』と脅します」
この前、テレビで隣人の騒音に悩まされている住民の特集をしていた。それの応用だ。
「ふむ、いい作戦だ。ただ、それだけでは効果が薄い。偽の情報を流すのがよかろう
。『氏康をよく思わない一派が、今川義元から好条件を提示されて開城を試みている』とな。疑心暗鬼に陥れば、内側から瓦解する」
「ここが小田原城か……」
無血開城された城内には、飢えに苦しんだであろう兵が多くみられるが、彼らは死ななかった。桶狭間の戦いの時に改めて思った。人を殺すことの罪の重さを。兵が死なないということは、即戦力にもなる。
「義元さん、北条氏康とどのような会談をするんですか?」
さすがに、配下に置くだけではないだろう。
「あやつには、尾張に移動してもらう。そして、この地は別の者に治めさせる。領民から引き離せば、反乱を起こす戦力はなくなる。あとは、織田信長とともに京への道を切りひらく手助けをしてもらう」
義元は上洛へ意欲を見せている。ならば、俺もそれに応えなくては。
「さて、会談の場についた。あとは氏康と――」
義元の言葉は途切れた。氏康とは別に会談の場にいた人物――武田信玄の存在によって。