「何がおかしいんだ?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「テメェ……!ぶち殺してやるからな!」
「――お、落ち着いてくだされ幕之内氏!」
「――拓生!離しやがれ!ダチが
「ふふふふふ……待ってよ幕之内くん。まだ私が犯人だと決まったわけじゃないの。だって田中さん……
「まだ全部話してないんだ。反論があるなら全部跳ね返してやるぞ」
「ではお言葉に甘えさせてもらおうかしら……。異能を偽証、と言ったわね?でも私は確かに〈
「そうだな。あんたは俺の前で確かに異能を使った。下級異能、〈
「見せかけた?実際に〈
「大空さんも〈
「ふふふふふふ……そうね。でも貴方忘れてるわ。女性である私の力では、もし仮に私が大空くんを殺したとしても、自殺に見せかけて、大空さんの大きな身体を持ち上げて天井に
「そうだな。だからあんたは自身の本当の異能を使ったんだ。」
「……へえ、貴方は私の異能を何だと思ってるの?」
「ネクロマンサー……死体を意のままに動かす異能だろうな」
「…………っ!……どうして……そう思うのかしら?」
「あんたがゴキブリを手も触れずに窓の外に放り投げたのは間違いないよ。でもあれは違和感があった。死んだハズのゴキブリを〈
「…………そう。それで死体を操る異能だと推理したわけね」
「ああ。その異能で絞殺した大空さんの手足が切り取られた遺体を操り、自ら首を吊らせた――というのが事の
「…………そう」
「まああんたがそのモコモコのアウターを脱げば
「…………わかったわ」
「……手じゃな」
床に落ちた大空 飯亜の片手の手首。それが物語るのは、言うまでもない、綿貫 私が殺人を犯した犯人だという、他でもない証左だ。
「わ、綿貫女史が……」
「クッソ……が……!」
幕之内はキャスター付きの椅子を蹴飛ばした。またも、壁に激突して倒れた椅子。その脚の四つのキャスターは、カラカラと音を立て、
「で、では田中氏……学長殿が殴られたのは……」
「まあ口封じだろうな。ノコギリを会議室まで取りに行くのに、会議室に残った学長が邪魔だった。口封じに、同じ工具セットに入っていたハンマーを使って、姿を見せないよう背後から襲ったんだろう。皆が幕之内の捜索に行くタイミングで、こっそり縄とハンマーを持ち出していたんだろうな」
「――綿貫!テメェ!どういうつもりだ!?ぶち殺されてェのか!?」
「ふふ……幕之内くん」
幕之内は綿貫の胸ぐらを掴み、わなわなと怒りで拳を震わせている。それとは対照的に、糸目の女――綿貫は
「まあ綿貫がずっと幕之内――あんたに向けていた視線を見ればわかる。どうせもう成就しない恋だ。綿貫――あんた幕之内が好きなんだろ」
「……そうね。私は幕之内くんが好きよ。殺人に手を染めてしまうほどにね」
「――テメェ……ッ!」
「い、意味がわかりませんぞ!幕之内氏が好きだからといって、大空氏を殺す必要があったとは思えませんぞ……!」
「さあ……殺人を犯すような狂人の考えは俺にはわかんねえよ」
「ゴホッゴホッ……終わったようじゃな……」
「幕之内、手を離してやってくれ」
「あァ!?なんでお前に指図されなきゃいけねぇんだ!?」
「一応検証だ。綿貫の異能……改めて〈
「そ、そうですな。死体を操る異能だと確定させたほうが良さそうですな」
「ちっ……しゃーねーな。おい綿貫、〈
幕之内が手を離すと、綿貫は大人しくそれに従った。
「……わかったわ」
綿貫が、机の上に開かれたままの〈
――――――――――――――――――――――――
上級
幽船
Ghost ship
――――――――――――――――――――――――
