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第6話「光彩の願い、彩響者の願い」

 極彩色の情報が光流の脳内を駆け巡る。


「く——」


 それは虹であり、流星であり、光彩だった。

 光の奔流が押し流し、埋め尽くし、蹂躙していく。

 だが、その光の奔流にもみくちゃにされる中で光流は全てを理解した。


 光彩戦争クロマティック・イクリプスのルール、光彩ルクスコード彩響者コンダクター、そして——。


——こんなにも重いものを背負ってたのか——。


 全てを理解した、と言ってもこのバトルロイヤルを企画した存在やその意図といったものは分からない。ただ、「参加者として必要な情報」を全て理解しただけだ。

 しかし、理解してもそれは納得ではない。


「スノウホワイト、」


 光の奔流が通り過ぎ、思考がクリアになったところで光流はスノウホワイトに声をかけた。


「スノウホワイトには——願いがあるのか?」

「何を」


 たった一言ではあったが、その声には「当たり前だろう」という響きが含まれていた。


光彩戦争クロマティック・イクリプスの勝者に与えられる栄光は『心から願った祈りの成就』。それは彩響者コンダクターだけのものではない」

「じゃあ、何を願ったの」


 それは至極真っ当な疑問。

 自分を「兵器だ」と言ったスノウホワイトに願いがあるのなら、それは一体何なのか。

 躊躇いがちにスノウホワイトが口を開く。


「——わたしは、出会いたかった」

「何に」


 抽象的な言葉を具体化するために光流が先を促す。


「……わたしを理解してくれる人、共に歩んでくれる人」


 そのためにわたしは光彩ルクスコードになった、とスノウホワイトが続ける。


「え、てことはスノウホワイトって元は人間だったってこと?」

「いや、それは違う。キミたちの概念で説明するなら——そうだな、より高次元の存在と言った方が分かりやすいか」

「ほへぇ」


 思わず光流が変な声を上げる。

 それと同時にほんの少しだけほっとする。

 もし光彩ルクスコードが元々は人間だった、という場合先ほどの戦いで消えたウォーターグリーンは「救えなかった」ことになる。人間でないならいいという話でもないが、それでも間接的にでも人を殺したと考えるのは光流にはあまりにも重すぎた。


 それに、光流は今でも感じていた。自分の中に吸い込まれたウォーターグリーンの鼓動を。ウォーターグリーンは光流の中でまだ生きている。戦うための力として。


 与えられた知識も踏まえて光流は納得する。

 イクリプスとは光彩ルクスコードを打ち破る行為ではあるが、それで敗れた光彩ルクスコードは死ぬわけではない。自分を打ち破った彩響者コンダクターの中に蓄積し、その勝利のために貢献する。

 だからだろうか、光流は「負けられない」と考え始めていた。


 スノウホワイトの言葉を聞き、ウォーターグリーンの鼓動を感じ、その思いを無駄にしたくない、と思う。

 それだけではない。


「でもさ……。スノウホワイトの願いって、もう叶ってるんじゃないかな」

「え」


 光流の言葉にスノウホワイトが小さく声を上げる。


「確かに俺は頼りないし何の力もないかもしれないけど——少なくとも今のスノウホワイトには寄り添いたいと思ってる」

「ヒカル——」


 スノウホワイトの声は掠れていた。

 嘘だ、そんなことがあるわけがない、と否定の考えが真っ先に浮かぶ。


「同情は、やめろ」


 光流の甘さはウォーターグリーンとの戦闘で理解している。彩響者コンダクターを殺さなければ自分が殺されるという戦いを経験しても「誰も殺さない」と言う光流の考えは甘い以外に言葉がない。


だからこそ、光流が「寄り添いたい」と言ったのはただの同情だ、とスノウホワイトは否定してしまった。

 寄り添って欲しいのに、寄り添って欲しくないという矛盾。

 彩響者コンダクターに寄り添うべくプログラムされた光彩ルクスコードの思考が理論対立コンフリクトを起こし、どうしていいか分からなくなる。


 硬直したスノウホワイトの左手を、光流はそっと握りしめた。


「スノウホワイトの言う通り、同情かもしれない。だけどさ、ほっとけないなって今の話を聞いて思った。ぶっちゃけ、最初はめんどくせーって思ったけど、光彩戦争クロマティック・イクリプスに巻き込まれて、逃げられないって分かって、その上でスノウホワイトの話を聞いたらなんかほっとけなくなってさ」

