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異能至上主義に花束を
異能至上主義に花束を
衝動
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月16日
公開日
8.6万字
連載中
『掟: 勝利への確信が揺らいだ者は、敗北する』 「馬の下半身を手に入れる異能」 「発した単語を具現化させる異能」 「韻を踏む度に落雷を発生させる異能」 ある冬の夜、入水自殺を図った大学入試共通テスト満点の天才・夏瀬 雪渚は、そんな異能が跋扈する西暦二一一〇年の新世界に蘇った。 彼が手にした異能は、ギリシャ神話の法と掟の女神・テミスの名を冠する神級異能。 異能バトルにおいて両者間に掟を定め、破った者には罰を与える最高階級の異能だった。 同じく神級異能を持つ世界上位十名――〈十天〉が頂点に座する異能至上主義の新世界。 蘇った彼は、頭脳と異能でこのイカれた新世界での二度目の人生を謳歌し、成り上がりを図る。 ※毎日更新予定 ※70話程度ストックあり ※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体等の名称は全て架空のものです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様でも同時連載しております。

1-1 入水

 ――君たちは「親孝行」はしているだろうか。しくは、今後「親孝行」したいと考えているだろうか。


 ――これを聞いて、君は「親孝行をするのは人として当然だろ」と思うだろうか。そんな意見が出るのも十二分じゅうにぶんに理解できる。それが一般論だからだ。そう考える人は素晴らしい両親の下に生まれ、愛されて育ったのだろう。是非ぜひ、両親を大事にしてあげて欲しい。


 ――しかし一方で、「『親孝行が当然』という考え方が気持ち悪い」、「親と不仲だから親孝行する気はない」と思う人もきっと一定数いるだろう。俺も同意見だ。いや、逆張りじゃない。俺がそう考える正当な理由と実体験がある。


 ――俺は「親ガチャ」に失敗した。「自殺」は一番の「親不孝」なんて呼ばれることがある。言いようのない希死念慮きしねんりょの中で生きてきたが、もう疲れた。だから俺は「自殺」――一番の「親不孝」をして、死のうと思う。


 二〇二五年、二月のとある日。俺は東京・渋谷のとあるマンションの一室、そのベランダにいた。オイルライターで火をけた紙煙草のフィルターをくわえ、肺に含んだ煙を吐き出す。吹き付けた冷たい風が頬をなぶる。夜空に浮かぶ満月がその様子を優しく照らしていた。


 短くなった煙草を灰皿に押し付け、ベランダのき出し窓を開ける。ベランダでの喫煙用に購入した穴空きサンダルを脱いで部屋に上がる。


 するとその室内では――真っ白な髪のウルフカット、そしてその可愛らしい外ハネの毛先が印象的な、豊満な胸も相俟あいまって、何処どこ妖艶ようえんで美しい雰囲気の美女が、姿見すがたみ身嗜みだしなみを整えていた。俺から見て前髪の右側には、X字型の黒いヘアピン――所謂いわゆる、ばってんヘアピンを着けている。


「あっ、せつくん。私そろそろお仕事行ってくるね!」


 俺に気付いた彼女が俺に声を掛ける。彼女の黒いフリルスカートや右手に持った小さな黒いハンドバッグを淡い照明が照らしている。


「いつもありがとうな。天音あまね、気を付けてな」


「うん。せつくん。じゃ、行ってくるね!」


 玄関の扉――そのドアノブをひねる彼女。此方こちらに顔を向けて手を振る彼女に、俺は小さく右手を振って返した。


「さて……」


 部屋の隅に置かれた組み立て式のクイーンサイズのベッド。その白いマットレスを両手で持ち上げると、すのこが顔を出す。そのすのこの手前側、頭の位置から数えて四つめの木の板に手を伸ばす。その裏にセロハンテープで貼り付けてあったものをがした。


 手に取ったものは一通の白い封筒。その中央には黒のマジックペンで「遺書」と書かれている。マットレスを抑える手を離し、マットレスを元の位置へと戻す。そのクイーンサイズのベッドへとゆっくりと腰掛け、封筒の中にあった無地の便箋びんせんを取り出した。


