「なんで……こんなことに……」
床に膝をついたまま、
黒崎と天音も、信じられないといった表情で、その絶望的な光景を見つめている。俺はポケットから取り出した「それ」に少し触れて、再びポケットに仕舞う。そして幕之内に言った。
「幕之内……悪いが実行委員を
――十数分後。幕之内のスマホによって呼び出された学園祭実行委員の面々が会議室に再び
「ダメですぞ……この大雪の中ではすぐには向かえないと言われましたぞ……」
「警察はダメか……」
警察に連絡していた肥満体のおかっぱ頭の青年――
「――爺ちゃん!爺ちゃん!」
「う……ううっ……
「――爺ちゃん!良かった……良かった!」
学長――幕之内の祖父に息はまだあった。後頭部に痛々しい
「爺ちゃん!誰がやったんだこんなこと!」
「すまぬの丈……見ておらぬのじゃ……」
「そうか……爺ちゃんは休んでてくれ……」
「丈……すまんの……ゴホッゴホッ……」
幕之内は祖父である学長に簡単な手当てをし、椅子に座らせた。学長は状況を察したのか、無駄な言葉は発さずに、大人しく幕之内の言葉に従った。
「まさか……大空くんが自殺なんてね……」
「馬鹿言え綿貫。手首足首が切り取られてんのにどうやって首吊るんだよ」
「幕之内くん……。でも殺人なんて、もっと信じられないわ」
「殺人、ですとな……」
「悪かったな、田中、鈴木……アンタらをこんなことに巻き込んじまって」
幕之内は俺と天音に申し訳なさそうに告げる。サングラスで目の奥は見えないが、その表情が決して明るいものではないことは明白だった。
「幕之内さん……あんた大丈夫なのか?」
「歳大して変わんねーだろ、タメ語でいいぜ」
「そうか」
「飯亜は親友だ。飯亜が死んだのはショックだが……絶対にオレはこんなことをした奴を許さねえ。ぶちのめしてやる。そのためにも、ちゃんと真実と向き合わねーとな」
部屋の隅に雑然と置かれた、開かれたままの工具セット。その中にあるハンマーやノコギリの位置が先程見たときと
「ゴホッゴホッ……自殺は難しい、か。そうとは限らんぞ、丈」
「爺ちゃん……異能が使われた可能性ってことだろ?爺ちゃんもさっき聞いてただろうが、大空の異能は綿貫と同じ〈
――「ノックスの十戒」。英国の推理作家であるロナウド・ノックスが主張した、推理小説を執筆する際に守るべき十の規則。そのうちの一つに、「探偵方法に超自然能力を用いてはならない」とある。
――その理由は言うまでもなく、殺人のトリックに超能力なんかが使われていれば読者は興醒めだからだ。異能がトリックに使われた犯行なんて、ロナウド・ノックスもびっくりの掟破りである。
「そうでしたな。〈
「まァ……他殺となると異能が使われた可能性はあるかもしれねーな」
「そうね……。学長さんは〈
そう提案する綿貫は、外に幕之内を捜しに行ったためか、先程まで着ていたエプロン姿とは打って変わって、暖かそうなモコモコの赤いアウターを身に
「オレはどうせ〈極皇杯〉でバレちまってるし飯亜のためだ。そりゃ構わねーが……」
「小生も問題ありませんぞ」
「ええ、犯行を明らかにするためです。
綿貫の提案に、幕之内、御宅、黒崎が頷く。その様子を、学長が静かに見守っている。
――神級異能、〈
「田中さんと鈴木さんも申し訳ないけど、協力してくれるかしら」
「ああ、この状況なら仕方ない」
瞬間、背後に控えていた天音が俺の柄シャツの袖を掴んだ。
――そうか。天音としては戦闘力のない回復系の異能。この、皆が異能という武器を持って戦う異能至上主義の新世界の中、天音が異能を公開することは、「自分は武器を持っていない」と公言するのと同義。
俺は小声で天音に告げた。
「大丈夫だ、天音。天音の異能を公開する必要はないから」
「ゴホッゴホッ……〈
「爺ちゃん……」
「じゃあ私が学長さんについて行くわ」
「では学長殿の同行は綿貫女史にお任せしますぞ」
「その間オレらは捜査でもするか?殺人犯と同じ空間で寝泊まりなんてゴメンだからよ」
「そうですな……」
ふと、窓を開くと、冷たい空気が会議室を満たし始める。下を見下ろすと、猛吹雪の中で
「じゃあ俺たちは外を見てくるよ。気になるものがあるんでな」
「田中氏、わかりましたぞ。まだ誰が犯人なのかもわからない状態でありますから、鈴木女史と離れないよう行動するんですぞ」
「ああ、わかってる。行くぞ天音」
「はい、せつくん」
――天音を引き連れ、外に出て向かった先は焼却炉。焼却炉の中でぼうぼうと燃える炎は、雪景色の中で幻想的な輝きを放っていた。
「せつくん、この焼却炉……先程は使われていませんでしたよね?」
「ああ……」
炎の中に何か見える。それと同時に、鼻を突くような、強烈な臭い。
「これは……」
「何だか……とても嫌な臭いです……」
すると、目線を上げた天音が何かに気付いた様子で俺の柄シャツの袖を掴んだ。
「せつくん、この部屋のカーテン……さっきは開いていなかった気がするのですが……」
