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第5話「契約の儀」

「とりあえず、光彩戦争クロマティック・イクリプスって何なの」


 この話にもう前置きはいらない。

 単刀直入に、光流が尋ねる。

 その瞬間、スノウホワイトは真剣な面持ちになり、光流を真正面に捉えた。


光彩戦争クロマティック・イクリプス光彩ルクスコード彩響者コンダクターがタッグを組んで勝ち残る戦いだ」


 淡々と、まずは必要最低限の説明だけをして光流の反応を窺う。


「なるほど。で、スノウホワイトは光彩ルクスコード、俺は彩響者コンダクターに選ばれたってことか」


 スノウホワイトが端的に要点をまとめてくれたおかげで光流もすぐに理解できた。

 他に知るべきことは多いが、とりあえず光彩戦争クロマティック・イクリプス光彩ルクスコード彩響者コンダクターの三つの言葉についてざっくりと理解する。


「話が早くて助かる。ヒカルの言う通り、わたしとキミは光彩戦争クロマティック・イクリプスにエントリーしたタッグということになる」


 エントリーした、とは語弊があるなと光流は漠然と考えた。

 本来のエントリーとは「参加申し込み」という意味だったはずだ。そこにごくまれにイレギュラーはあれども基本的には参加者が自ら参加したいと名乗りを上げるはず。


 そう考えると光流とスノウホワイトのエントリーは自主性によるものではなく、完全に第三者による登録。誰が登録したのかということはこの際置いておいても光流は光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加するという意志を見せていなかった——少なくとも、あの洞窟での戦いまでは。


「エントリーしたっても俺は完全に巻き込まれたんだけど」

「それは申し訳ない。わたしも適切な彩響者コンダクターを見つけるつもりだった」


 そう言い、左手首を見るスノウホワイト。

 つられて光流も自分の右手首を見る。

 二人の手首に付けられた枷。今は見えていないが、逃げだそうとすれば光の鎖が出現して二人を繋ぎとめる。その意志がない限りは枷はただのバングルのようにも見える。


「……これ、参加キャンセルできないよね」


 念のためにと光流が確認する。


「出来たら苦労しない——と言いたいところだが、先ほどの戦いでキミは光彩ルクスコード彩響者コンダクターの契約を断ち切った」


 二人が先ほどの戦いを思い出す。

 偶然ではあったが光流は相手の手首にあった枷を打ち砕き、スノウホワイトの言葉を借りれば「契約を断ち切った」。

 そう考えるとこの手首の枷を打ち砕けばスノウホワイトとの契約が解除される——光彩戦争クロマティック・イクリプスから離脱することができるのではないか、と光流は気が付き、次の瞬間ダメだ、とその思考を否定した。

 なぜかは分からないが、スノウホワイトとの契約を解除してはいけない気がする。出会った直後のスノウホワイトの言葉が脳裏に蘇り、彼女を一人にしてはいけない、と考えてしまう。


——色彩舞う、願いの戦争——。


 その言葉に、一つの仮説が浮かび上がる。


「なあ、スノウホワイト」


 光流がスノウホワイトの名を呼ぶ。


「いくつか確認だけど、もしかして光彩ルクスコードって色名が名前になってるの?」


 その質問に、スノウホワイトは驚いたように目を見開いた。


「なぜ分かった。ヒカルの言う通り、ルクスコードわたしたちには色の名前が設定されている」

「だから色彩舞う戦争、か……」


 夜空を覆いつくした虹色の流星群。その一つ一つに色の名を冠した光彩ルクスコードがいた、ということか。

 それが事実なら光彩戦争クロマティック・イクリプスにはかなりの数の彩響者コンダクターが参加したと考えた方が妥当だろう。


 スノウホワイトは「勝ち残る戦い」とも言っていた。そう考えるとルールとしてはバトルロイヤルか。

 先ほどの戦いも含めてルールは大まかに把握した。そうなると次は具体的に彩響者コンダクターが何なのか、ということと——。


「なあ、光彩ルクスコードって……人間じゃないのか?」


 他に聞きたいことはたくさんあったはずなのに、光流はそう尋ねていた。

 スノウホワイトが一瞬「えっ」といった顔をしたが、すぐに表情を無に戻して頷く。


光彩ルクスコード彩響者コンダクターに与えられた剣であり盾。いわゆる兵器。彩響者コンダクターの戦意を向上させるために人間の姿をしているだけだ」

「——」


 光流が絶句する。

 薄々はそうではないかと思っていたことだったが、それでもこう正面切って肯定されると何も言えなくなる。

 それでも納得できてしまう。「光彩ルクスコードに食事は必要ない」とスノウホワイトが言った意味が痛いほど分かってしまう。


「それで……いいのかよ」

「何が」


 光流の問いに、スノウホワイトが首をかしげる。

 光流の問いの意図が分からない。


「兵器は兵器として機能するだけだ。そこに疑問を挟む余地などない」

「いや、違うって!」


 がたん、と立ち上がり、光流がスノウホワイトに顔を近づける。


「なんでそう納得してるんだよ! スノウホワイトには人間としての人格があるじゃないか! それなのに、自分は兵器だって——」

光彩ルクスコード彩響者コンダクターに寄り添うようプログラムされている。人格がある? ふざけるな、これも全てプログラムされたものだ」


 淡々としたスノウホワイトの言葉。淡々としているだけでなく、とても冷たく光流の心に突き刺さる。

 しかし、矛盾もある。

 光彩ルクスコード彩響者コンダクターに寄り添うようプログラムされているのならスノウホワイトはこの情報を開示すべきではない。開示した時点で寄り添うことを放棄している。

 それならなぜ、と考え、光流は一つの仮説を組み立てる。


——イレギュラーな契約——。


 本来なら「契約の儀」というものを交わして正式にコンビを組むというのはもう分かっている。だが、光流はスノウホワイトと契約を交わしていない。それなのに契約は成立してしまっている。

 さらに契約すれば光彩戦争クロマティック・イクリプスに関する全ての情報が与えられるはずとスノウホワイトは言っていた。それなら——。


「スノウホワイト」


 務めて冷静に、光流はスノウホワイトを呼んだ。

 言いたいことはたくさんある。訊かなければいけないこともたくさんある。

 だが、全てを聞くには時間があまりにも足りない。


「契約しよう」

「え——」


 スノウホワイトの目が揺らぐ。


「何を、キミは契約したくないのでは」

「いいから、契約しよう」


 右手を差し出し、光流が言葉を続ける。


「どうせもう光彩戦争クロマティック・イクリプスにエントリーしてるんだろ? だったら契約が完全でないのはあまりにも不利すぎる。だから、契約しよう」

「しかし——」


 スノウホワイトは戸惑いが隠せない。

 あれだけ契約を嫌がり、彩響者コンダクターを殺すことを嫌がった光流の変化についていけない。

 一体、何が光流に契約の言葉を出させたのか。

 いや、スノウホワイトとしては正式に契約できるのなら何の問題もない。


 むしろ正式に契約して光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加した方が生存率が高まる。

 一瞬でそう判断し、スノウホワイトは分かった、と頷いた。


「それなら、改めて契約するぞ」


 そう言い、スノウホワイトが左手首を光流の右手首に重ねる。

 二人の枷がふれあい、次の瞬間——。

 光流の脳内に膨大な情報が流れ込んできた。

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