――――――――――――――――――――――――

天音へ


こんな形で別れることになってごめんなさい。


思い返せばつまらない人生だった。生まれてきたことを恨んだ。

俺の人生は、俺の人生ではなかった。


天音はそんな俺の人生に花を添えてくれた。

ありがとう。天音には感謝してもしきれません。


俺は命をつことにしました。

どれだけ時間が経とうとも、あの過去を払拭ふっしょくできそうにない。

本当にごめん。俺が弱いからこうなった。


本当は天音ともっと未来の話をしたかった。

ちゃんと立ち直って、天音を幸せにしてあげたかった。


優しい天音は自分を責めると思う。

俺の所為せいで泣かないでください。

俺は居なくなるけど、天音はどうか幸せになってください。

天音が笑ってくれることが俺の最期の願いです。


愛してるよ、天音。


                夏瀬なつせ 雪渚せつな

――――――――――――――――――――――――


 遺書を再び白い封筒に仕舞い、テレビ台の前に置かれた小さなテーブルの中央に置いた。時計の針は深夜一時を指していた。ふと、姿見の前に立つと、そこに映る自分の姿は、酷くみにくかった。


 大学に入学した四年前に、自分を変えてみようと思い立って真っ白に染めたボサボサの髪。大学で舐められないように、と買った茶色のカラーレンズが入った金縁の眼鏡。過剰な喫煙によってボロボロになったギザギザの歯。全身グレーのパジャマ。その全てが、今の俺の現状を物語っていた。


 玄関へと向かうと、綺麗に並べられた何足かの靴の中に、まだ新しいスニーカーを見つけた。天音が、俺の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。


 スニーカーをき、玄関横の壁に設置されたスイッチを押下おうかすると、室内は暗闇に包まれた。靴箱の上に置かれた部屋の鍵を手に取り、ドアノブをひねって扉を開ける。共用廊下に吹き付ける冷たい風に俺の髪がなびく。


「寒いな……」


 扉を施錠せじょうし、共用の階段を駆け足で降りる。一階、入口ロビー。大理石の壁に設置された集合ポストのうち、「206」と印字された郵便受けの投函とうかん口に鍵を投げ入れた。


 マンションを出て、マンションの裏手に回る。その駐車場の奥に停まっている放置車両。その車両の下を覗き込み、そこに隠されていたものを取り出した。黒いスーツケースだ。スーツケースを立てると、中から金属がこすれ合う音が聞こえた。


 スーツケースを片手に、再びマンションの表、道路側に回ると、つい先刻までは停まっていなかったタクシーが停まっていた。助手席側の窓ガラスを軽くノックすると、それに気付いた若い男の運転手が軽く会釈えしゃくし、後部座席のドアが開いた。運転席から降りた運転手に声を掛ける。


「予約させていただいた田中です」


「田中様ですね。お荷物はトランクにせましょうか」


 スーツケースに手を伸ばそうとする運転手に声を掛け、静止する。


「――いえ、すみませんが潔癖症けっぺきしょうなもので」


「かしこまりました。ではどうぞ」


 運転手にうなされるままに後部座席に乗り込む。ドアが閉じられた。運転席に座る運転手が再び口を開く。


「お客様、インターネット上でご予約されていた通り、行き先はJR逗子駅ずしえきでお変わりないでしょうか」


「はい、お願いします」


「かしこまりました。出発いたします」


 運転手は怪訝けげんそうな表情を浮かべたまま、タクシーはゆっくりと動き出した。


「あの、お客様。失礼ですが、逗子駅ずしえきへはどうして……?」


 ――ハズレの運転手か。妙に察しが良い。


「ああいえ、バイトでして。撮影のロケハンなんですよ」


「へえ、何の撮影なんですか?」


「今度芸人の街ブラロケやるんですよ。学生なんですけど勉強させてもらってて」


 揺れる車両に合わせて、足下のスーツケースが揺れる。中で金属と金属がこすれる音が聞こえる。


「ああ、それでスーツケースから金属音が聞こえるわけですね」


「撮影機材ですね。大した量じゃないんですけど」


 スイスイと進む車両。運転席の若い男はほっとしたような表情を浮かべていた。


「大変ですね~。頑張ってください」


「あはは……ありがとうございます」


 ――何気ない会話を交わしながら、一時間ほど経っただろうか。


「あ、この辺りで大丈夫です」


「かしこまりました」


 タクシーメーターの料金表示が「27,000円」を超えたタイミングで、車両は逗子駅前のロータリーへと停車した。


「では料金は二万七千四百円になります」


「はい」


 ポケットに裸のまま入れていた三枚の紙幣を目の前の釣り銭受け皿――正式名称はカルトンと呼ぶが、それに置くと、運転手は二千六百円の紙幣と釣り銭をカルトンへ置いた。それを手に取ると、後部座席のドアがゆっくりと開かれる。


