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第31話

朝日が磐梯山の頂を照らし始める頃、山頂での決戦から三時間が経っていた。七人の守護者たちが山を下りてくると、麓では想像を超える混乱が広がっていた。


「なんてこった…」村瀬はため息をついた。


麓の町では、救急車のサイレンが鳴り響き、消防車が各所に配置されていた。人々は不安げな表情で空を見上げ、中には荷物をまとめて避難しようとする家族の姿もあった。


「山頂からの異常な光と炎で、パニックになったんだな」加納が冷静に状況を分析した。


「私たちが知らないうちに、こんなことに…」白石の目に悲しみの色が浮かんだ。


村瀬は前に出て、リーダーシップを発揮した。「まずは消防団本部に戻るぞ。そこから状況を把握し、適切な対応を取る」


彼らが消防団本部に到着すると、そこは既に大混乱だった。団員たちは慌ただしく行き来し、電話は鳴りやまない。高倉団長の姿も見えた。


「村瀬!青山!」高倉団長は彼らに気づくと、驚いた表情で駆け寄ってきた。「無事だったのか!どこにいた?連絡も取れないし、心配していたんだぞ!」


「すみません、団長」村瀬は頭を下げた。「説明すると長くなりますが…とりあえず、山の異常現象は収まりました」


「そうか…」団長は安堵の表情を見せた後、彼らの傷だらけの姿に気づいた。「だが、お前たち、ひどい怪我をしているじゃないか!」


確かに、七人の姿は惨憺たるものだった。佐久間は半ば意識朦朧とし、加納に支えられていた。中村の腕は相変わらず吊られ、橘は足を引きずっていた。白石の顔には擦り傷がいくつもあり、村瀬も疲労困憊の様子だった。青山に至っては、精神的疲労から青白い顔をしていた。


「まずは医務室で手当てを」団長は命じた。「それから詳しい話を聞こう」


***


医務室では、白石が自ら仲間たちの手当てを手伝っていた。


「白石、お前も休め」村瀬が優しく諭した。「お前だって傷ついている」


「大丈夫です」白石は微笑んだ。「私の傷は表面的なものですから」


村瀬は彼の肩に手を置いた。「心の傷もだ」


その言葉に、白石の動きが止まった。彼の目に涙が浮かび、肩が小刻みに震え始めた。


「私…怖かったんです」彼の声は震えていた。「またあの時みたいに、誰かを失うかもしれないと思って…特に佐久間さんが私を庇った時…」


「泣いていいんだ」村瀬は静かに言った。「泣いた後、また前を向けばいい」


白石はついに感情の堰を切ったように、村瀬の胸にすがりついて泣き始めた。これまでの恐怖、緊張、そして自責の念が、涙と共に流れ出ていった。


この光景を見ていた中村も、珍しく沈んだ表情になった。


「なあ、村瀬さん」中村は静かに言った。「俺、役立たずだったよな。腕が使えなくて、みんなの足を引っ張って…」


「何を言っている」村瀬は厳しい声で言った。「お前の『風』の力がなければ、青山のプログラムは動かなかった。みんな等しく重要な役割を果たしたんだ」


「それに」青山も加わった。「中村くんが軽口を叩いてくれたおかげで、どれだけ心が救われたか」


「へへ、マジかよ」中村は照れくさそうに頭をかいた。「そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるな」


「バカ」加納が不機嫌そうに言った。「自分の価値を疑うな。七人全員が揃って初めて奇跡は起きたんだ」


加納のぶっきらぼうな言葉に、医務室に小さな笑いが生まれた。


そこへ高倉団長が入ってきた。「村瀬、状況説明を頼む。町全体が混乱している」


村瀬は立ち上がり、青山に目配せした。


「実は…」青山は切り出した。「これから話すことは信じがたいかもしれませんが…」


彼は磐梯山のダンジョン、火の巫女、七人の守護者、そして異次元のエネルギーシステムについて、できるだけ簡潔に説明した。高倉団長は最初こそ眉をひそめていたが、次第に真剣な表情で聞き入るようになった。


