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1-18 狂宴の果てに

 ――しばらくして、竹馬大学ちくばだいがくに複数台のパトカーが訪れた。天音の監視下の下、綿貫わたぬきが拘束された会議室内に、複数人の警官が立ち入り、天音や御宅、黒崎、学長らに事情聴取を行っている。


「――おい!さっさと立て!」


「あ゛ぁぁあ!!!幕之内くん……あ゛ぁあああああああああああ!!!」


 二人の警官が綿貫を連行しようとするも、綿貫は幕之内に泣きすがる。幕之内は、呆れた表情で頭を掻きながら突き放すように告げた。


「マジでお前なんかと付き合わなくてよかったよクソ女が」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 涙を流して絶叫する綿貫は警官らに連行され会議室を出ていった。幕之内はその様子を見届けた後、会議室の隅に座る俺の隣に腰を下ろした。時計は深夜二時を指し、窓から柔らかな月明かりが差し込む。


「田中……迷惑かけたな」


「犯人を暴くだけ暴いて丸投げというわけにもいかないからな。気にすんな」


「そーだな。まァそれはいいんだが……オメー、今年の〈極皇杯きょくのうはい〉出るのか?」


「〈極皇杯〉か……」


 ――〈極皇杯〉。毎年聖夜に行われる異能戦の大会だ。今年で第十回を数え、去年の総参加者数は四十万人超、全世界での生中継の最高視聴率は九割を超えたという。


 ――クリスマス・イヴに予選が、クリスマス当日に本戦が行われる。予選は、全参加者が八つのブロックに分かれ、バトルロワイヤルを異能戦で戦い抜く。そして、各ブロックで最後に残った一名――計八名のみが本戦に進むファイナリストとなる。


 ――本戦では一対一の異能戦をトーナメント形式で行い、優勝者には白金貨はっきんか一万枚――日本円で十億円相当が贈られる他、昨年の優勝者である〈十天〉・第八席に座する銃霆音じゅうていおん 雷霧らいむのように、〈十天〉へのメンバー入りを果たすことも珍しくない。


 ――すなわち、〈十天〉を除く者のうち、誰が最強かを決めるビッグイベントだ。


「さっきの綿貫との異能戦はなかなかのモンだったぜ。神級異能ってのもあるし、ファイナリストもワンチャン狙えるんじゃねーか?」


「そうだな……」


 ――〈極皇杯〉か。俺の「最期に笑って死にたい」という目標を迎えるために、〈極皇杯〉から逃げるのは何か違う気がする。異能至上主義の新世界で〈極皇杯〉を優勝することは、正義を意味する。


飯亜めしあかオレ……どっちかが〈極皇杯〉を優勝するってのがオレらの夢だったんだ。これでオレは絶対に今年負けられなくなった。田中……オメーが出るとしてもオレは容赦しねーからな」


 ――世界十三位の男、幕之内 じょう。その強さは、竜ヶ崎や綿貫では足元にも及ばないだろう。


「――俺は出るよ、〈極皇杯〉。本戦で会おうぜ、幕之内」


「そーか。そんときゃガチでろうぜ。手抜いたら承知しねーからな?」


「ああ」


 そう言って、幕之内は会議室を去っていった。片手をひらひらと振りながら。幕之内が後ろで束ねた金髪がなびく。


 ――幕之内 丈。また会うことになりそうだな。


「――影丸!影丸はいるかしら?」


「――か、影丸。あの……その……」


 幕之内と入れ替わるように、突然、会議室の中に押し入ってきた、双子らしき姉妹。警官たちは、彼女らに揃って敬礼をした。


 二人の容姿は似通っている。そのうち、気弱そうなほうの少女は、ゴスロリとも呼ぶべきゴシック調のロリータドレスを身にまとい、花柄のゴシック調の黒い傘を差している。片手にはクマの縫いぐるみを抱えていた。


 髪型はテール部分の長さが非対称的なウェーブがかったツインテールで、髪色は桃色と水色のツートンカラー。前髪と長いほうのテール部分、髪全体の七割以上を水色が占めている。


えんじゅ様、しきみ様……!私奴わたくしめをお迎えに来てくださったのですか?」


 ――黒崎が仕える主人……!


「影丸!帰りが遅いので心配したんですわよ?」


「か、影丸。その……よ、夜までには帰るって言ってたから……」


「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ございません。槐様、樒様、冷えますので早く屋敷へ戻りましょう」


「ええ。あ、影丸。それよりも見てくださる?わたくし、コロッケを買ったのですわ。影丸の分もあるんですのよ?」


「か、影丸もその、ど、どうぞ、食べて……?」


「槐様、樒様、ありがたき幸せでございます」


「ほら影丸、お腹が空いているのてはなくて?いただきましょう?」


 そう言って黒崎にコロッケを手渡すもう一人の少女は、ゴスロリ少女とは対照的に、はきはきと話す。また、服装も対照的に和装。白い着物に下は赤い袴を着用し、花柄の白い和傘を差している。


 髪型はゴスロリ少女と同様の左右非対称のツインテールだが、長いほうのテール部分の位置がゴスロリ少女とは真逆。髪色も同様に桃色と水色のツートンカラーだが、和装少女のほうは前髪や長いほうのテール部分、髪全体の七割以上を桃色が占めている。


 和装少女は勢い良く手に持ったコロッケに食らいついた。


「……っ!うめぇですわ!影丸、これうめぇですわよ!」


「え、槐お姉様……下品だよ……」


「ふふ、槐様、樒様、お気遣きづかいいただきありがとうございます」


 黒崎はそう微笑むと、コロッケをかじった。


 ――此奴こいつらは……弱冠十四歳にして、歴史上最速の〈十天〉入りを果たした、異能世代きっての天才姉妹。〈十天〉・第十席の杠葉姉妹――杠葉 槐に杠葉 樒……!


