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第3話 勝敗、決する

「それ、もっと盛り上げよ」


 義元は桶狭間で宴会を催していた。


「殿はどうされたのだ?」「戦の最中に宴会とは」


 心配する声も聞こえるが、無視すればいい。勝てばいいのだ、勝てば。


「健、何やら天気が怪しくなってきたぞ」


「義元さん、問題ありません。宴を続けましょう」


 貧乏学生である俺にとって、こんな機会は滅多にない。食べられるうちに食べておくべきだ。


 そんなこんなで時間が経つと、空から塊が落ちてきた。ひょうだ。小粒ではあるものの、視界が悪くなることには変わりはない。


 その時、遠くから地響きが聞こえてくる。信長が2,000もの兵を連れてくるのだから、当たり前かもしれない。


「殿、敵軍が迫っているに違いありません!」


「ああ、そうかもしれん。だが、策はある」


 自信に満ち溢れた義元の顔。俺は、これが見たかった。東海の覇者としての威厳。そして、知将としての余裕を。


「さて、戦場に出向くとしようか」





 義元について戦場に赴くと、意外な光景が広がっていた。信長軍が苦戦している。いや、違う。もうすぐ勝敗が決しそうだ。


「健は言ったな。『奇襲によって負けた』『雹が降ってくると信長が攻めてくる』と。そこまで分かれば簡単よ。奇襲を仕掛けるなら、必ず側面からだ。奇襲しやすい経路を作り出し、我が軍は高台を確保する。それに、雹という合図があれば、それまで兵たちは騒ぐこともない。そして――」


「宴を催して、信長に『義元は油断している』と思わせると?」


「その通り」


 史実通り宴会を催しても意図が違った。もちろん、信長の行動は知識によって分かっている。だが、それを活かすも殺すも大将次第だ。奇襲をするように誘導する。そして、勝つために三段構えの策を講じる。これは、並みの武将にはできないな。俺の先祖はやはり優秀だったんだ。


「健、せっかくだから戦場に行くがよい」


 戦場に行く? あの危険極まりない場所に? だが、武士たちは死を覚悟して主君のために戦っているのも事実。初陣といきますか。


「安心せよ。泰朝と一緒に行け。戦場を見ることで、新たな視点が生まれるだろう」


「殿の言う通りだ。さあ、この刀を使うがいい。鎧もいるな。どれにするか……」


 鎧は十数キロはあったはず。運動不足の学生には重くないか? 刀も振り回せば間違いなく転ぶ。敵兵に斬られる前に、怪我で死にかねない。


 手元には、念のため買っておいたビニール傘がある。これなら簡単に振れる。先端を尖らせて突きで敵兵を倒すしかない。


「鎧はいりません。鎧を着ていても、致命傷を負えばおしまいです。着ないことで機動性を優先します。それに、泰朝が守ってくれるでしょう?」


「そこまで頼りにされては、期待に応えるしかあるまい」


 彼はずっしりとした刀をいとも簡単に持ち上げる。これが、武将と現代人の差か。


「さて、初陣といこうではないか」





「これが、戦場……」


 想像以上だった。血の海、無残にも斬り捨てられた武士。戦争の悲惨さは知っていても、実際に見るのとでは違う。


「健、ボケっとするな。行くぞ」


 泰朝は、馬を巧みに操ると辺りの敵兵をバッサリと斬っていく。その動きは一種の芸術だった。


 見とれている場合ではない。俺も戦わなくては来た意味がない。目の前では、今川の兵士が敵兵によって地面に抑え込まれている。このままでは彼は死んでしまう!


 傘一本でどうやって鎧を貫くか。いや、それは無理だ。ならば――。


「ぐはっ」


 俺は敵兵の関節部にズブリと突き刺す。そう、関節部分はもろい。次の瞬間、血しぶきが顔に飛び散る。


「うわあぁぁ」


 嫌な触感が伝わってくる。


「おい、何をしている!」


 いつの間にか泰朝が駆け寄り、敵兵を一太刀で斬り伏せる。


「これが戦なのか……」


 ゲームとは違う。人を殺すとは、こういうことなのか。


「いかん、これ以上ここにいては危ないな」


 泰朝は俺を馬に乗せると颯爽と駆けていく。風が心地よいが、同時に血独特の鉄分の臭いが鼻を刺激してくる。思わず嘔吐する。


「健には軍師として殿を盛り立ててもらう方が良さそうだな」


 その声を最後に意識が遠くなるのを感じた。





「お……。健、起き……」


 痛い。誰かが頬叩いている? 何とか目を開けると、泰朝の顔が出迎えた。


「まったく、死んだかと思ったぞ」


「ごめん……」


 周りを見ると、どうやら今川軍の本陣らしい。義元が腰かけて俺を観察している。


「味方の兵を助けたと聞いた。さすが……と言いたいが隙を見せてはいけない。泰朝がいなければ死んでいた」


 そうだ、俺は危うく死ぬところだった。だが、戦場に出たことで得たものもある。


「義元さん、決めました。俺は太原の上をいく軍師になります。そして、戦の犠牲者を減らします。それが、俺のできることだから」


 今川家を導くだけでは足りない。戦国の世を統一して、これ以上悲しむ人がでないようにする。それが、俺の生き方だ!


「客人のお出ましのようだ」


 陣地に連行されてきたのは――織田信長だった。


「さて、どうするかな」


 義元の目はギラリと光る。俺には見えた。信長の首が飛ぶ未来が。

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