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1-16 容疑者Xの片鱗

「嘘でしょ……神級なんて……有り得ないわ……」


「ゴホッゴホッ……まさか……死ぬ前に〈審判の書ジャッジメントバイブル〉が神級を記述する様が見られるとは驚きじゃ……」


「黒崎さん……アンタ只者ではねーと思ってたけど何者だよ……」


「しょ、小生……パニックですぞ……!」


 最早もはや、実行委員の面々が黒崎に向ける視線は、畏怖いふそのものに変わっていた。


 ――〈十天じってん〉・第十席の双子の姉妹である杠葉ゆずりは えんじゅと杠葉 しきみ。彼女らに仕える執事である黒崎 影丸かげまる


 ――執事の身でありながら、この新世界にわずか二十人程度しか存在しないとされる、神の名を冠する異能――神級異能。一体、何者なんだこの男は……。


 騒然とする夜の会議室の中、黒い燕尾服姿の男――黒崎は静かに口を開いた。


「〈十天〉の一員でおられるお嬢様方に比べれば、私奴わたくしめなど地をう蟻も同然の身です。ただ皆様、どうかこのことは公言されませんよう」


 黒崎の端正な顔立ちに宿る目は、鋭く俺たちを見つめた。神級異能だなんて言い回られてはたまったもんじゃない。黒崎が口止めするのはある意味当然だ。


「も、もちろんですぞ。というかこんなこと言っても誰も信じないでしょうなぁ」


「ええ、そうね……」


 ――まずいな。これ……この後俺が〈審判の書ジャッジメントバイブル〉に手をかざすんだろ?やり辛いにも程がある。


「き、聞きたいことは色々ありますが、一旦異能の公開を終わらせるべきですな」


「御宅くん……そうね。ごめんなさい、田中さんと鈴木さん、あなたたちは大空くんと今日が初対面だし、疑っているわけではないのだけど、お願いしてもいいかしら」


「ゴホッゴホッ……」


 ――できることならば異能の公開は避けたかったが、この状況下では仕方ないか。


「ああ……だが、まあなんだ。あまり驚かないでくれよ」


 新たなページを開き、黄ばんだ紙の上に右手のてのひらを翳す。黒崎のときと同様に、神々しい光を放つ金色が、次第に文字の形を成してゆく。


「田中……っつったか。まさかアンタも……!」


「嘘……でしょ」


「本当に……何が起こっているのですかな……?」


「田中様……やはり貴方あなた様もそうでしたか」


――――――――――――――――――――――――

            神級

            天衡

           Themis

――――――――――――――――――――――――


「待ってくれよアンタら……意味わかんねーって……」


「か、神級異能の人間なら人を殺すなんて容易たやすいことですがな……」


「神級異能の人間が殺人なんてチンケな真似するかよ。オレらごと一瞬で消し炭にできるような連中だぞ?」


「そうね……神級異能に殺人のトリックなんて不要だわ。どうにでもなるもの」


 ――この反応は予想できていたが、神級異能がもう一人――黒崎の存在は想定外もはなはだしい。


「だから驚くなと言ったんだけどな……」


「そーだな、わりィ……ちっと取り乱した。次は鈴木っつったな……そこのエロいメイドのねーちゃん、アンタだぜ」


「待ってくれ幕之内。俺は鈴木とは常に共に行動していた。更に言えばさっき綿貫わたぬきさんが言ってくれたように大空さんとはつい数時間前に会ったばかり。それも御宅に半強制的に連れて来られて、だ」


「そうですな。快楽殺人でもない限り、田中氏や鈴木女史が犯人、しくは共犯の線は有り得ませんぞ」


「そうね。私も容疑者から外していいと思うわ」


「ゴホッゴホッ……わしも同感じゃ」


「鈴木の異能は公開することそのものが最大のリスクとなるような異能なんだ。申し訳ないが会ったばかりの人間にこの異能をさらすことは、この新世界を生きる上で命の危険を伴う。ここで鈴木の異能を公開するのは勘弁してくれないか」