「…というわけで、磐梯山のエネルギーシステムは正常化され、今後あのような異常現象は起きないはずです」青山は言葉を締めくくった。


団長は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。「信じられない話だが、お前たちの姿を見れば嘘ではないことがわかる」


「団長も知っていたんですか?」青山は驚いて尋ねた。「火の巫女のことを」


団長は静かに頷いた。「私の祖父から聞いていた。だが、ただの言い伝えだと思っていた。まさか実在し、お前たちが『守護者』だったとは...」


「私たちもつい最近まで知りませんでした」村瀬が苦笑した。


団長は重々しく頷き、決断を下した。「よし、状況は理解した。だが、この話は外部には伏せておこう。町の混乱を収めるには、別の説明が必要だ」


「どうしますか?」村瀬が尋ねた。


「火山観測機器の誤作動による誤報、と説明する」団長は言った。「幸い、実際の被害は想像よりも少ない。山頂の光景を目撃した人々がパニックになっただけで、物的被害はほとんどない」


「賢明な判断ですね」青山は頷いた。


「お前たちは休め」団長は命じた。「特に重傷の佐久間は入院させる。残りは順番に休暇を取れ。私と残りの団員で町の秩序回復に努める」


***


その後、町は徐々に平静を取り戻していった。火山観測機器の誤作動という説明は、科学的な裏付けがなくとも、人々に受け入れられた。超常現象よりも、論理的な説明を信じたかったのだろう。