「影丸、ところであちらの方はどなた?」


「ええ、学園祭の実行委員会会議に居合わせた田中様でございます」


「あらそう」


 杠葉 槐はそう返事をすると、会議室の隅で胡座あぐらをかいていた俺の下へと歩み寄った。そして、見定めるように俺を見渡した後、告げた。


「……そう。影丸がお世話になったようですわね。お礼を申し上げますわ」


「いえ……」


 ――なんだ?俺はなんでこんな八歳も年下の子供に敬語を使っている……?


 そうせざるを得ないほどの、幕之内や黒崎ともまた違う、何か底知れない力を感じ、身震いする。心臓が鼓動を打つ音と警官たちの話し声が、嫌に五月蝿うるさく聞こえた。


「また貴方とは何処どこかで会えそうな気がしますね」


「え、槐お姉様……み、見下ろすなんてし、失礼だよ……」


「では樒、影丸。屋敷へ戻りますわよ」


「かしこまりました、槐様」


「ま、待って……槐お姉様……!」


 杠葉 槐はきびすを返し、すたすたと会議室を出ていってしまった。杠葉 樒が姉の後を追い掛ける。彼女らに深く敬意をひょうしながら、再び敬礼をする警官一同。


「では私奴も失礼させていただきます、田中様――いえ、『夏瀬様』……とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」


 ――此奴こいつ、俺の名を……。何処で……?


 黒崎はそう告げて頭を下げると、杠葉姉妹を追い、会議室を後にした。警察がせわしなくする会議室の隅で、俺が呆然ぼうぜんとしていると、事情聴取を終えたばかりの天音と、肥満体にボウルカット、黒縁の丸眼鏡の青年――御宅 拓生がこちらに歩み寄った。メイド服の天音は落ち着いた様子で、うやうやしく俺に声を掛ける。


「せつくん、お待たせいたしました」


「おう、早かったな」


「せつくんが遺体発見時から録音していた音声があればこそです。あの段階でここまで見越していたとは、流石ですね」


「いやはや……神級異能を持つ者はやはり一味違いますなぁ」


「まあどうせ警察を呼ぶことは確定事項だしな。証拠があったほうが早いだろ。それが捏造ねつぞうされたものではないと証明できる証人もいたわけだし」


「はい、お陰様で私たちも帰って問題ないそうです」


「そうか」


「こんなことがあっては仕方ないのですが……今年の『乗法祭じょうほうさい』は中止になりそうですなぁ」


「まあ学園祭って感じじゃないわな……」


「ところで田中氏、そちらのレジ袋に入っているものはもしかして……?」


 御宅は、床に胡座をかく俺の隣に置いていたレジ袋――トイガラスで買った商品が入った袋を目線で指し示して言った。袋の中身が少し透けて見える。


「お、御宅、『モンクル』やるのか?」


 ――「モンスタークルセイド」――通称・モンクル。俺が購入したカードゲームの商品名だ。


「フフフ……何を隠そう、小生は大会の優勝実績もありますぞ」


「ほう。俺始めたてなんだよな」


「フフフ……ならばレクチャーしますぞ!」


「お、いな。つってもここじゃあれだな……」


 会議室の中では警官たちが現場の検証等を進めていた。落ち着くまで暫く時間がかかりそうだ。月光が会議室の中をきらびやかに照らす。


「せつくん、それもいいんですが一度お休みになられたほうが良いのでは?」


「確かに小生も色々あって眠いですな。であれば昼にこの〈竹馬ちくばエリア〉に隣接する小さなエリア――〈淡墨うすずみエリア〉に来てくだされ。小生の家で遊びますぞ」


「そうするか。天音、今日は〈竹馬エリア〉で宿を探そう」


「かしこまりました。すぐに手配いたします」


「おう、ありがとう」


「鈴木女史は優秀なメイドですなぁ……」


 ――〈淡墨エリア〉。何か、気にかかる。


「〈淡墨エリア〉は小さな集落のようなエリアですぞ。来ればすぐわかりますが、一応SSNSスーパーエスエヌエスのフレンドになっておきましょうぞ」


 スマホを取り出し、連絡先を交換する。


「ああ、じゃあ御宅、また昼にな」


「承知しましたぞ!ではお二方、またですな!」


 御宅は手を振りながら俺たちに挨拶をした。会議室を後にする御宅の大きな背中を目で追いながら、もうホテルの手配を済ませた様子の天音に声を掛ける。


「天音」


「いかがいたしましたか?せつくん」


「俺さ、〈極皇杯〉に出るよ」


「これはまた突然ですね。陰ながら応援させていただきます」


「優勝できると思うか?」


「無論です。ただ……せつくんと言えど、油断は禁物かもしれません」


「〈十天〉に次ぐ世界のトップランカーたちが出るんだもんな。全力で挑むさ」


 夜が更けていく。窓から覗き込む、天上に浮かぶ月光は、夜の帳に降りた積雪と相俟あいまって、何処までも純粋で、けがれなき輝きを宿していた。

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