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第4話「初めての体験」

「まず、光彩戦争クロマティック・イクリプスとは——」

「ストップ!」


 説明を始めようとしたスノウホワイトを光流が全力で止める。

 スノウホワイトが怪訝そうな顔で光流を見た。


「説明してほしいのだろう、なぜ止める」

「場所が悪い! それにもう夜! 帰らないとやばい!」


 ウォーターグリーンとの戦いで失念していたが、時間としては夕飯時であり母親も待っているはずである。連絡なしで帰宅が遅れれば心配されるかご飯の時間までに帰って来なさいというお小言が飛んでくる。


 しかし、よく考えればスノウホワイトとは鎖で繋がれた状態、彼女を連れて家に帰れば何を言われるか分からない。

 どうしよう、と光流が鎖で繋がれた右手首を見る——が。


「え」


 右手首には白く光る枷は残っているものの、そこに鎖は繋がっていなかった。スノウホワイトの左手首を見ると、これまた白い枷はあるものの鎖はない。

 つまり、契約自体は継続しているが違う場所に行っても差し支えない——?


 そう考えた光流の判断は早かった。


「とりあえず説明は明日聞くことにする! 俺、早く帰らないと晩飯に間に合わないから!」

「あ、ちょっと!」

「スノウホワイトも早く帰れよ!」


 じゃ! と片手を挙げ、光流が走り出す。

 光流本人も驚きの瞬発力でその場を離れようとし——。


「ぶべっ!?」


 強く手を引かれ、盛大にひっくり返った。

 視界がぐるりと回転し、星空が視界に飛び込んでくる。


「わたしから離れられると思ったのか」


 呆れたようなスノウホワイトの声が響き、冷たい視線が光流を覗き込んだ。


「え、なんで——」


 何が起こったのかを理解できず、光流が地面に倒れたままスノウホワイトを見上げる。

 スノウホワイトは無言で自分の左手首を見せてきた。


「あ——」


 光流の声がかすれる。

 じゃら、とスノウホワイトの手首から伸びる光の鎖。光流が視線を移すと、自分の右手首には確かに鎖が繋がっていた。


「『離れよう』としなければ鎖は可視化されない、ということだ。諦めろ」


 どこまでも冷たいスノウホワイトの声が光流に突き刺さる。


「マジか……」


 スノウホワイトとは離れられない、その事実を受け入れるしかない。

 同時に、改めて実感する。

 光彩ルクスコード彩響者コンダクターとして、切るに切れない関係になってしまったのだ、と。

 ため息を一つつき、光流は立ち上がり、スノウホワイトを見た。


「スノウホワイトはこれでいいのか?」

「いいも何も、契約が成されたのならわたしはキミの剣となり盾となるだけだ」

「そこにスノウホワイトの意思はないの?」


 その言葉に、スノウホワイトの目が一瞬揺らいだ。

 そこに自分の意思はないのか——その問いに対する答えは一つだ。


「わたしは光彩戦争クロマティック・イクリプスの駒に過ぎない。契約には従うだけだ」


 あの洞窟での戦いでは熱さや戸惑いといった感情を見せていたスノウホワイトだったが、今は氷のような冷たさで光流に接している。

 そう、思ったが、光流の目の前でスノウホワイトはふっと表情を緩めた。


「ヒカル、」


 洞窟内での「彩響者コンダクター」呼びではない。

 光流の名前を、スノウホワイトは口にする。


「な、何」

「キミは良き彩響者コンダクターになれる。考えが甘いところはあるが、トラップ配置の緻密さ、緊急時に利用するという判断力、そしてルールの隙を見つけ出す目ざとさ、全て光彩戦争クロマティック・イクリプスを勝ち抜くための力となる」