「まァ、そーだな。オレも疑ってるワケじゃねーし、別に話すべきこともあるしな」


「ああ」


 ――さて、この〈審判の書ジャッジメントバイブル〉による異能公開で犯人がハッキリした。


 俺の背後でたたずんでいた天音が、申し訳なさそうに俺に耳打ちした。


「せつくん、ありがとうございます」


「ああ」


  ――そう言えば天音は回復系の異能としか聞いていないな。心が壊れてしまうという大きな代償を払うが、蘇生能力すらあるほどだ。天音の持つ才能や能力値を考えると少なくとも偉人級異能以上であると思うが。


 俺は実行委員の面々から少し離れた会議室の隅に移動し、小声で天音に問うた。


「天音……そういや天音の異能ってなんなんだ?」


「ごめんなさい。最悪の場合、他の方には教えてもいいのですが、せつくんにだけは教えられないです」


「回復系の異能なのは知ってるんだぞ……?それでもか?」


「はい、ごめんなさい」


 ――俺が聞けば天音は素直に答えてくれると思ったが、逆。俺にだけは教えられない、ときたか。だが天音が教えたくないと言うならば仕方ない。無理に聞くべきではないだろう。


「つーことは容疑者はオレに黒崎さん、拓生と綿貫、そしてオレの爺ちゃんの五人か」


「幕之内くん、黒崎さんも外していいんじゃない?〈十天〉の杠葉姉妹の命で、この学園祭の会議に数度足を運んでくれたというだけよ?大空くんを殺す動機がないわ」


「んー、そーだな。まァ確かに神級異能ってのもあるしな」


「この犯行……犯人が『大空様の自殺に見せかけた』こと、その理由を明らかにすれば犯人像も見えてきそうですね」


 その黒崎の言葉には、単なる推測を超えた、何か確信めいたものを感じさせた。その黒い瞳には、何かを見透かしたような光が宿っている。


「そうなると申し訳ないけど……学長さんがやっぱり怪しい気がしてしまうわね。この講義棟Aは鍵が閉められていたんでしょ?壁抜けの異能なんて……」


「学長殿に動機があるようには思えませんが……消去法でそうなってしまいますな……」


「待てや、拓生。そもそも爺ちゃん一人で飯亜に首吊らせるなんて無理だろ。同じ理由で女の綿貫にも無理だな」


「そ、そうなるとあとは小生と幕之内氏しか残りませんぞ?」


「アホか拓生。オレが爺ちゃんをなんで殴らなきゃなんねーんだよ。親が早くに死んだオレをガキの頃から育ててくれてんだぞ?」


「そ、そうは言ってませんぞ」


「ちょっと幕之内くん!御宅くん!」


 容疑者から外れ、蚊帳かやの外となった俺と天音は、部屋の隅でそんな実行委員の面々の会話を聞いていた。天音が再び俺に耳打ちする。


「せつくん……もう犯人わかってますよね?」


「天音にはお見通しか……」


 実行委員の面々が議論を繰り広げる中、俺も小声で天音に言葉を返す。


「せつくん、お恥ずかしながら……異能の公開で犯人の正体がわかると踏んでいたのですが、結局わからずじまいで……。よろしければせつくんの推理を教えてもらえませんか?」


「じゃあ犯人が誰かわかってるのは俺と黒崎さんだけか」


「えっ……黒崎さんもわかってるんですか?」


「どうやらそのようだぞ。俺がどの程度か試したいのか、言うつもりはないようだけどな」


「そうなんですか……」


「ああ、まずこの犯行に異能が使われたことは間違いない」


「やっぱりそうなんでしょうか?私も〈審判の書ジャッジメントバイブル〉で異能がわかれば犯人をしぼれると思ったのですが……トリックに使われたであろう異能はございませんでした」


