「お前、今川義元の子孫なんだろ? あの間抜け武将の。息子から聞いたぞ」
酔っ払いが絡んでくる。手に持つのは缶ビール。まだ飲むつもりか……。
それはいい。ただし、先祖である今川義元をバカにするのは許さない。いや、許してはならない。
「……。義元は間抜けじゃない!」
「へえ、面白いこと言うなぁ」
これ以上、酔っ払いに付き合っても無駄だ。さっさと店を出てもらおう。
「お客様、成人であることを確認しますので、身分証明書をご提示ください」
落ち着け、冷静になれ。
「おいおい、見りゃ分かるだろう? 年齢確認が必要なら、桶狭間の戦いで義元が死んだ年でもいれておけ。もし、分かればだけどな。ガハハ」
こいつ、俺が知らないと思っているのか? テンキーを素早く叩く。「1560」。あとは、レジを通すだけ。バーコードを読み取ると――ビールが消えた。え、消えた?
「お前、何をした? 手品を見に来たんじゃないぞ!」
そう言われても、何が何だか分からない以上、平謝りするしかない。
「申し訳ございません……」
「それで、いいんだよ。頭を下げるのが相応しいんだ」
それだけ言うと酔っ払いは満足げに立ち去っていく。
「~♪~~♬~~♪」
自動ドアが客の出入りを告げる音楽が流れる。
ビールが消えた。それは、紛れもない事実だ。では、どこへ行ったのか。そして、何が起きたのか。
何が起きたのか分からなくては今後の業務に支障が出る。もし、また同じことが起きれば、店に一銭も入らないのに商品が消えるという事態になりかねない。ここをクビになるわけにはいかない。
「ひとまず、レジを通すか」
近くの棚にあったおつまみのバーコード読み取る。しかし、何も起きない。
「あれは、幻だったのか……?」
あの時は、テンキーを押してからレジを通した。テンキーが鍵なのか? それとも、今川義元のことを考えることか?
「1560と」
ピッ。
目の前からおつまみが消えた。消えた!? これは、ビールの時と同じだ。そして――俺の前からレジが消えた。代わりに現れたのは家紋だった。それも、うちの一族の。
「お主、何者だ!」
「あなたこそ誰ですか? 人に名前を聞くなら、先に自分から名乗るべきでは?」
至極当然のことを言った。が、目の前にきらりと輝くもの――刀が振り下ろされた。命を刈り取るに相応しい刃先が。
「まさか、殿を知らぬのか!? いきなり現れたお前はどこかの間者か?」
「
「おう、もちろんよ」
死にたくない! まだ、やり残したことがある。そうだ、これは悪夢だ。そうに違いない!
「待て!」
殿と呼ばれた人物がストップをかける。
「そやつ、今川家の家紋をつけているぞ」
ああ、そういえば胸に家紋のついたピンバッジをつけていたな。戦国時代マニアだからではない。
「これは今川家の一族であることの証です。そして――俺が唯一誇れることだ!」
「この怪しげな服の若者が、義元様の一族?」「間者の言い訳に違いない」「今川家の家紋をつけるとは、殿を愚弄する気か!」
「違う!」
和室にピりついた空気が漂う。
「もし、これを外せと言われても外しはしない。誇りを捨てることだけは決してしない!」
いくら先祖が間抜けだとバカにされようと、それだけはしない。
「……面白い。実に興味深いぞ、
未来人だとバレている!? どうしてだ? そうか、こんな服装を見れば一目瞭然か。義元のような人物が、過去にこんな服はないことを知っていて当然。それならば、未来人だという結論を出してもおかしくない。この数分で、そこまでたどり着くのだから間抜けではない。後世の人間が勝手に作り上げた義元像なんだ。
「すべてお見通しですか。では、一つ申し上げます。あなたは、桶狭間での戦で命を落とします。織田信長の手によって」
「尾張のうつけに負ける? 殿が?」
元信と呼ばれた武将は愕然としている。当然だ、主君の死は部下にとって一大事なのだから。
「
「それも選択肢の一つだが、それでは士気が下がるのは間違いない」
「二人とも、悩む必要はない。未来人よ、お前が何とかせよ」
何とかしろ!? いや、一市民ができることは限られている。桶狭間で命を落とすという知識しかない。もし、現代の兵器が使えれば。たとえば戦車があれば、間違いなく勝てる。戦車とはいかなくても、何かあれば……。現代に戻れさえすれば。そう現代に……。
次の瞬間、周りがぐにゃぐにゃと歪みだす。これは、現代に戻る予兆か?
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「俺は
「では、頼んだぞ。健よ」
もちろんだ。今川義元を盛り立てて天下統一に導いてみせる。そして、「間抜け」というイメージを覆す。彼のためにも。そして、自分のためにも。