「テメェ……やっぱり
「待って……幕之内くん、この異能は死体を操る異能なんじゃないわ」
――コイツ……一旦認めた癖にまだ
「おい綿貫、あんた
俺はそう言うと同時に、脳内で〈
『掟:嘘を
「テメェ……まだ言うか……!?」
「命が惜しくなったでありますか……?」
「そ、そうね、あれよ。死んだ人を生き返せる異能で――がはッ……!」
綿貫は突然、床に血反吐を吐いた。
「あ?なんだ?今度は具合が悪いフリか?」
「いや、幕之内。俺が異能を使った。嘘を
「で、ではやはり死体を操る異能……というわけですな」
「ああ確定だ。綿貫、もう反論はないな?」
「――貴方の
「は?」
「――貴方さえいなければ……っ!貴方さえいなければ!私は幕之内くんと結ばれたのに!」
そう言って、綿貫は、涙を流しながら俺の胸に掴みかかった。その力は、余りにも強い。するとその瞬間、背後に、天音とは別の気配があるのに気付いた。
「――せつくん!」
後ろを振り返ると、先程まで白い布に覆われて仰向けに横たわっていたはずの、手首と足首のない大空 飯亜――だったものが、俺の背中に
「――綿貫!テメェ!どこまで死者を侮辱するつもりだ……ッ!」
怒り狂う綿貫と手首と足首のない遺体――その板挟みにあった俺は、両腕を回転させるように振り回し、綿貫と遺体を無力化させた。
――本当の「罰」を下すのは警察の仕事だ。俺は無力化するだけで
「綿貫……あんた、俺が神級異能なの忘れたわけじゃないよな?」
「ふふふふふ……このまま引き下がったら私は捕まるのよね?だったら最後に暴れてやるわ」
「おい田中、待て……。オレが綿貫をちゃんとフってやらなかった所為だ。オレが相手する」
「あんなイカれた女、フってたらもっと暴走してたよ。……幕之内、悪いけど俺にやらせてもらえないか。コイツはそれをお望みのようだしな」
「……しゃーねーな。何してくるのかわかんねえ。気を付けろよ」
「ああ」
「せつくん……」
「大丈夫だ。天音、危険だから離れてろ」
「かしこまりました。ご健闘を」
――タイムトラベルを経て、新世界二日目。二回目の異能戦が、始まる。
「――殺すっ……!」
天音が俺から数歩離れるのと同時に、再び勢い良く飛び掛かってくる綿貫。またそれと同時に、背後で立ち上がった手首と足首のない遺体が、手首のない腕を俺の脇の下に差し込み、がっしりと俺の両腕をホールド――
――〈
俺は遺体に両腕をがっしりと掴まれたまま、左脚を勢い良く前方に突き出した。鬼の形相で飛び掛かってきた綿貫の腹を、思いっきり、
「うっ…………!!」
俺の蹴りがクリーンヒットした綿貫が、凄まじい勢いで吹き飛び、会議室の壁に衝撃音と共に激突する。
「……うわあ、痛そうですな……」
「ふふふ……貴方、か弱い女の子のお腹を蹴るなんて、最低の男ね」
「あのな……か弱い女の子は死体操らねーよ」
――この際だ。〈
その様子を、天音、黒崎、幕之内、御宅、学長の五名は、静かに見守っていた。そして透かさず、壁際に
『掟:異能によって操った第三者を用いて他者を拘束する者は、即死する』
やはりと言うべきか、会議室の奥でゆっくりと立ち上がる綿貫に、変わった様子は見られない。
――不可能だという確信があったからこの掟を試してみたわけだが、やはり無理だな。罰として直接的な死は指定できない。
「綿貫、あんたさ。なんで殺人なんか犯した?」
「何を言ってるの?幕之内くんの周囲の人間を消せば、最後に残るのは私でしょ?」
――この女、イカれてる。
「テメェ……!そんな理由で飯亜を……!」
「クレイジー糸目女が……」
――よし、次だ。
『掟:呼吸をした者は、一時的な頭痛に襲われる』
