「えっと……せつくん?ごめんなさい、話の繋がりが見えないんですが……」
「フフフ……まあ見てなって」
――数分後。豪勢な料理を完食し、俺が手伝おうとする隙もなく、手際良く食事の片付けに取り掛かる天音。屋上の喫煙ブースで煙草を吸って、リビングへと戻ると、食事の片付けを済ませた天音の姿が見えない。
「あれ、天音?」
「――せつくん!」
左手側――バスルームやシャワールームの方向から天音が俺を呼ぶ声が聞こえる。シャワールームと同じ区画にある脱衣所の扉を開くと、脱いだメイド服を畳んでいる、下着姿の天音が立っていた。
「おお、天音。悪い、風呂入るところだったか」
「せつくん、あの、一人になりたいと思うんですけど、今日だけで 、今日だけでいいので、良かったら一緒にお風呂入りませんか?」
「……ああ、そうだな」
――数分後。バスルームの中央には大きな円形のジャクジー付きの浴槽がある。身体を洗い、二人で浴槽に身体を沈めると、今日の疲れが綺麗さっぱり洗い流されたように感じられた。
「あぁー、生き返るなァ……」
「ふふ、気持ちがいいですね……」
俺の膝の合間にちょこんと収まる天音。天音は俺の
「せつくん、あの……」
「ああ、ここじゃアレだから。後でまた、な」
「はい……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――〈オクタゴン〉・二〇一号室。乱れた白いベッドシーツの上で、グレーのパジャマに着替えた俺は、ふかふかの枕に
そんな俺の隣で、もう一つ置かれていた枕に白いウルフカットの頭を乗せ、肩を露出させた天音。ばってんヘアピンやレースのカチューシャは既に外している。白い羽毛布団を被った天音が俺のほうを見て、静かに微笑んでいる。部屋の壁掛け時計の時刻は零時を回り、日付は二一一〇年の十二月二日になったところだった。
「せつくん……何見てるんですか?」
「ああ、『
――一度見聞きしたものは絶対に忘れない「
――それだけに、俺の自殺した要因についての記憶がないのが不思議ではあるが、それを今考えても仕方がない。
「流石せつくんです。もうこの新世界に関する知識量は私と大差ないかもしれないですね……」
「はは、文字列の情報だけを記憶するのと実際に目で見るのとは大きな違いがある。新世界に関する知識量じゃ天音には勝てないよ」
「ふふ、ご謙遜を」
「謙遜でもないんだが……。つーかこの新世界……異能至上主義って話はやはりマジらしいな」
――八十五年前は仕事、収入、学歴、スポーツ、話の面白さに顔面――人を評価する基準は多様だった。だがこの新世界において、それらは全て、異能の階級という形ではっきりと現れる。そのため、異能、及び異能戦の強さがこの新世界では最も重要視されるらしい。
「そうですね……。異能という武器を全ての人が手にしてしまったことで、殺し合いは日常茶飯事――新世界の治安は最悪ですが……」
「そうなるわな……」
――そりゃあクランを組むのが一般的なワケだ。背中を預けられる仲間が多ければ多いほど、その分生存確率も上がる。
――そしてもう一点。「VS」アプリに表示される、「You」という赤文字の表記と共に示されていた「夏瀬 雪渚」「Natsuse Setsuna」の個人ランキング――現在、一億五千二百三十八万四千九百五十六位。
親友、
――そして同じく、「You」という赤文字の表記と共に示されていた〈神威結社〉のクランランキング――最下位の三百万五千二十九位タイ。クランランクは最低評価のF級。
「せつくん、明日――もう今日ですが、お出掛けになるのでしたらそろそろお休みになりませんか?せつくんも今日色々あってお疲れかと思いますし……」
「ああ、そうだな。寝るか」
――まあ
「はい、おやすみなさい。せつくん」
「ああ、おやすみ――」
自然と
――こうして、俺は、この異能至上主義の新世界での、「一日目」を終えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ぐあぁ……あぁ……。よく寝た……」
快眠も快眠。壁掛け時計の短針は「13」と「14」の間、長針は「6」を指し示す。窓から差し込む陽光が、新たな日の訪れを告げていた。
――十三時半か。超理想の睡眠だったな。
「おはようございます。せつくん」
声のする方向に目を向けると、テレビ台の前の木の椅子に腰掛けた、綺麗な姿勢で白い髪の美しい容姿の女が、俺に微笑んだ。レースのカチューシャ、露出した胸元、長いフリルスカート――
