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1-4 異能至上主義

 ――数分後。俺と天音は、一二三の「病人は病室に戻れ」という言葉に気圧けおされ、再び元の広い病室へと戻って来た。


 無機質な白い部屋の中央に、大きなベッドと一脚の木製チェアが置かれている。ベッドの反対側にはテーブルとその上にリモコン。リモコンは部屋の隅に置かれた液晶テレビを映し出すためのものだろう。


「ううっ……ぐすっ……」


「天音……」


 天音はこの一時間弱、ずっと泣いている。この八十五年間、涙が枯れるほど泣いたであろうことは、想像にかたくない。


「ぐすっ……泣いてばかりでごめんなさいせつくん……。今ベッドに寝かせてあげますからね……」


「天音、ありがとう。大丈夫だよ、ほら、俺は結構動けるから」


 電動車椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。


「あっ、せつくん!勝手に動いちゃダメです!」


 ――特に身体を動かすのに支障はない。むしろ元気なくらいだ。天音の回復の異能によって蘇生したことで、万全の状態でよみがえった――というわけか。


「もう……せつくん、ダメですよ。まだちゃんと診断してもらってないんですから……」


「天音も座ってくれ」


「なんですか?せつくん」


 そう首をかしげながら、ベッドに俺の隣に腰掛ける天音。俺はそんな天音に思わず抱きついてしまった。


「天音……っ!」


「せつくん……っ!?」


「ごめん……本当にごめん。俺の所為せいで、天音には結果的に俺なんかより辛い過去を背負わせてしまった……。どんなに謝っても許されないけど、謝らせてくれ。本当にごめん」


 天音はそれを受け入れるように、両手を回し、俺を優しく抱き締め、言った。


「せつくん……私、またこうしてせつくんに抱き締めてもらえて嬉しいです……。せつくんは謝らなくていいんです。私が……私がもっとしっかりしてれば……」


「天音は何も悪くない。天音は何も悪くないんだ。ごめん、本当にごめん」


「せつくん……大丈夫ですよ私は。せつくんとこうやってまたお話できて……ううっ……」


「天音……」


「せつくん……もう私から離れないでくださいね……お願いです」


「わかってる……折角せっかく天音が助けてくれたんだもんな。今度こそ最期に笑って死ねるよう、生き抜いてくつがえしてみるよ」


「はい……」


 天音の柔らかく大きな胸が俺の身体に密着する。天音の体温がじかに伝わってくる。手に触れるメイド服のレースの生地が心地良い触感をもたらした。病室の窓から差し込む淡い光がその光景を優しく映し出していた。


「――って、天音!似合ってるから問題ないんだけど……なんでメイド服着てるんだ?」


「あっ、それはですね!せつくん、私の家で同棲してたときによくメイドの女の子のアニメ観てたじゃないですか!せつくんこういうの好きかと思って……」


 「似合ってる」と言われたことに、素直に身体をくねくねさせながら、両手を両の頬に添え、顔を赤らめて照れる天音。俺と二人になったことで、少しだけ落ち着いたようだ。


「おーそうか天音。天音は最高の彼女だな」


「えへへ」


 含羞はにかむ天音はとても可愛いらしかった。八十五年もの時を経て、可愛さを保っている――いや、むしろ更に可愛さに磨きがかかった天音が何だか少し誇らしかった。


「天音、鏡持ってないか?」


「あ、手鏡ならございますよ」


 そう言って、木製チェアの足下に置かれていた小さな黒いハンドバッグから、天音は手鏡を取り出し、俺に手渡した。


 手鏡を覗く男の姿は――真っ白に染めたボサボサの髪、茶色のカラーレンズが入った金縁の眼鏡、ギザギザの歯、水色の病衣びょうい。病衣以外は自殺した日に天音の部屋の姿見すがたみで見た俺の姿と何ら変わりはない。天音が八十五年間もの間、何度も目を覚まさない俺を着替えさせてくれたのだろう。


 ――本当に生き返ったのか。二歳か三歳のときに死ぬことが怖くて泣いた夜があった気がするが、まさか死ぬより怖いことが起きるとは。


「マジで八十五年経ったのか……。姿は変わってないんだけどな……」


「そうですね、せつくん。信じられないのも無理はないです」


 ――「異世界転生」ならぬ「現実世界蘇生」。しかもタイムトラベル付き。これがもしライトノベル作品なのだとしたら逆張りも良いところだ。素直に王道で戦え、そういう文化だろ。


「異世界要素があるとすれば異能か……。天音、テレビ観てもいいか?」


「もちろんです!」


 ――かく、また自殺して天音を悲しませるなんて論外だ。生きてみると決めたからには、まず最優先は情報収集だ。時勢を知るにはニュース番組が手っ取り早い。


 俺の隣で腰掛ける天音は、ベッドの逆サイドに設置されたテーブルからリモコンを手に取り、液晶テレビの電源を入れた。俺たちは靴を脱ぎ、脚をベッドへ乗せ、テレビの方向へと体勢を変えた。胡座あぐらをかく俺の隣で、天音は女の子らしく横座よこずわりで俺の隣にちょこんと座った。