天音が指し示した、焼却炉の直ぐ裏の窓。先程はカーテンが閉まっていたハズだが、カーテンも開かれ、鍵が開いている。
「ああ、確実に閉まっていたな」
「犯行と関係があるのでしょうか?」
「成程な……」
――そして再び会議室に戻ると、時を同じくして学長と綿貫が戻ってきた。学長の胸には、大事そうに原初の魔道具――〈
ロの字型の机に開かれた〈
「じゃあ始めるか?全員の異能公開をよ」
幕之内がそう告げると、会議室内の空気が一気に緊張感で満たされた。誰かが生唾をごくり、と飲み込む音が聴こえた。
「まァ〈極皇杯〉でバラしちまったし、オレからやるわ」
幕之内が、その色黒の太い腕を上げ、〈
――――――――――――――――――――――――
偉人級
荒拳
Rocky
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黄ばんだ紙にじわじわと浮かび上がった何かが、ゆっくりと文字の形を成してゆく。浮かび上がった文字が存在感を放っている。
――
――放つ拳の威力を何倍にも
「流石幕之内くんね……。〈
綿貫がそう告げると、それを横目に幕之内は面倒臭そうに金色の頭髪を
「ウチで偉人級と言やぁもう一人いんだろ。――拓生」
「そ、そうですな」
幕之内に
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偉人級
霧箱
Wilson
――――――――――――――――――――――――
――
「これは端的に言ってしまえば『亜空間にモノを収納して持ち運ぶ異能』ですな。このように……収納したモノは自在に出し入れができますぞ」
そう言って御宅は、何もない虚空からボールペンを取り出して見せたあとに、再び何もない虚空――亜空間へとボールペンを収納した。
――これは俺が先刻の講義で見かけた通りだ。それにしても戦闘向きではないとは言え、やはり便利な異能だな。
――それにしても、世界中で僅か二百人程度にのみ顕現するとされる偉人の名を冠する異能が、この場に既に二人、か。
「じゃあ次は私ね」
そう言って、赤いモコモコのアウターを着込んだ糸目の女――綿貫が、〈
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下級
念力
Telekinesis
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下級異能だからか、まるでペンで書いたような文字が黄色い紙に
「私は会議でも少し話したと思うけどこの異能ね。偉人級異能が二人続いた後だと恥ずかしいわね……」
綿貫は気まずそうにそう言うが、一二三の話では、世界人口十一億人の
「そうですな。実際に綿貫女史はゴキブリを触れずに放り投げて見せてくれましたぞ」
「ゴホッゴホッ……では次は
学長は咳き込みながら、そう告げると、〈
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上級
壁抜
Pass through
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――Pass through……日本語の意は「通過する」だ。
「ゴホッゴホッ……読んで字の
「おいおい爺ちゃん、マジで体調大丈夫かよ……」
「学長殿は壁抜けの異能だったのですな……」
「壁抜け……って待って。この講義棟は鍵が閉められて出入りできない状態だったのよね?」
「おいおい綿貫。爺ちゃんを
「あ、そうね……ごめんね幕之内くん。そんなつもりじゃなかったの」
そう言って顔を赤らめる糸目の女――綿貫。
「ったく……これだから下級異能の奴は頭も悪くて困るな……。まァいい、ここまではオレも知ってるメンバーだ」
「そうですな……。残るは、田中氏、鈴木女史、黒崎氏ですな。不謹慎かもしれないでありますが……〈
すると、窓際で静観していた黒崎が突然、〈
「――ちょっ、黒崎氏!早いですそ!」
「大空氏を殺害する動機が全くない田中様や鈴木様と違い、私奴は皆様と多少の面識はございますからね。
――即断即決。異能によっては冤罪の疑いをかけられることも有り得るが、一切の
すると、〈
――あれ?この感じ、見たことがあるぞ……。
「黒崎さん……アンタまさか……!?」
「これは……現実ですかな……?」
「嘘……でしょ?」
実行委員の面々が、目を丸くして驚嘆の表情を浮かべている。凄まじい存在感を放つ金色のそれが、文字の形を成したとき、俺は一瞬、目を疑った。〈
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神級
戯瞞
Loki
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