翌日の昼過ぎ、優斗くんと茜ちゃんはマジカルエクスプレス便の事務所に揃って現れた。今日は休日だ。一晩経ったが、二人ともまだ前日の出来事で興奮している様子だった。私は彼らを迎える笑顔の裏で、少し緊張していた。今日は重要な話をする日だから。
「こんにちは!」
優斗くんが元気よく挨拶した。彼の目は前日と変わらず、好奇心で輝いている。
「いらっしゃい。今日は珍しく配達の予定はないんだけど、代わりに少し重要な話があるの」
二人を迎えたわたしが事務所の三人掛けソファを勧めると、二人は並んで勧められた場所に座った。その向かいにわたしも着席する。わたしの横の一人掛けソファに、拓人さんもいつになく真剣な表情で座った。事務所の空気は少し重く感じる。窓から差し込む午後の陽光が、浮遊するホコリを照らし出している。
わたしは静かに話し始めた。
「昨日の影魔法使いの件で、改めて考えたことがあってね。魔法の世界は素晴らしいものが多いけど、逆に危険もたくさんあるの」
「それは分かっています。でも、その危険を乗り越えてこそ価値が引き出されるんじゃないですか?」
優斗くんが覚悟を決めた瞳で答えた。彼の真っ直ぐな視線が、魔法への揺るぎない情熱を物語っている。その様子を見た拓人さんが優斗くんの目を見て口を開いた。
「気持ちは分かるが。危険性を甘く見ないでほしい」
優斗くんは拓人さんをじっと見返す。彼は「はい」とも「いいえ」とも言わず拓人さんに質問を返した。
「拓人さんは魔法が嫌いなんですか?」
彼の観察力は鋭い。初めて会った日から、拓人さんの態度に疑問を持っていたのだろう。
「嫌いというより……」
拓人さんは一度深呼吸した。
「俺には理由があるんだ」
そう言って、拓人さんは昨夜私と店長に話したことを、優斗くんと茜ちゃんにも打ち明けた。妹の美咲さんが魔法によって消えてしまったことや、今も彼女を探し続けていることを。彼の声は落ち着いていたが、その奥には深い痛みと悲しみが滲んでいた。
話を聞き終えた優斗くんと茜ちゃんは、しばらく言葉を失っていた。拓人さんの過去の重さに、二人とも圧倒されたようだった。先に立ち直った茜ちゃんが静かに何とか言葉を絞り出す。
「そんなことが……。本当に魔法で人が消えてしまうなんて……」
彼女の科学的な思考が、この現実を受け入れるのに苦労しているようだった。
「だからこそ、魔法を扱う時は注意が必要なんだ。特に未熟な魔力や魔法は、制御を失うと危険だ」
そう言った拓人さんを優斗くんはまっすぐ見つめた。
「でも、拓人さんは魔法を嫌いながらも、魔法の仕事を続けているんですね。妹さんを取り戻すために」
「ああ。皮肉なことに、美咲を取り戻すには魔法の力が必要なんだ」
「すごく……勇気が要ることだと思います」
優斗くんの声には尊敬の念が込められていた。彼の純粋な感情に、私も心を打たれた。
「私も協力したいです」
茜ちゃんが突然宣言すると、全員の視線が彼女に集まった。彼女が優斗くんを止めず、協力を申し出るとは、わたしには少し意外だった。冷静な彼女なら、魔法の危険性を過小評価したり、自ら大きな危険を伴う魔法界に関わることを避けるだろうと思っていたからだ。
「私、分野は決めてないけど、将来は科学者になりたいと思ってるんです。でも、昨日見た魔法は科学では説明できない」
「茜……」
優斗くんが驚いた様子で友人を見ている。その茜ちゃんの目は輝いていた。
「もし科学と魔法の境界について研究できたら……。拓人さんの妹さんを取り戻す手掛かりになるかもしれない」
わたしは嬉しさのあまり自分の顔が微笑みの形になっていくのを止められなかった。
「それは素晴らしい考え!実は魔法界でも、科学との融合研究は進んでるんだよ」
「本当ですか?」
茜ちゃんの目がさらに輝きを増した。
「そうじゃ。科学と魔法は対立するものではなく、補完し合うものじゃ。どちらも世界を理解するための方法に過ぎん」
店長が棚の上からわたしの意見を肯定する。
「僕も手伝います!魔法を学んで、拓人さんや千秋さんの役に立ちたい」
拓人さんは熱心に宣言する優斗くんを見て一瞬嬉しそうな表情を浮かべるも、その表情はすぐに複雑な表情に変わった。
「二人の気持ちはとても嬉しい。だが正直、君たちを危険に巻き込みたくない。しかし……。若い視点が新しい可能性を開くかもしれんな」
少し考えてから続けた彼を見て、私は心が温かくなるのを感じた。最初は単なる偶然の出会いだった私たちが、こうして固い絆で結ばれていくのは素晴らしいことだと思う。魔法と科学、そして人間の心の絆。それらが合わさることで、新しい道が開けるかもしれない。