 金髪のツインテールの毛先が桜色に染まったギャルモデルのCMや、蜜柑みかん彷彿ほうふつとさせる鮮やかなオレンジ色のサイドテール風の髪に肩に掛けた大きな編み込み、その編み込みに沿う形で螺旋状らせんじょうに淡い青色のメッシュの入ったアイドルの女の子のMVミュージックビデオが映し出される。


 ――知らないギャルに知らないアイドル、か。自慢じゃないが、はっきり言って俺に知らない知識なんてない。芸能、アニメにスポーツ、ギャンブルやあらゆる学問に専門知識、雑学に至るまでだ。一切の隙はない。だが、それは、「八十五年前ならば」という前提の話だ。


 ――当然このギャルモデルやアイドルも単独でCM起用されるほどなのだから相当な著名人なのだろうが、当然この西暦二一一〇年に生まれ落ちたばかりの俺には知る由もない。


『午後三時になりました。二一一〇年十二月一日、本日のニュースのお時間です』


 突然画面が切り替わり流れ始めたのは、よくあるニュース番組の生放送だ。「二一一〇年」という西暦以外は。


 画面右側に映るニュースキャスターの女性がニコニコと不気味な作り笑いを浮かべている。その表情が、この非現実的な状況をより一層際立いっそうきわだたせる。


『本日のトピックです』


 すると、テレビの液晶の左側に、知らない単語が皆様ご存知面ぞんじづら羅列られつされている。そんな知らない単語の羅列の右隣に映る作り笑顔の女性が、酷く不気味に思えた。画面の光が、窓からカーテン越しに差し込む陽光を反射して幻想的な輝きを放つ。


――――――――――――――――――――――――

きょうの話題

・〈十天じってん〉第八席・銃霆音じゅうていおん 雷霧らいむ様、A級犯罪者二十五名を掃討か

・S級クラン〈高天原たかまがはら幕府〉へ密着

・第十回〈極皇杯きょくのうはい〉、予選エントリー受付開始

・〈不如帰会ほととぎすかい〉、信者二名を逮捕

・ 〈日出国ひいづるくにジパング〉・きょうの天気予報

・きょうの異能占い

――――――――――――――――――――――――


「あーやべえ、これ頭おかしくなる」


「だ、大丈夫ですか!?せつくん!」


「俺に知らないことがあるという事実は俺の気を狂わせる。初手で意味わからん専門用語を羅列すんな、下手なSF作品か」


「せ、せつくん、何言ってるんですか」


「ああ天音、悪い。こっちの話だ」


『〈十天〉・第八席――銃霆音 雷霧様が昨晩、A級犯罪者グループを――』


「これ人の名前か……?画数多過ぎてテストで不利過ぎるだろ」


「ふふっ……せつくん面白いです」


 ニュースキャスターが、知らない集団らしき知らない席次の知らない人物らしき名前をつらつらと読み上げている。それを横目に、俺は天音に問うた。


「天音……この〈十天〉ってのはなんなんだ?」


「そうですね……。どこからせつくんにお話しましょう」


「ああ、ゆっくり教えてくれればいいぞ」


「はい、せつくん、ありがとうございます。えっとですね、まず異能が世界中で顕現したって話、あったじゃないですか」


「ああ……俺の……まあその……自殺した数週間後に世界中で、って話な」


「……はい。異能って五つの階級に分けられるんですけど……」


「ああ、一二三が言ってたな。ネーミングから考えると上から神級異能、偉人級異能、下級異能……。五つなら間に上級異能と中級異能が入る形か」


「おおっ!せつくんすごいです!そうです!流石せつくんです!」


「よせよせ天音。これくらいの推理は前戯ぜんぎだろ。……ん?天音、これは異能がない人間ってのもいるのか?」


「それはまずないと思います。世界人口十一億人がみんな揃って何らかの異能を手にしています」


「世界人口十一億人?あー、これ……もしかしてそういうことか」


「せつくんが考えている通りかと思われます。異能、なんて強力な武器を持ったら人は……」


「そうだな。銃刀法がなくなるようなもの……世界中の人間が揃って武器を手にしたのと同義だな。些細ささいな争いでも人が命を落としかねない……」


「そうなんです。それで世界人口は十一億人にまで減りました。それどころか……特にこの中でも世界中に二十人ほどしかいないと言われている神級異能ってのがやばいんです。大陸を動かしたり……大陸の半分を削ったり……国を一つ滅ぼしたり……まさに神の御業みわざ


