信長が首をはねられる。それも今川義元によって。
「信長よ、何か言うことはあるか?」
「……。斬れ。生き恥をさらしたくはない!」
やはり、武士にとっては生き死によりも誇りの方が重要なのだ。
「よし、分かった……。そいつを縄で縛れ」
逃げられなくしてから斬り捨てるのか。
「そして――」
ごくっと唾を飲み込む。
「二人きりにしろ」
は? 信長と一対一で話す? 俺達には内緒で?
「殿、いくらなんでも危険です!」「すぐさま首をはねるべきです」
「静まれ。お前たちは口を出すな」
有無を言わせぬ威圧感が、その場を支配する。
「安心しろ。抵抗するならば、その場で始末する」
「しかし、殿の考えが読めない」
どうやら、長年仕えてきた泰朝にも分からないらしい。もちろん、俺にも意図が見えない。
「単純に信長を殺すわけではなさそうだが……」
「話し合いは終わった。戻ってこい」
何を話したのかは不明だが、どうやら終わったらしい。
「結論から言う。織田信長を配下に置く」
あたりがざわつく。
「殿、健の話によれば信長はいつ寝返るか分かりません。生かすべきではないかと」
「泰朝よ、勝利したからといって即座に殺すだけがすべてではない。確かに勝利はした。だが、信長から領土を取ったところで周りから攻められるのは明白。信長を緩衝材にすることで、三好達をけん制する。そして、市を人質にとる。これで動きを封じられる」
なるほど、義元の先を見通す力と戦略性。奪うだけがすべてではないのか。戦国時代を生き抜くには、大胆さと同時に慎重さも求められるらしい。
「……殿がそうおっしゃるのなら」
泰朝は不服そうだが、主君の決定は絶対だ。
「それに、単に生かすだけではない。使い道を考えてある」
義元の顔にはなんとも言えない不気味さがあった。敵に回せば、ただでは済まないという不気味さが。