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1-12 おもしれー男

 ――玩具がんぐ店・トイガラス。男児用のホビー商品が並べられた陳列棚の中で、俺が親指を指した商品のパッケージは、店内の照明を反射した。


「〈エフェメラリズム〉……?せつくん、これって……?」


 俺が指し示した商品のパッケージに記載されている商品名は「Ephemeralism」――日本語で「刹那せつな主義」や「享楽きょうらく主義」。中身は「スリングショット」と言われるものだ。Y字型のさおにゴムひもを張り、弾とゴム紐を引っ張って手を離すと、ゴムの反動を利用して弾が勢い良く射出される――所謂いわゆる、パチンコだ。


 安全性の高い柔らかい弾を使用してこのように玩具おもちゃとしても利用されるが、狩猟用の武器として用いられたり、大型のものは攻城兵器・カタパルトとして用いられたりする等、十二分に武器と呼べる代物だ。俺はこの玩具の弾を入れ替えて武器として利用する。


「スリングショットだな。剣でドンパチって柄でもねーし、多分俺にはこういう武器のほうが合ってる」


「そっか!せつくんシューティングゲーム得意ですもんね」


 ――FPS等のシューティングゲームの視覚認識力――エイム力や反射神経と現実での射撃の才能は一定の相関関係がある。武器に銃を選ぶならば、ゲームの場合は簡略化されている操作技術、反動――リコイル制御等が現実ではからんでくるが、スリングショットならばその影響は大きくない。


「まあ結局俺って大抵のことはできるからな……。ことわりの外の存在――『埒外らちがいの存在』と呼んでもいいぞ」


「いえ、呼びません」


「あぁ、そう……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――竹馬ちくば駅、ラーメン店・道福軒みちふくけん、トイガラス・竹馬エリア店――このトライアングルの中央に位置する巨大なキャンパスが、本日の本命――竹馬大学である。


 本来はキャンパスが広大過ぎて自転車が必須と聞いていたが、やはり神級異能の先人による影響か、メインキャンパスを残し、大きく縮小していた。俺たちはトイガラスで購入した商品の入ったレジ袋片手に、その竹馬大学構内――石の広場と呼ばれる場所に来ていた。


 ストーンタイルが敷き詰められた、中央には学長らしき老人の銅像。そのぐ背後には、芝生の下り坂と水湧く噴水がある。


 学徒がくとらしき若い男女が、芝生に腰を下ろして噴水を眺めたり、すぐ近くの附属ふぞく図書館を出入りしたり、慌ただしく大学構内を走ったり、と悠々自適ゆうゆうじてきに過ごしている。その穏やかなキャンパスライフの一ページを、陽光が温かく照らしていた。


「ここが竹馬大学ですか……。素敵な大学ですね、初めて来ました」


「ああ、平和で嫌いじゃないな」


「せつくん、商人の方を探すんですよね?どうします?」


「ああ、一般公開している商学部の講義がこの後大教室Aであるらしい。それに乗り込んでみるか」


「かしこまりました。講義を受けながらどんな方がいらっしゃるか観察する、ということですね。参りましょう」


 ――数分後。大教室A――横に広い教室で、後方の席になるほど、階段式に床が高くなっている――所謂いわゆる、階段教室。


 俺たちは出入口に近い最後列の隅に隣り合わせで座った。レジ袋を机に置き、講義の開始を待っているところだった。


 教壇の裏には巨大なスクリーンが設置されている。既に二百人近くの学徒――大学生が着席し、各々が授業開始の定刻を待っている。天音は八十五年ぶりの大学の講義という理由からか、そわそわと落ち着かない様子で俺に声を掛けた。


「せつくん、せつくん!かなり賑わってますね」


「まあ総合大学だしな」


 すると、壁掛け時計が十五時半を指そうというタイミングで、背後の扉から教授らしき五十代前後の男性が入ってきた。その頭髪が薄くなった男性は、学徒らを一瞥いちべつしながら教壇まで歩を進め、マイクを手にした。そして、講義が始まった。


『えー、ごきげんよう諸君。この講義を担当する城田です。本日は一般公開ということで、学外からも受講しに来てくださった方がちらほらいらっしゃるようですね。ありがとうございます――』


 教授は丁寧に挨拶あいさつを述べると、手元のノートパソコンを操作し始めた。すると直ぐに、教授の背後の巨大なスクリーンにプレゼン資料が投影される。


『えー、はい。本日は二つのテーマについて話していければと考えています。前半はこちらの「〈極皇杯きょくのうはい〉の経済効果」、後半は「消費者の異能の階級別のターゲティングとブランディング」。こちらの二つのテーマについて話していきます――』


 ついでだから勉強しようという意図なのか、黒い革の小さなハンドバッグから、小さなメモ帳とボールペンを取り出した天音。俺は跳ね上げ式の講義机イス――その机に肘を突き、頬杖を突きながら、スクリーンをぼんやりと眺めていた。スクリーンに映るスライドが、教授の話に合わせて切り替わる。


『まずは昨年末に行われた〈極皇杯〉ですね。本戦出場のファイナリストの八名に関しては皆さんもよくご存知かとは思いますが、注目すべきはやはりまず優勝者の銃霆音じゅうていおん 雷霧らいむさんですよね。圧倒的な強さで優勝し、〈十天じってん〉入りを果たしたのは皆さんの記憶にも新しいかと思います――』


 すると、斜め前の席に座る若い男の肩越しに、一際目立つ、重量感のある大柄な肥満体に、おかっぱ頭――毛先が同じ長さに切り揃えられた黒髪のボウルカットの男が見えた。その人物は、教室の中央の列の端で、一生懸命にノートに板書している。