「お仕事頑張ってくださいね!」


「ありがとうございます。お互いに、ですね」


 笑顔を覗かせる運転手。去っていくタクシーを眺める。俺は右手に持った二千六百円を、駅前に置かれていた何の募金箱なのかもわからない、中が透けて見える水色の募金箱へと突っ込んだ。俺の白い髪が夜風に靡く。


 ――スーツケースを片手に逗子を歩くこと十五分。俺は逗子海岸ずしかいがん、その砂浜に立っていた。


 真冬の真夜中ということもあって当然他に人の姿はない。静かに波打つ音が不思議と心地良い。


 眼前に広がる海は相模湾さがみわん日本三大深湾にほんさんだいしんわんにも数えられる。海岸付近でもかなりの水深があり、沖まで行けば最深部は水深一〇〇〇メートルを優に超える。


 俺は再度周囲の目がないことを確認し、スーツケースを波打ち際まで転がした。ダイヤルを解除してスーツケースを開ける。中には重量のある金属製のチェーンと、その至るところに引っ掛けられたダンベル。そして一本のナイフが入っていた。月光の下、ナイフがあやしく光を反射する。


 ナイフを口に咥え、次にダンベルが至るところに引っ掛けられた重く長いチェーンを手に取る。俺はその金属製のチェーンを身体中に巻き付けた。簡単には取れないように。至るところに引っ掛けたダンベルも相俟あいまって、ずしりといった重みに、身体が押し潰されそうになる。


 口に咥えていたナイフを右手に持ち、躊躇ちゅうちょなくおのれの腹部へと刃を突き刺した。意識を失いそうになるほどの痛み。瞬く間に、赤い血がグレーのパジャマに大きな染みを作る。


 ――嗚呼ああ、痛い。でもこれで終わるんだな。


 ナイフを腹部から引き抜くと血が噴き出した。噴き出した赤い血液は、打ち寄せる波を赤く染めてゆく。次に、胸部へと横向きにナイフを突き刺した。――が、肋骨ろっこつはばまれたのか、奥まで刺さった感覚がない。


 再びナイフを引き抜くと、胸部から赤い血液が噴き出す。再び刃を胸部へと向ける。両手で突き刺したナイフは、心地良いほどにするりと刺さった。


 ――これで肺に穴が空いた。


 恐ろしいほどに冷静だった。不思議と死ぬことが怖くなかった。腹部、胸部、背中へと次々にナイフを突き刺し、更に親からもらった身体に穴を空けていく。俺の周囲――波打ち際の砂浜と打ち寄せる波は赤く染まっていた。それはもう、美しいくらいに。


 ――こんなものか。


 空っぽになったスーツケースを蹴り飛ばすと、海の向こうへと着水し、スーツケースはぷかぷかと浮かんだ。


 そして俺は夜空に浮かぶ満月をしばらく眺めた後、眼前に広がる相模湾――その海へとゆっくりと歩を進めた。


 相模湾は海岸付近でも深さがある。ある程度歩くと、ぐに足が着かなくなった。背後を振り返ると、俺の身体中の穴から流れ出た血が、線上に海面を走っている。その軌道が何処かはかなく見えた。


 身体中に空けた穴に染み込む冷たい海水が、地獄のような痛みを絶え間なく俺に与え続けた。


 ――痛い……けどあの頃に比べたらマシだな。それより、急がないと先に出血多量で死ぬか。


 潜水。冷たい海の中を、深く、深く潜ってゆく。赤い、赤い血の軌道を描きながら。徐々に、徐々に、視界が暗くなってゆく。最後の力を振り絞って、全力で潜ってゆく。全身にからみ付くように巻き付けたチェーンやダンベルの重みに助けながら、まるで沈むように。


 ――最期に海を泳げて良かった。「自由」って気持ちが良いものだな。もし生まれ変わるなら、魚がいな。


 そして、俺は脚をたたんだ。小さく丸くなるように。畳んだ脚を両手で抑え、四肢をたばねる。そのまま、冷たい真冬の海の中に、更に沈んでゆく。


 ――雪渚、辛かったよな。何度も死のうと思ったよな。もう楽になってい。楽になっていんだ。ゆっくり休んでくれ。


 意識を失う彼の目には、涙が流れていた。流れた涙は冷たい海水に溶け込んでいった。


 ――嗚呼、最期は笑って死にたかったな。


 夏瀬 雪渚、二十二歳。彼はこうしてその生涯に幕を閉じた。








 ――はずだった。

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