「それじゃあ、正式にマジカルエクスプレス便の一員として迎え入れましょう。店長、いいよね?」
「やれやれ。良いも何も、わしに聞くまでもなくもう決めてしまった顔をしとるぞ。せっかくわしらの仲間に加わってもらうんじゃ。いつもの適当な感じじゃなく、ちゃんとイチから教えてやれよ」
店長から許可をもらったわたしは、ややおどけた感じで敬礼しつつ、「了解!」と答えて立ち上がった。この瞬間が、わたし達の新しい冒険の始まりだと感じて、気分が高揚していくのを止められなかった。
「ということで、放課後や週末とか、できる時だけでもいいから手伝ってくれる?」
「もちろん!」
「私も」
優斗くんが即答し、茜ちゃんも頷いた。
二人の意思を確認したわたしは、カウンターの鍵がかかる引出しから二枚の小さなカードを取り出した。両面が銀色で金属っぽい輝きをしており、見る角度を少し変えると虹色に光を反射する不思議なカードだ。これはわたしが昨夜から準備していたもので、わたしも拓人さんも持っている。
「これは魔法評議会から取り寄せた魔法界の協力者用IDカードだよ。魔法の痕跡を感知する機能とか、いろいろと便利な機能が付与されているの。持ち主を認識させるために、まず両手の親指で片面を、残りの指をすべて反対面に触れさせて。あ、カードの上の部分は持たないようにね」
優斗くんと茜ちゃんはそれぞれカードを受け取った。カードには「マジカルエクスプレス便・アルバイトスタッフ」と記入されている。
「そして、『アニャーシュ・ミーヒ』って唱えながら額にカードの上部を接触させるの」
彼らがわたしの言うとおりに唱えて額からカードを離すと、そこには彼らの名前と写真が印刷されていた。施されていた認識の魔法によりカードが持ち主を認識し、自動的に名前と写真を生成したのだ。もし魔力を持っていれば、魔力も自動で登録される。だから私のカードには魔力も登録されており、一般人と魔法使いの識別もできるようになっている。
「この写真、いつ撮ったんですか?」
茜ちゃんが不思議そうに尋ねた。
「これも魔法だよ。カードが持ち主を認識した時に、自動的に画像が生成されるの」
わたしはウインクして答えた。
「すごい!」
優斗くんが感嘆の声を上げた。彼の純粋な驚きは、魔法の世界を新鮮な目で見せてくれる。それがわたしにとっても、魔法の美しさを再発見する機会になっている。
「これからは魔法界と人間界の懸け橋として、一緒に働こうね」
わたしは笑顔で言った。この言葉には私の魔法使いとしての願いが込められている。両方の世界が理解し合い、平和に共存できる未来を作りたい。そのために、こうして若い力を迎え入れることは大きな一歩だと思う。
「二人とも、よろしく」
拓人さんも少し緊張した様子で続いた。彼にとって、新しい仲間を迎え入れることは、美咲さんを取り戻す希望を広げることでもあるのだろう。
「わしからも頼むぞ」
店長が嬉しそうに尻尾を立てている。
まさにその時、事務所の玄関ベルが鳴った。
「はーい!」
わたしが応対するために玄関へ急いで向かうと、小さな妖精のような存在が飛び込んできた。光り輝く翼を持ち、手紙を持っている。妖精は高い声で告げた。
「緊急配達の依頼です!魔法使いの学校から、教材を届けてほしいとのことです!今からお願いできますか?」
「任せて!お使い、ご苦労さま」
わたしは笑顔を返しつつ手紙を受け取った。緊急配達の依頼が続くのは珍しい。何か大きな動きがあるのだろうか。
「さあみんな、準備して!今日の最初の配達だよ」
優斗くんと茜ちゃんは興奮した表情で立ち上がった。拓人さんも腰を上げ、鍵を手に取った。わたしは彼らの顔を見回し、心から微笑んで元気よく言った。
「じゃあ、行こうか!」
四人は活気づいた様子で事務所を出た。新たな冒険の始まりだった。春の日差しが私たちを包み込み、まるで私たちの新しい旅を祝福しているようだった。私の心は希望と期待で満ちていた。美咲さんを取り戻すため、そして魔法界と人間界の懸け橋となるため、この新しいチームで一緒に歩んでいく。これから先の道のりは決して平坦ではないだろう。でも、共に歩む仲間がいる限り、きっと乗り越えられると信じている。そう心に刻んで、わたしは緊急配達の準備をする。他のみんなも準備に取り掛かっている。四人で歩む道に思いを馳せ、わたしは元気に出発した。