『やはり銃霆音さんと言えば、「いんを踏むたびに威力を増す雷撃」という異能の特異性ですよね。現在の世界の交通――世界六国を結ぶ超電導ちょうでんどうリニアはほとんど彼のお陰で安定しているようなものですからね。実際に――』


 丸々と太り上げた巨漢で、言葉を選ばずに言うならばデフォルメの効いた体格。黒縁の丸眼鏡。上唇うわくちびるが厚いのか、ギリシャ文字の「ωオメガ」のような猫口、そして大きな鼻に二重顎にじゅうあご


 額には赤いバンダナを巻いている。上は知らないアニメの萌えキャラがプリントされたTシャツに下は茶色のスラックス、といった珍妙な出で立ちだ。


 ――あんなド真ん中ストレートの「ヲタク」って二十二世紀にもいるんだな……。


『――そしてBEST4ベストフォー、我が校の学徒でもありボクシングサークルの代表も務めてくれている幕之内まくのうち じょうくんはやはり外せませんね。皆さんもご存知の通り、拳の威力を跳ね上げる偉人級異能です。彼がファイナリストになるまでの軌跡きせきが映画化された、という話も話題になりましたね。彼の――』


 すると、そのオタク巨漢男は、驚くべきことに、突如として何もない虚空こくう――亜空間から、ペットボトルに入った烏龍茶ウーロンちゃを取り出した。周囲の学徒らも、それがまるで日常であるかのように、気にも留めずに教授の話に、懸命に耳を傾けている。


 オタク巨漢男は、ペットボトルのふたを開け、ぐびぐびと飲み干した後に、空になったペットボトルを再び、何もない空間に「収納」した。その光景は、まるで突然ペットボトルが消失したかのように映る。


 ――あれは……異能か。「亜空間にモノを収納して持ち運ぶ」異能、といったところか……?戦闘――異能戦向きではなさそうだが、途轍とてつもなく便利な異能だな。


『――SSNSスーパーエスエヌエス上でも第十回を迎える今年の〈極皇杯〉のファイナリスト予想が白熱していますね。今年の予選の参加総数は四十八万人を超えるのでは、本戦初進出組が期待できるのでは、という意見もあるようですね。私個人の見解としては――』


「なるほど……興味深い考えです……」


 天音は隣で興味深そうに教授の話を傾聴けいちょうしながら、時折一人で納得したようにうなずいたり、メモ帳に板書したりしている。この点は真面目な天音らしい。


『――はいはい、皆さんが考えていることは私にはわかっていますよ。やはり商学部の皆さんとしては彼の見解も気になるところですよね。やはり彼の発表を聞かなければウチの商学部らしくないでしょう――』


「――お?拓生たくおの奴がまた話してくれるのか?」


「あいつの考えおもろいからな」


 周囲の学徒らが、待ってました、とばかりにざわめき立つ。一段階ヒートアップした大教室Aに、教授の声が響く。


『――登壇とうだんしていただきましょう!我が竹馬大学・商学部の首席合格者!御宅おたく 拓生たくお君です!!』


 ――オタク タクオて……。


 すると、俺が視界に入れていたそのオタク巨漢男が、突然立ち上がり、大教室の壁沿いを通って、のしのしと教壇まで向かっていく。


「――よっ!拓生!」


「待ってましたー!!」


「オタクくーん!!!」


 二百人近くの学徒らの声援を受けながら、オタク巨漢男――御宅 拓生と呼ばれたその青年は教壇の前に、えっへん、と言わんばかりのポーズで、両手を腰に当てて立った。


『御宅くん、マイクを――』


 御宅は教授から手渡されたマイクを受け取ると、言った。


『ご紹介に預りました、御宅 拓生ですぞ。さて――』


 御宅は教室を端から見渡しながら言葉を継ぐ。


『本日は公開講義……小生しょうせいのことをご存知でない方も見受けられますな。であれば小生、自己紹介がてら――』


 大教室に集う学徒らの視線が、そのデフォルメの効いた巨漢の男に一斉に注がれる。みなみな、期待の眼差しでその丸眼鏡の男を見つめている。


『――フリップネタをやりますぞ』


「ははは!!なんだそれー!!!」


「いいぞー!!!」


「オタクくーん!!」


 御宅が指をパチン、と鳴らすと、巨大スクリーンに投影されていた講義スライドが、「好きな映画」とだけ書かれたスライドに切り替わる。教授がノートパソコンで操作しているようだ。


『まず小生の好きな映画ですな。名作とされる映画は沢山たくさんありますが、やはり小生としてはこの作品ですな』


 再び切り替わったスクリーンには、「牛の肝臓を食べたい」とだけ書かれたスライドが映し出されていた。


『そうそうこれこれ、「牛の肝臓かんぞうを食べたい」――ってこれ!ただのレバー好きですぞー!』


「「「はははははははははははははははは!!!」」」


「つまんねーよ!御宅!w」


「俺はちょっと好きw」


「オタクくんウケるー!」


 爆笑の渦に巻き込まれ、時折愛のある野次が飛ばされる大教室A。御宅は次々にスライドを切り替え、饒舌じょうぜつな語り口調で爆笑をさらってゆく。


「ふふ……ユニークな方ですね」


 ――やばい。これは……。


 肩が小刻みに震える。言いようのない、衝撃。俺は爆笑に包まれる大きな講義室の中、隣でくすくす笑う天音に、語り掛けた。


「天音……」


「どうしましたか?せつくん」


 ――見つけたぞ。おもしれー男。


「――あいつ〈神威結社〉に入れるわ」

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