「おはよう天音。俺が起きるの待っててくれたのか」
「ふふ、せつくんの彼女ですから。さ、せつくん、お食事の用意もできていますよ」
――そして、天音に優しく促されるがままに朝食を済ませ、脱衣所の洗面所で歯磨きや洗顔を終えた俺は、リビングのL字型のソファに、天音と斜め向かいに座った。
「よし、出発するか」
「えっと、せつくん。つけ麺……を食べに行くんですよね」
「ああ、つけ麺を食べに行くんだ」
「えっと、せつくんがつけ麺好きなのは存じておりますが……主目的は何なのですか?」
「ああ、つけ麺はオマケだよ。あの街に行くならつけ麺は欠かせないからな。主目的はそうだな、『
「『竹馬大学』ですか」
――茨城県つくば市にある国立の総合大学、「竹馬大学」。新世界は〈
――俺の在籍していた
「なるほど……竹馬大学には商学部がございますね。そこで商人を探そう、というわけですね」
「その通りだ。竹馬大学ほどのレベルならもう実際に商人として生計を立てている奴も多いだろうからな。こんな時代なら尚更だ」
――〈竹馬エリア〉までも、エクスプレスで数分で着くらしい。流石新世界というべきか。当時は東京からつくば市まで一時間はかかったものだが……。
「かしこまりました!せつくん、そうと決まれば参りましょう。〈竹馬エリア〉へ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――三十分後。〈竹馬エリア〉・竹馬駅周辺。そこから見える景色は、〈超渋谷エリア〉や〈真宿エリア〉と同様に、縮小したつくば市の姿があった。巨大な複合型商業施設が
食券機に天音から借りた銀貨一枚を投入して注文したのは「
「うっま……っ!」
――俺は食には
「あの、せつくん、いや、めちゃくちゃ美味しいんですけど、つけ麺食べるんじゃなかったんですか……」
ラーメン店に似つかわしくないメイド服を着こなす白いウルフカットの美女。
「気が変わった」
「もう……せつくんらしいですけど……」
――そんな飲食店に対し、茨城県つくば市――改め〈竹馬エリア〉の麺類は大抵の場合、ボリュームもあって美味い。俺も大学を除籍される前までは何度か一二三たちと
「うま……天音、食べ終わったらトイガラス行くぞ」
「えっ……トイガラスっておもちゃ屋さんですよね?もう、せつくんがおもちゃ好きなのはわかるんですけど竹馬大学に行かないとですよ」
「武器を買いに行こうと思ってな。あと
――俺は精神的に未熟なんだと思う。人格形成が成されていない。俺の自殺の要因でもある、とある理由によって。結局はそれが思い出せないわけなのだが、〈竹馬エリア〉に足を運んだのは、それを思い出すためでもある。
「おもちゃ……って、いや、せつくんそれはいいんですけど、武器はちゃんとした武器屋が各地にございますよ?」
「ああ、知ってる。まあ落ち着け天音。俺が今まで間違っていたことがあったか?」
「……ちょいちょいあった気がしますけど」
「成程な。そういう意見もあるよな」
完食した大盛りの海老蕎麦。その余韻に浸りながら軽い冗談を言ってみる。
「ふふ、もうせつくんったら。あ、せつくん次のお客さんもいらっしゃるようですし、『ごちそうさま』して出ましょうか」
「おい俺二十二歳児だぞ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――ラーメン店・「道福軒」の愛想の良い主人に軽く挨拶をして店を出て、西方向へと進むこと数分。大通り沿いに立つ玩具店・「トイガラス」の竹馬エリア店。店内には様々な種類の子供向けの玩具が、圧巻と言えるほどに、見事に
「ほう……構築済みの『
「ふふ、せつくん楽しそうで何よりです」
なんやかんや言って、俺が喜ぶ様子を微笑みながら見守る天音はまるで俺にとっての聖母のようだった。
「悪い天音……これは時間を要する
「せつくん、一つ銅貨八枚なら大した額じゃないですし両方買いましょ?あ、この『
「おぉ……天音、俺を甘やかし過ぎじゃないか」
「ふふ、
「償うべきなのは俺のほうなんだけどな……まあそう言ってくれるなら甘えさせてもらうか」
「せつくん、それより早く武器を買わないと、日が暮れて学生さんもおうちに帰っちゃいますよ?」
「ああ、そうだな」
手持ちの買い物カゴに構築済みデッキを幾つか放り込み、陳列棚の合間を進む。天音が後を追うように俺の背後をついてくる。
「せつくん、おもちゃ屋さんで武器って……何を買うんですか?」
俺は目的の商品の前に立って、親指でそれを指して告げた。
「――これだ」