「義元さん、俺が役に立つと思いますか? 一応、未来人で知識はありますけれど……」
善徳寺へ行く道すがら尋ねる。
「活躍間違いなしだ。健は元信が心配かもしれないが、安心しろ。封書がすべてを解決する」
紙一枚がそこまで威力を発揮するのは、すごいとしか言いようがない。
「それで、三国同盟ですから武田信玄や北条氏康と会うのでしょう? 具体的には彼らと何を話すので……?」
「まず、武田信玄にはこう言ってやる。『塩を送るのをやめるかもしれない』と」
塩をとめる!? それは内陸に位置する武田信玄にとっては大打撃だ。しかし、武田信玄が同盟を破棄するきっかけにもなってしまう。
「安心しろ。実際に止めることはしない。一種の脅しだよ、脅し。攻めてくればの話だ」
「つまり、駿河に攻め入るなら、塩を止めるぞ、とけん制するわけですか」
いくら同盟国とはいえ、いつ裏切られるかは分からない。それが戦国時代なのだから。実際問題、信長は裏切って美濃の斎藤家と手を組んだ。
「北条には、別の方法でけん制するつもりですか?」
「もし、奴が京へ行くならば我が領地を通らねばならん。上洛する時は、兵の数を一万にするように釘を刺す」
いくら駿河を無傷で通り抜けても、その先を一万で進むのは難しい。暗に上洛は許さないと告げるわけか。もし、反発すれば武田信玄と手を組んで北条を潰すきっかけにもなる。これが知将の今川義元の作戦か。流石としか言いようがない。
「殿、善得寺が近づいてまいりました。少数の兵士を連れて寺にむかうのでしょう? 残りの兵を誰かに任せて待機させる必要があるかと」と泰朝。
元信がいない状況下で兵を任せられる人物がいるのだろうか?
「よし、その任は松平元康に指揮をとらせる。一万の兵だ。奴には、それくらいがいいだろう」
松平元康。のちの徳川家康か。そういえば、桶狭間の戦いで敗戦するまでは、今川家の支配下だったな。
「さあ、乗り込もうではないか。会談の場に」
静寂に包まれた善徳寺。そこには、すでに武田信玄と北条氏康の姿があった。まさか、名武将二人と会うことになるとは。
「すまん、遅れた。なにせ、尾張の信長が裏切ったのでな」
「まったく、すぐに首をはねないのが悪いんだ。俺なら、ためらいなく斬り捨てていたのにな」
武田信玄が「今川義元はお人よしだ」とばかりの口調で語りかけてくる。
他の武将から領土を守るためにクッションにしたのが裏目に出ただけだというのに!
「まあ、そう言うな。人には人の考えがある。さて、呼び出したからには何か目的があるんだろう?」
北条氏康が鋭い視線を向けてくる。それは、まるで獲物を狙う鷹のようだった。
「もちろんだ」
義元は俺たちに説明した通りの話をする。武田信玄は「駿河へは進軍しない」と約束した。しかし、問題は北条氏康だった。
「わしに上洛するなと? バカにするのもいい加減にしろ! 分かった、今川との同盟を破棄する。尾張と美濃から攻められている間に、こちらは東から攻め入る。これで駿河はわしのものだ!」
北条から攻められれば、挟み撃ちになってしまう! これは、まずい。義元はどうするんだ? いまさら、さっきの発言をなかったことにはできない。
その時だった。今川軍の兵が
「ほう、なるほど。尾張と美濃の問題でこちらの立場が悪いと考えたらしいが、それは解消された。尾張と美濃は降伏した」
「何を馬鹿なことを! 嘘をつくなら、まともなものにしろ! そう簡単にいくわけがない!」
「さて、どうかな? 信長は一度も裏切ってはいない。奴には『今川を裏切ったふりをして、美濃に入り込め』と命令している。内側から斎藤家を切り崩すためにな」
まさか、桶狭間の戦いの後の密談は、これのことだったのか!
「そして、部下の元信には、封書を渡してある。それも『尾張まで進軍したら、待機せよ』と。味方の領地に踏み入っては、信頼関係が崩れるからな」
封書の謎は解けた。つまり、信長の密談と封書はセットで効力を発揮するわけだ。
「さて、北条よ。お前は同盟を破棄したな。では、戦といこうではないか。武田よ、どちらにつく?」
「聞くまでもなかろう? 今川だ」
そう、武田信玄はそうせざるを得ないのだ。美濃とも接しているのだから、いつ攻め込まれてもおかしくはないのだから。
「さて、健よ。戦が始まる。未来へ戻って準備せよ!」
「義元さん、かしこまりました!」
「未来……?」
武田信玄と北条氏康の顔に困惑の表情が浮かぶ。
「紹介し忘れていたな。こいつは、子孫であり未来人だ。こちらには、未来の技術と知識がある。北条よ、お前に勝ち目はない!」
「それは、戦わなくては分からん!」
義元は「今のうちに行け」と合図を送ってくる。今度は、北条との戦だ。小田原城を攻めるには長期戦が予想される。現代から持ってくるものは決まっている。アレがあれば、問題ない。
俺は現代を強く念じた。周りの景色がぐるぐると渦を巻く。待ってろよ、北条氏康。同盟を破棄したことを後悔させてやる。そして、今度こそ今川義元が名将だと現代で知らしめてやる。俺のために、そして、今川義元のためにも。