「それはな、犯人が異能を偽証したからだ」


「異能の偽証……ですか?でも、〈審判の書ジャッジメントバイブル〉は自分で異能を書くわけでも改竄かいざんできるデータでもありません。一体どのように……?」


「まあそこは全員の前で白日の下に晒してやろう」


「……はい。では犯人は誰だと……?」


「それはな……」


 俺は天音に耳打ちし、犯人の名前を告げた。


「えっ……?」


「さて、そろそろ推理ショーと洒落込しゃれこみますか……!」


 そう言って俺は、議論を繰り広げる実行委員の面々へと近寄った。幕之内、御宅、綿貫、学長、黒崎の五名が俺に視線を注ぐ。そして俺は告げた。


「犯人はわかったか?」


「おいおい田中よ、わかんねーからこうして揉めてんだろ?」


「おや田中様、まさかおわかりになったと?私奴は見当もつきませんが……」


 ――黒崎……コイツ。すっとぼけやがって。


「ああ、犯人がわかった」


「は?マジかよアンタ……」


「田中氏……」


「ゴホッゴホッ……」


「本当なの?こんな犯行が可能な異能……あるようには思えなかったのだけど」


「――焼却炉があるだろ?ちょうどそこの窓から見下ろせる位置だ」


「あ?何の話だよ田中」


「むむっ、動いているようですな……」


「ああ、中で燃えてたよ。大空さんの切り取られた両の手首と足首がな」


「……そうなの?何のために……?」


「そーだよな、自殺に見せかけるんなら両手両脚なんて切り取る必要はねーだろ。多分……あの隅にあるノコギリを使ったんだろーけどよ」


「むむっ、であればノコギリに付着した指紋を採取すれば犯人が判るのではないですかな?」


「ゴホッゴホッ……」


「御宅くん、それは無理よ。指紋採取セットなんてないわ」


「まあベビーパウダーや薄力粉、テープがあれば指紋は採取できるが……指紋は必要ない。切り取る必要がない両手両脚を切り取ったのは、犯人にとってそれが都合がいからだ」


 天音は、俺の背後でしおらしく、両手を腹部の下辺りの位置で合わせて礼儀正しく立っている。その姿はまるで屋敷に仕えるメイド長だ。


「犯人にとって都合がいいから、だと?どういう意味だ?」


「犯人にとってメリットがあるんだよ。大空の両手両脚を手に入れることに」


「両手両脚なんて手に入れて何の意味があるんですかな?」


「厳密には犯人の目的は大空の手、だな。両手両脚を切り取ったのはそのカモフラージュだ」


「ゴホッゴホッ……」


「飯亜の手……?おい、まさか……!」


「幕之内は気付いたか。手を手に入れることで、偽証できるものが一つあるだろ」


「クッソ……が……そういうことかよ……!田中……お前が言いたいのは……〈審判の書ジャッジメントバイブル〉の異能公開だろ……!」


「そうだ。犯人は袖に大空さんの手を隠し、自分の手を翳すフリをして大空さんの手を翳したんだ。異能を偽証するためにな」


「せつくん……それであの方が犯人、なのですね……」


「マ、マジですかな……」


「ゴホッゴホッ……」


「そうだ。幕之内を外に捜しに行ってから、随分、袖に人の手を隠しやすそうな服を着て戻ってきた奴がいるよな?」


 その人物に、視線が注がれる。


「思えば『大空さんが講義棟内で幕之内を捜すよう誘導』したのも、『〈審判の書ジャッジメントバイブル〉による異能公開を提案』したのもそいつだったな」


「クッソ……テメェが……飯亜を……!」


「犯人の行動はこうだ。幕之内の捜索が始まってから、外に捜しに行くフリをして講義棟内に直ぐに戻った。そして大空さんが幕之内を捜索していたこの講義棟Aで、大空さんを背後から絞殺こうさつした」


「テメェ……オレのダチを……ッ!」


「その後、両の手首と足首をノコギリで切り取り、焼却炉にぶち込んだ。着込んだアウターの袖に切り取った手首を隠してな。講義棟の中からならば鍵を開けられるし、実際に一階の、焼却炉の直ぐ近くの窓が開いていたからな」


「せつくん……お見事でした」


「田中様、素晴らしい推理です」


「――なあ、綿貫 わたし。あんたが犯人だ」


「ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 糸目の女は、不敵に笑った。

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