 スノウホワイトの言葉に戸惑うものの、光流はすぐに気が付いた。


——スノウホワイトは俺を少しは認めてくれている。イレギュラーな契約だったけど、相棒として共に戦おうと言ってくれている。


 そう思うと、スノウホワイトを置いて帰ろうとした自分が恥ずかしくなった。

 これはきちんと話を聞いた方がいい。どうせ帰宅するにはもう遅い、母親には謝ることにしてまずはちゃんとスノウホワイトに向き合おう。


「分かった、逃げたりしないよ。というわけで——」


 光流がそう言ったところで二人を繋ぐ光の鎖が消失する。

 それを確認し、光流は言葉を続けた。


「とりあえずご飯食べながら話を聞こうか。すぐ近くにおいしいオムライスの店があるからそこでいい?」


 光流の提案に、スノウホワイトは驚いたように目を見開いた。



 光流が言った「おいしいオムライスの店」はアクアウォーク大垣のフードコートにあった。


「スノウホワイトは何食べる?」


 とりあえず奢るよ、と光流が券売機を前にしてそう言うと、スノウホワイトはゆっくりと首を横に振る。


光彩ルクスコードに食事は必要ない」

「まあそう言わずに。ここのオムライス美味いんだよ。あ、それともオムライス嫌い? だったら隣の名古屋飯も捨てがたいぞ」


 そう言った自分の声が弾んでいるのは光流も自覚していることだった。

 いくら相手がよく分からない存在で、鎖で繋がれていると言ってもなのである。

 歳が近い異性と食事をするのはそれだけでテンションが上がってしまうのは健全な男子高校生の悲しき性とでもいうのか。


 初対面の女子を食事に誘うのならもう少しまともなレストラン——せめてアクアウォーク大垣のレストラン街にある小洒落た店をチョイスすべきかもしれないが光流は悲しいかな、アルバイトもしていない貧乏高校生。両親から小遣いはもらっているものの、腹を満たすなら比較的安価に注文できるフードコートのものがいい。実際、光流がよく利用しているこの店のオムライスは無料でご飯が大盛りになるオプションがある。


 光流の押しにスノウホワイトが諦めたように「……デミオムライス」と呟くと、光流は券売機に小銭を投入してボタンを押す。出てきた食券をカウンター奥の店員に渡す際に「大盛りで!」とオーダーすると、スノウホワイトは恨めし気に光流を睨みつけた。


「だから光彩ルクスコードに食事は必要ないと」

「いいからいいから」


 洞窟での戦いの前まではどちらかというとスノウホワイトに主導権があった。しかし、その立場はいつの間にか逆転し、光流がぐいぐいとスノウホワイトを牽引している。

 呼び出しベルを受け取って近くのテーブルに陣取り、光流が近くのウォーターサーバーから水を汲んでくる。

 それをスノウホワイトは諦めの目で眺めていた。


「へえ、逃げる意思がなければ鎖は出てこないんだ」


 両手に水の入ったコップを持った光流がなるほど、と呟く。


「だが、光彩ルクスコード彩響者コンダクターの目が届かないところに行くことはできない。鎖は出ずとも、離れられる距離には限りがある」

「なるほど。光彩ルクスコード彩響者コンダクターってよく言うバディみたいなものか」

「その認識で構わない。厳密には戦うのは彩響者コンダクターで、光彩ルクスコードはその武装となるべき存在。契約によって成り立つため、引き離すことはできない」


——契約があるから逃げることはできない、その確認のための鎖か。


 自分の中で繰り返して確認し、光流は水を一口飲む。

 そのタイミングで呼び出しベルが鳴り、光流はカウンターまでオムライスを取りに行った。

 流石に二つのトレイを同時に持つのは危険なので二往復してオムライスを運び、うきうきとした様子で手を合わせる。


「いっただっきまーす」

「……いただきます」


 明るい笑顔の光流とは対照的に、無表情で「いただきます」と呟くスノウホワイト。

 一応は食事の挨拶という基本的な動作を行ったことで「一般常識はあるのか……」などと思いつつ、光流はオムライスを口に運んだ。


「んー! やっぱここのオムライスうめえ!」


 テンション高くオムライスを食べる光流の向かいで、スノウホワイトが無言でスプーンを動かしている。


「どう? うまいだろ?」

「……これが、おいしい……」


 まるで初めて食事をするようなスノウホワイトの反応。

 「光彩ルクスコードに食事は必要ない」と言ったスノウホワイトの言葉を思い出し、光流は「もしかして」と口を開いた。


「もしかして、オムライス初めてか?」

「いや、オムライスというか……食事というものを、初めてした」


 そう言いながらもスノウホワイトの食事の手は止まらない。


「……何だろう、手が止まらない。もっと食べたいと思う。これは光彩ルクスコードとしてのバグだ。光彩ルクスコードに食事など——」

「人間も光彩ルクスコードも同じだよ。うまいものを食えば元気が出る! それだけだ!」


 大盛りのオムライスを完食し、光流は満足そうに紙コップの水を飲みほした。

 スノウホワイトもオムライスを完食し、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。


「初めて食事したって割にはいただきますもごちそうさまもできるんだな」

「それくらいの知識は与えられている」

「与えられている、って、誰に」


 思わず光流が訊き返す。

 その問いに、スノウホワイトは、


「それも踏まえて説明しよう。まず、どこから話せばいい?」


 そう、静かに口を開いた。

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