――
「――おい!さっさと立て!」
「あ゛ぁぁあ!!!幕之内くん……あ゛ぁあああああああああああ!!!」
二人の警官が綿貫を連行しようとするも、綿貫は幕之内に泣き
「マジでお前なんかと付き合わなくてよかったよクソ女が」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
涙を流して絶叫する綿貫は警官らに連行され会議室を出ていった。幕之内はその様子を見届けた後、会議室の隅に座る俺の隣に腰を下ろした。時計は深夜二時を指し、窓から柔らかな月明かりが差し込む。
「田中……迷惑かけたな」
「犯人を暴くだけ暴いて丸投げというわけにもいかないからな。気にすんな」
「そーだな。まァそれはいいんだが……オメー、今年の〈
「〈極皇杯〉か……」
――〈極皇杯〉。毎年聖夜に行われる異能戦の大会だ。今年で第十回を数え、去年の総参加者数は四十万人超、全世界での生中継の最高視聴率は九割を超えたという。
――クリスマス・イヴに予選が、クリスマス当日に本戦が行われる。予選は、全参加者が八つのブロックに分かれ、バトルロワイヤルを異能戦で戦い抜く。そして、各ブロックで最後に残った一名――計八名のみが本戦に進むファイナリストとなる。
――本戦では一対一の異能戦をトーナメント形式で行い、優勝者には
――
「さっきの綿貫との異能戦はなかなかのモンだったぜ。神級異能ってのもあるし、ファイナリストもワンチャン狙えるんじゃねーか?」
「そうだな……」
――〈極皇杯〉か。俺の「最期に笑って死にたい」という目標を迎えるために、〈極皇杯〉から逃げるのは何か違う気がする。異能至上主義の新世界で〈極皇杯〉を優勝することは、正義を意味する。
「
――世界十三位の男、幕之内
「――俺は出るよ、〈極皇杯〉。本戦で会おうぜ、幕之内」
「そーか。そんときゃガチで
「ああ」
そう言って、幕之内は会議室を去っていった。片手をひらひらと振りながら。幕之内が後ろで束ねた金髪が
――幕之内 丈。また会うことになりそうだな。
「――影丸!影丸はいるかしら?」
「――か、影丸。あの……その……」
幕之内と入れ替わるように、突然、会議室の中に押し入ってきた、双子らしき姉妹。警官たちは、彼女らに揃って敬礼をした。
二人の容姿は似通っている。そのうち、気弱そうなほうの少女は、ゴスロリとも呼ぶべきゴシック調のロリータドレスを身に
髪型はテール部分の長さが非対称的なウェーブがかったツインテールで、髪色は桃色と水色のツートンカラー。前髪と長いほうのテール部分、髪全体の七割以上を水色が占めている。
「
――黒崎が仕える主人……!
「影丸!帰りが遅いので心配したんですわよ?」
「か、影丸。その……よ、夜までには帰るって言ってたから……」
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ございません。槐様、樒様、冷えますので早く屋敷へ戻りましょう」
「ええ。あ、影丸。それよりも見てくださる?
「か、影丸もその、ど、どうぞ、食べて……?」
「槐様、樒様、ありがたき幸せでございます」
「ほら影丸、お腹が空いているのてはなくて?いただきましょう?」
そう言って黒崎にコロッケを手渡すもう一人の少女は、ゴスロリ少女とは対照的に、はきはきと話す。また、服装も対照的に和装。白い着物に下は赤い袴を着用し、花柄の白い和傘を差している。
髪型はゴスロリ少女と同様の左右非対称のツインテールだが、長いほうのテール部分の位置がゴスロリ少女とは真逆。髪色も同様に桃色と水色のツートンカラーだが、和装少女のほうは前髪や長いほうのテール部分、髪全体の七割以上を桃色が占めている。
和装少女は勢い良く手に持ったコロッケに食らいついた。
「……っ!うめぇですわ!影丸、これうめぇですわよ!」
「え、槐お姉様……下品だよ……」
「ふふ、槐様、樒様、お
黒崎はそう微笑むと、コロッケを
――
「影丸、ところであちらの方はどなた?」
「ええ、学園祭の実行委員会会議に居合わせた田中様でございます」
「あらそう」
杠葉 槐はそう返事をすると、会議室の隅で
「……そう。影丸がお世話になったようですわね。お礼を申し上げますわ」
「いえ……」
――なんだ?俺はなんでこんな八歳も年下の子供に敬語を使っている……?
そうせざるを得ないほどの、幕之内や黒崎ともまた違う、何か底知れない力を感じ、身震いする。心臓が鼓動を打つ音と警官たちの話し声が、嫌に
「また貴方とは
「え、槐お姉様……み、見下ろすなんてし、失礼だよ……」
「では樒、影丸。屋敷へ戻りますわよ」
「かしこまりました、槐様」
「ま、待って……槐お姉様……!」
杠葉 槐は
「では私奴も失礼させていただきます、田中様――いえ、『夏瀬様』……とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
――
黒崎はそう告げて頭を下げると、杠葉姉妹を追い、会議室を後にした。警察が
「せつくん、お待たせいたしました」
「おう、早かったな」
「せつくんが遺体発見時から録音していた音声があればこそです。あの段階でここまで見越していたとは、流石ですね」
「いやはや……神級異能を持つ者はやはり一味違いますなぁ」
「まあどうせ警察を呼ぶことは確定事項だしな。証拠があったほうが早いだろ。それが
「はい、お陰様で私たちも帰って問題ないそうです」
「そうか」
「こんなことがあっては仕方ないのですが……今年の『
「まあ学園祭って感じじゃないわな……」
「ところで田中氏、そちらのレジ袋に入っているものはもしかして……?」
御宅は、床に胡座をかく俺の隣に置いていたレジ袋――トイガラスで買った商品が入った袋を目線で指し示して言った。袋の中身が少し透けて見える。
「お、御宅、『モンクル』やるのか?」
――「モンスタークルセイド」――通称・モンクル。俺が購入したカードゲームの商品名だ。
「フフフ……何を隠そう、小生は大会の優勝実績もありますぞ」
「ほう。俺始めたてなんだよな」
「フフフ……ならばレクチャーしますぞ!」
「お、
会議室の中では警官たちが現場の検証等を進めていた。落ち着くまで暫く時間がかかりそうだ。月光が会議室の中を
「せつくん、それもいいんですが一度お休みになられたほうが良いのでは?」
「確かに小生も色々あって眠いですな。であれば昼にこの〈
「そうするか。天音、今日は〈竹馬エリア〉で宿を探そう」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「おう、ありがとう」
「鈴木女史は優秀なメイドですなぁ……」
――〈淡墨エリア〉。何か、気にかかる。
「〈淡墨エリア〉は小さな集落のようなエリアですぞ。来ればすぐわかりますが、一応
スマホを取り出し、連絡先を交換する。
「ああ、じゃあ御宅、また昼にな」
「承知しましたぞ!ではお二方、またですな!」
御宅は手を振りながら俺たちに挨拶をした。会議室を後にする御宅の大きな背中を目で追いながら、もうホテルの手配を済ませた様子の天音に声を掛ける。
「天音」
「いかがいたしましたか?せつくん」
「俺さ、〈極皇杯〉に出るよ」
「これはまた突然ですね。陰ながら応援させていただきます」
「優勝できると思うか?」
「無論です。ただ……せつくんと言えど、油断は禁物かもしれません」
「〈十天〉に次ぐ世界のトップランカーたちが出るんだもんな。全力で挑むさ」
夜が更けていく。窓から覗き込む、天上に浮かぶ月光は、夜の帳に降りた積雪と