「武器なんてレベルじゃねえな……。兵器……いやそれ以上か……」


「はい。結果として今のこの世界――『新世界』って皆さん呼んでるんですけど、『新世界』には文明が崩壊しかけた各国が統合した六ヶ国だけしか残っていません」


「六ヶ国……!?」


「はい、そのうちの一つが私たちが今いるこの国。〈日出国ひいづるくにジパング〉、というわけなんです」


「旧日本を含むアジア各国の合衆国……ということか。イカれてるな……」


「新世界は『異能至上主義』……異能同士をぶつけ合って、強い者が正義です。そしてそんな新世界でトップに立つ世界上位十名――神級異能の面々のみで構成される彼等を〈十天〉と呼びます」


「それが〈十天〉……。世界最強の十人というわけか」


「はい、せつくんのその解釈で正しいです。ちなみに、さっきテレビに映っていたギャルの女の子とアイドルの女の子いたじゃないですか。あの方たちも〈十天〉ですね」


「マジか、あの女の子たちに大陸動かしたり一国を滅ぼすレベルの異能があるのか……」


「はい。小学生でも〈十天〉を知らない人はいないでしょうね……。……あっ、ごめんなさい長々と……」


「いや、流石天音だ。説明がわかりやすい」


「えへへ、ありがとうございます。せつくん」


「幾つか質問したい」


「もちろんです。せつくん」


「異能ってのはランダムで顕現するのか?俺が知ってる漫画やアニメだとそんなイメージなんだが」


「この新世界では実はそうじゃないんです。完全にその人の才能の総合値によって、相応ふさわしい階級の異能が顕現します」


「成程……そうなるとさっきのギャルモデルやアイドルが神級異能を持つ〈十天〉というのもに落ちるな。才能依存で異能が顕現するのならば、〈十天〉の面々は芸能、スポーツ、芸術――各分野のトップばかりだろう」


「流石ですねせつくん。おっしゃる通りです」


「ふむ……これって俺にも異能が顕現するのかな」


「どうでしょう……。異能が世界中で現れ始めたタイミングの私や五六ふのぼりさんは例外でしたが、基本はこの新世界に生まれた人は十代のうちに顕現するらしいです。ですが、せつくんもまた例外な気がしますね……」


「じゃあ、『これから俺に異能が顕現する』のではなく、『もう既に俺に異能が顕現している』と仮定した場合、自分の異能を調べる方法はあるか?」


「あ、その場合でしたら魔道具まどうぐで調べられます」


「魔道具……?まあ何となくのイメージはわかるが」


「はい。原初の魔道具――〈審判の書ジャッジメントバイブル〉。世界中に異能が顕現するのと同時に各地に現れた書物はそう呼ばれています」


「〈審判の書ジャッジメントバイブル〉で可能な限り迅速に俺の異能を調べる必要があるな」


「せつくん、それでしたら五六さんが一冊持ってると仰っていた気がします。大金はたいて買ったとか何とか……」


「お、一二三が持ってるのか。後で貸してもらうか、まだちゃんと謝罪も出来てないしな」


「ふふっ、そうですね」


「ありがとう天音。新世界については大まかに理解した。気になるのは〈十天〉や神級異能だな……才能依存となると……俺は一二三なんかは正に神級異能の器だと思うんだがな。天音は一二三の異能知ってるか?」


「さあ……私せつくん以外の男は眼中にないので……」


 冷めた目で俺を見つめる天音。


 ――あ、これ本音だ。アイツ完璧超人だからめちゃくちゃモテるんだけどな、いや完璧超アンドロイドと言うべきか。……やめよう、アンドロイド化させた張本人である俺がいじるのは絶対に違うな。


「そ、そうか」


「でもせつくんはきっと神級異能で間違いないですよ!せつくんは私にとってヒーローなんですから……!」


 ぽっ、と顔を赤らめながらそう告げる天音。


 ――まあ正直なところ自分でもそう思う。学力や知識量は言わずもがなだ。学力とIQに相関関係はないという主張もあるようだが、俺は高IQ集団「世界関数」にも小学生の時点から加入していた。ハイブリッド型の灰色の脳細胞だ。


 ――更に、眼に映った対象を映像として記憶する能力――映像記憶や写真記憶と呼ばれる能力の完全上位互換、一度聞いたものや触れたものすら忘れない「無限記憶アカシックレコード」(俺命名)がある。頭脳に関して一切の隙はない。オマケに運動神経も抜群だ。


『――昨年のエントリー数は脅威の四十万人超え!今年の〈極皇杯〉はメモリアル大会!第十回を数える今年も聖夜に開催されます!予選はバトルロワイヤル形式、本戦はトーナメント形式で一対一の異能戦いのうせん!本日より予選エントリー受付開始で――』


 何やら熱が入った様子のニュースキャスターの声。その液晶をながめながら、俺は天音に告げた。


「――よし天音、俺の異能テストと洒落しゃれ込もうか」

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