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第2話 桶狭間の戦いを乗り越えろ

 気がつくと、再びレジの前にいた。時計を見ると、戦国時代に行ってから数秒しか経っていないことにいなる。向こうでどれだけ過ごしても、こっちでは一瞬らしい。


「しかし、あれは現実だったのか……?」


 ふと服を見ると、一部が刃物で切られている。そうか、元信が刀をつきつけた時か。すると、夢ではなかったわけだ。


「おーい、今川。変な音したが大丈夫か?」


「店長、少し転んだだけです。問題なしです!」


 タイムトラベルのことは、たとえ店長であってもバレてはならない。


 どうやら過去に行くにはレジが必須らしい。テンキーを押して今川義元を強く想う。逆に、現代を想えば戻ってこられる。なるほど、分かりやすい。


「現代に戻ったがいいものの、どうするよ。レジを通す必要がある以上、戦車なんか持ってけないぞ……」


 レジを通す必要があるということは、資源は店内のものに限られる。そして、在庫という二つ目の制限がある。金銭問題は……品物を自腹で購入するしかあるまい。今川義元が没落しなければ、現代の俺の家も貧乏ではなくなるはず。先行投資だ。


「問題は何を持っていくかだ」


 店内をいつもとは違う視点で見て回る。


 お酒、お菓子にカップラーメン。ペットボトルにカードゲーム。桶狭間で勝つには、武器になるようなものが欲しい。


「お、これ使えるんじゃね?」


 ビニール傘を手に取る。透明な盾として使えそうだ。しかし、本数が少ないうえに、矢で射抜かれたら一撃だ。はい、没。


 確か信長に負けたのは、奇襲が原因だ。つまり、奇襲する隙を与えなければいいんだ。


「そうか、こいつだ……」


 ある物を在庫があるだけ買い込むと素早くレジを通していく。そして、今川義元を想う。早く、早く!


 周りに渦が生じると、引き込まれていくのを感じる。これでいい。





「健、よくぞ戻ってきた」


 そこは屋外でどこかに陣取っているようだ。もしかして、すでに桶狭間なのか!?


「安心しろ、まだ桶狭間ではない。その手前、沓掛城くつかけじょうだ」


 どこだ、それ。まあいい、桶狭間前なら問題ない。


「えーと……」


 いくら先祖とはいえ、武将相手に呼び捨ては気が引ける。


「義元と呼べ。こちらも健と呼ばせてもらおう」


 義元はにこやかな表情だが「それでは、殿の威厳が!」と元信らが割って入る。


「固いことを言うな。お前たちも『義元』呼びすればよい」


 元信と泰朝は困惑したように顔を見合わせている。


「さて、未来人なら画期的な武器を持ってきたのだろうな?」


 いや、そう期待の目で見られてしまうと、を出した時の反応が気になってしまう。


「これが、織田信長に勝つための品です」


 恭しくを差し出す。


「これで戦えと……?」


 泰朝は「何かの間違いだろう」といった表情をしている。


「桶狭間で負けたのは、奇襲にあったためです。ですから、これを使って休息を素早く済ませます」


 俺が取り出したのはゼリー飲料だ。これなら補給はすぐに終わるし、途中で中断もできる。在庫の関係で30個が限界だったが、義元周辺の武士に絞ればいいはずだ。最低限、警護につく者たちが動ければいい。


「これは……?」


 義元は不思議そうだ。


「簡単に言えば、携行食です。この時代の物よりもタイパはいいはずです」


 「タイパ」という言葉が飲み込めないらしいが、ひとまず置いておくとして。


「信長もバカじゃありませんから、罠にかける必要があります」


「それで、策はあるのだろうな? 我らは太原たいげん殿の亡き後、軍師には恵まれておらん」


 元信の鋭い視線が突き刺さる。太原たいげん雪斎せっさいより優れているとは思わない。だが、知識という武器はある。


「ええ、問題ありません」


 静かに言うと空を見上げる。「人事を尽くして天命を待つ」。空は黒雲が立ち込めている。まるで、これからの戦の行方を告げるかのように。

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