「キミはどこまでお人好しなんだ」


 呆れたようなスノウホワイトの声。

 だが、同時に頼もしさすら覚える。

 こんな自分でも放って置けないのか、という光流の温かさが心に沁みる。

 感情など捨てたはずなのに、光彩戦争クロマティック・イクリプスが終わるまでは兵器に徹すると決めたはずなのに、その考えが内側から溶かされていく。

 光流は願いを叶えてくれる、そう、スノウホワイトは確信した。


 今はまだ同情から始まった感情かもしれない。だが、それもいつか本物の絆になるのでは、そんな考えが湧き起こり、そのためにも負けられない、と考える。


「ヒカル」


 スノウホワイトが真っ直ぐな目で光流を見る。


「勝ち残ろう、光彩戦争クロマティック・イクリプスを」

「もちろん! あ、でもやっぱり彩響者コンダクターは殺さない。それは分かってほしい」

「本当にキミは甘いな」


 苦笑混じりにスノウホワイトが頷く。


「だが、それがキミの強さなのかもしれない。それならキミに任せる。わたしはキミの剣となり盾となるだけだ、彩響者コンダクター

「じゃあ、改めてよろしく」


 スノウホワイトの左手を握っていた光流の手が一旦離れ、改めて差し出される。

 その手をしっかりと握り返し、スノウホワイトも力強く頷いた。



◆◇◆  ◆◇◆



「やっぱ、母ちゃん怖ぇ」


 たっぷり一時間に及ぶ説教から解放された光流が自室のベッドに大の字になる。

 別に門限がなかったとはいえ何の連絡も入れずに夕食を食べてきました、となれば夕食を作って待っていた母親としては文句の一つや二つは言いたくなるものなのだろう。無断外食から始まり予習復習はちゃんとしているのか、や今日ご飯を食べた友達って変な子じゃないでしょうねといった脱線も多数含めた説教に、「校長の話が長いみたいなものか……」と諦めに似た状態で聞き流していた光流は家の前での出来事を思い出した。


 スノウホワイトとはもう離れられない。しかし家族にどう紹介すればいいかも分からない。女の子を連れてきました、暫く家で面倒を見てくださいとは言えないし言えたとしてもまず家族が反対する。

 ——そう、思っていたのに。


 「心配するな」、そう言ってスノウホワイトが光流の前から姿を消したのだ。

 スノウホワイトはあの戦闘空間で剣になった時のように光流の脳内に直接「人目について困る時はこうやって姿を消すこともできる」と説明してきたので事無きを得たが、それはそれで少々寂しい思いをしたのが光流である。


 どこかで「女の子と知り合えた」と自慢したかったのだろうか、と思いつつ光流は両手を天井に向けた。

 その両手首に付いている光の枷を見てため息をつく。

 光彩ルクスコードが姿を消している間は左手首に契約の鎖が繋がれるということか。


「まるで手錠だな」


 光彩戦争クロマティック・イクリプスという檻に捕えられた囚人。

 改めて、とんでもないものに巻き込まれたんだと実感する。


——「心から願った祈りの成就」ね……。


 それは、あらゆる願いでも叶えるという奇跡。

 創作物では定番の報酬。

 登場人物はそれぞれの願いを胸に戦い、傷つき、殺し合っていく。


「俺の、願い、か——」


 もし、光彩戦争クロマティック・イクリプスを勝ち抜いたとして、自分は何を願うんだろうかと考え、光流は首を振った。

 いきなり「何を願うか」と言われてもそんな願いすぐに出てこない。


 世界平和? 無限の富? 永遠の命?


 考えてみて、光流は違うと呟く。

 そんな陳腐なもの、求めていない。それに、そんなものはもう誰かが願っている。

 それなら自分は何を願うか。


——わたしを理解してくれる人、共に歩んでくれる人——。


 スノウホワイトの願いを思い出す。

 その言葉を口にしたスノウホワイトの切実さを思い出す。

 高次元の存在として成り立っていたスノウホワイトは孤独だったのだろうか、と考え、分からない、と声に出す。

 高次元の存在と言われてもどのような思考をしているのかもどのように生きているのかも全く分からないのに理解できるはずがない。


 それでも、理解したい、と光流は漠然とだが思った。

 スノウホワイトの願いを叶えたいと思った。

 自分の願いが分からない今それを叶えようとするよりもスノウホワイトの願いを叶えるべく動いた方がいい。


「……ま、それでもいいか」


 自分の願いはそのうち見つける。それまでは自分がスノウホワイトの支えになろう、と考え、光流はもう寝ようと一旦立ち上がり、部屋の照明を落とす。

 再びベッドに寝転がり、ブランケットを体にかけたところで光流の背にふわりと圧力がかかる。


「——っ、」


 スノウホワイト、と呼ぼうとするが声が出ない。


「……一緒に寝てもいいか」


 光流の背にそんな声が投げかけられる。


「え——あの、その……?」

「ヒカルは温かい。今は、光流に触れていたい」

「……いいよ」


 やっとのことで光流が声を絞り出す。

 早鐘を打つ心臓がうるさく、眠るどころではない。

 理性が、とか言っている場合ではない。

 流石に手を出す度胸も覚悟もなかったが、同年代との女子と同じ布団で寝るということに罪悪感と邪な考えがせめぎ合い思考が二転三転する。


——ここは俺が床で寝た方が——。


 そう思いつつも、スノウホワイトは「一緒に寝たい」と言っていたのにそれでは裏切りだと考えてしまう。

 そんなことを考えているうちに光流の背後から規則的な寝息が響き始め、光流はそのまま悶々とした気持ちのまま一晩を過ごすことになった。

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