――瞬間。俺の頭に、割れるような痛みが走る。
「――ああっ!」
それは再び、向かってくる綿貫も同じだったようで悲鳴を上げ、その場に
――やはり掟は両者に課される。そして「呼吸をした者」という、
『掟:二足で立っていない者は、異能の使用が禁じられる』
すると、俺を背後から羽交い締めにしていた大空 飯亜の遺体が、力なくその場に倒れ込んだ。
――成程。異能の使用禁止という罰も可能か。強力だな。
「なっ……!?何をしたの?」
「ご丁寧に解説してやるほど俺も馬鹿じゃないんでな。それよりあんた、『ノックスの十戒』って知ってるか?」
「何が言いたいの……?」
「興醒めだって話だよ。ミステリーに異能なんざご法度だよ糸目女」
「……っ!」
――よし、次。
『掟:呼吸をした者は、右手に
すると、案の定、俺の右手が一瞬、ぴりっと痺れを感じた。俺は会議室の隅に立つ天音に問うた。
「天音、今右手が痺れなかったか?」
天音は不思議そうに答えた。
「いえ、ご主人様。私は特に何も感じておりません」
――〈
『掟:スリングショットによる攻撃に被弾した者は、気絶する』
「――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……っ!!」
俺は黒いスキニーパンツのポケットから、スリングショット――〈エフェメラリズム〉と付属のゴム弾を取り出す。そして、再び立ち向かってくる綿貫の脳天を目掛け、撃った。
「……なっ!?」
「あんたも
コーン、と痛快な音を奏でて綿貫の脳天に直撃したゴム弾。昼に買ったばかりでまだ弾を入れ替えられていないため、殺傷力はないものの、この程度の敵ならば何も問題はない。
「安らかに眠れよメンヘラ女」
綿貫はその場に背中から倒れ込んだ。その様はまるで、スローモーションかのように見えた。そしてそれは同時に、この異能戦の決着を示していた。
「お、終わったのですかな……?」
床に倒れた綿貫は、仰向けのまま気を失っている。
「
「黒崎さん……あんた……犯人わかってたろ……」
「さて、何のことでしょうか」
――食えない奴め。
「田中……悪かったな。何から何までアンタに任せちまって……」
「気にするなよ幕之内。後は明日を待って、警察に任せようぜ」
「おう、そーだな……」
――大空さんが殺害されてしまったのは悔やまれるが、〈
「ゴホッゴホッ……」
「幕之内氏!今のうちに綿貫氏を拘束しますぞ!」
「お、おう拓生。紐ならウチの部室にあるぜ」
「取りに行きますぞ!」
そう言って、幕之内は御宅と共に綿貫を縛るための
「せつくん、お疲れ様でした。上級異能とは言え、やはりせつくんにとっては造作もない相手でしたね」
「ああ天音。そうだ、警察を呼んでもらえるか?雪も止んだようだし
「かしこまりました」
「――まだよ……っ!」
すると突然、気絶していたハズの綿貫が起き上がり、
――その瞬間、天音が俺を庇う形で、綿貫の前に立ちはだかった。ぶちまけられた液体――硫酸は、天音の顔やメイド服を痛々しく濡らす。
「――天音……っ!」
「す、鈴木女史……!」
メイド服は溶け、天音の顔が
「……そんな……っ!嘘でしょ……」
「……貴様……せつくんに何をした?」
今まで見たこともないほどの、天音の怒りに震えた口調と形相。俺はそんな天音に、少し、恐怖を覚えた。
天音は、黒い革製の低いヒールの靴――ロリータパンプスで、綿貫の後頭部を勢い良く踏み付けた。綿貫の額が地面に激突し、綿貫は思わず
「うっ……!」
「二度とせつくんに関わるな。近寄るな。さもなくば殺す」
――こうして俺は、二度目の異能戦を終えた。結果は完全勝利。夜が、更けてゆく。