佐久間は地元の病院に入院し、全治一ヶ月の診断を受けた。白石は毎日のように見舞いに訪れ、他の五人も交代で顔を見せた。


入院三日目、佐久間の病室には七人全員が集まっていた。


「なんだこの大人数は」佐久間はぶっきらぼうに言ったが、その表情には嬉しさが隠れていた。


「闇の守護者が寂しがっているという噂を聞いたものでね」中村が茶化した。腕のギプスはまだ取れていなかったが、痛みは和らいでいるようだった。


「バカ言うな」佐久間は目をそらした。


「素直じゃないなぁ」橘がクスクス笑った。彼女の足首も包帯で固定されていたが、杖なしで歩けるようになっていた。


「それより」佐久間は話題を変えた。「町の状況は?」


「落ち着いてきたよ」村瀬が答えた。「一時的な混乱はあったが、不思議なことに、人々の記憶が薄れていっているようだ」


かがりさんの力かもしれん」加納が腕を組んで言った。「人々の記憶から、あの出来事を少しずつ消していってるんじゃないか」


「でも私たちは覚えています」白石が静かに言った。「あの経験は、私たちの心に深く刻まれた」


「そうでなくては」青山は頷いた。「私たちは『守護者』なんだから」


部屋に静かな空気が流れた。あの激闘から数日経ち、ようやく全員が自分たちの体験を消化し始めていた。


「なあ、みんな」中村が真面目な表情で切り出した。「あれからずっと考えてたんだ。俺、なんであんな冒険に巻き込まれたんだろうって」


「運命だよ」青山は微笑んだ。「私たちは『選ばれし者』だったんだから」


「いや、それはわかってる」中村は珍しく真剣に言った。「でも、なんでそれが俺たちだったのかって。もっと強い人とか、賢い人とか、いくらでもいたはずなのに」


「私たちには個性がある」白石がゆっくりと言った。「それぞれの欠点も、弱さも含めて、完璧なチームだったんじゃないかな」


「俺なんて、ただの軽口叩きだぜ?」中村は自嘲気味に笑った。


「そのおかげで、どれだけ救われたか」橘が真剣に言った。「あなたの冗談や明るさがなかったら、私たちは恐怖に押しつぶされていたと思う」


「そうだな」村瀬も頷いた。「中村の軽口、加納の頑固さ、橘の知恵、白石の優しさ、佐久間の沈黙、青山の冷静さ…すべてが必要だった」


「そして村瀬さんのリーダーシップ」青山が付け加えた。「私たちをまとめてくれたのは村瀬さんです」


村瀬は照れくさそうに首を振った。「いや、私は…」


「素直に受け入れろよ」加納が珍しく村瀬をからかった。「お前がいなければ、この変な集団は何もできなかった」


皆が笑い、病室に温かな空気が広がった。


「あの時の恐怖…」白石が静かに切り出した。「もう忘れられそうです」


「私も」橘が頷いた。「あんなに怖かったのに、今はもう…平気」


「心の傷は癒えていくものさ」村瀬が優しく言った。「特に、仲間と一緒なら」


「みんなの重荷が軽くなっていくのを感じる」青山は微笑んだ。「私自身も、『選ばれし者』という重圧から解放された気分です」


「お前はこれからも『選ばれし者』だ」佐久間が急に真面目な表情で言った。「蒼の血はお前の中に流れている。いつか…また必要とされる時が来るかもしれん」


「その時はまた」加納が言った。「私たちで力を合わせればいい」


「まあ、しばらくはゆっくり休もうぜ!」中村が部屋の緊張を破った。「特に佐久間は、このベッドでもう少し惰眠を貪るといい」


「誰が惰眠など…」佐久間が反論しかけたが、皆の笑顔を見て言葉を飲み込んだ。そして、珍しく柔らかな表情になった。「…少しだけ、休ませてもらう」


***


一週間後、青山は磐梯山のふもとにある小さな神社を訪れていた。そこにはかがりが待っていた。


「選ばれし者よ」かがりは優しく微笑んだ。「元気そうね」


「はい」青山は頷いた。「みんな、少しずつ日常に戻りつつあります」


「それは良かった」かがりの表情に安堵の色が浮かんだ。「あなたたちの犠牲と勇気に、感謝してもしきれないわ」


「私たちは自分の役目を果たしただけです」青山は謙遜した。「それより、かがりさんはこれからどうするんですか?」


かがりは磐梯山を見上げた。「私はここに残り、山のエネルギーを見守ります。かつての火の巫女たちがそうしてきたように」


「一人では寂しくないですか?」青山は心配そうに尋ねた。


かがりは微笑んだ。「私は一人じゃないわ。山があり、自然があり…そして、あなたたちがいる」


「私たちはもう『守護者』として活動することはないのでしょうか?」


「日常の中で、それぞれの方法で守り続けるのよ」かがりは答えた。「消防団として、IT技術者として、看護師として…みんなそれぞれの場所で、大切なものを守っている」


青山はハッとした。確かに、彼らは「守護者」になる前から、既にそれぞれの形で人々を守る仕事をしていた。それが自然と彼らを引き寄せ、「守護者」として選ばれる素地になったのかもしれない。


「私たちの力は…まだ残っていますか?」青山は思い切って尋ねた。


かがりは含み笑いをした。「試してみれば?」


青山は手のひらを前に向け、集中してみた。すると、かすかに青白い光が浮かび上がった。


「なるほど…」青山は驚いた。「これからも『心の守護者』なんですね」


「その力を良きことに使って」かがりが優しく言った。「さあ、仲間のところへ戻りなさい。彼らは、あなたを待っている」


青山は深々と頭を下げた。「ありがとうございました、かがりさん。またお会いできますか?」


「もちろん」かがりは微笑んだ。「私はいつでもここにいるわ」


青山は神社を後にし、町へと歩き始めた。彼の胸の中には、もう重荷はなかった。代わりに、新たな使命感と、仲間たちとの絆の温かさがあった。


村瀬の家で開かれる「勝利祝勝会」に向かう途中、彼は空を見上げた。磐梯山の頂は、穏やかな青空に映え、以前よりも美しく見えた。


「皆、待っていてくれよ」


青山は笑顔で歩みを速めた。彼らの冒険は終わったが、七人の守護者たちの絆は、これからも続いていくのだ。


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