磐梯山麓の小さな神社に、七人の守護者たちは集結していた。
佐久間は即席の寝台に横たわり、白石が手当てを施していた。骨折した腕を吊り包帯でくくられた中村は、痛みをこらえながらも口角を上げ、相変わらずの軽口を叩いている。橘は足首を包帯で固定され、椅子に腰掛けたまま、古文書を夢中で解読していた。村瀬と加納は、周囲の警戒を怠らず、交代で見張りに立っていた。
そして青山は、神社の奥の間で、
「時間がない」
青山は眉間にしわを寄せた。「どれくらい持ちますか?」
「明け方までが限度だろう」
青山は深呼吸をして考えを整理した。今までの冒険で得た知識、蒼から受け継いだ記憶、そして何より彼が得意とするシステム思考。全てを総動員して解決策を模索する必要があった。
「システム…」
青山はつぶやきながら、立ち上がった。
「何か思いついたのか?」
「
「そのエネルギーの流れ…」青山は考え込みながら言った。「データの流れに似ています」
「データ?」
「はい、コンピュータシステムでは、データは決められた経路を通って流れます」青山の目が輝き始めた。「入力から処理、そして出力へと、決まったプロトコルに従って…」
青山は急に立ち上がり、部屋を出た。「みんな、ちょっと集まってください!」
仲間たちは彼の呼びかけに驚きながらも、神社の中央に集まってきた。
「どうした、青山?」村瀬が尋ねた。「何か思いついたのか?」
「はい」青山は興奮気味に言った。「赫怒のエネルギーを制御する方法を」
「おお!」中村が明るい声を上げた。「さすが俺たちの頭脳!」
青山はすぐさま説明を始めた。「火の巫女のシステムは、基本的にエネルギーの流れを制御するネットワークです。山から大地へとエネルギーを安全に流す仕組み」
「それがどうかしたのか?」加納が眉をひそめた。
「このシステムは、私がIT業界で扱うネットワークシステムに酷似しています」青山は続けた。「エネルギーがデータだとすれば、私たち守護者はルーターやスイッチのような役割を果たしている」
「なるほど…」村瀬が理解を示し始めた。「そして赫怒は、そのシステムにウイルスのように侵入した存在というわけか」
「まさにその通りです!」青山は力強く頷いた。「赫怒は、正規のエネルギーフローを乗っ取り、自分の意のままに操ろうとしています」
「それで?」佐久間が寝台から静かに言った。「どうすれば制御できる?」
青山は得意の図解をするように、床に杖で図を描き始めた。「ネットワークに侵入した悪意あるプログラムを無効化するには、まずファイアウォールで封じ込め、次にバックアップシステムを起動し、最後に正規の経路を復活させる」
「ファイアウォール?バックアップ?」橘が混乱した様子で言った。「具体的にどうするの?」
「順番に説明します」青山は冷静に言った。「まず、ファイアウォール。これは村瀬さんと加納さんの役割です。『炎』と『土』の力で、赫怒のエネルギーを一時的に封じ込めます」
村瀬と加納は頷いた。
「次に、バックアップシステム。これは白石さんと中村さん、そして橘さんが担当します。『水』、『風』、『光』の力で、正規のエネルギー経路を維持し、新たな流れを準備します」
三人も理解を示した。
「そして最後に、私と佐久間さんが『心』と『闇』の力で、侵入者である赫怒のコードを書き換え、本来の姿に戻します」
「コードの書き換え?」佐久間が眉をひそめた。「可能なのか?」
「理論上は可能です」青山は自信を持って答えた。「赫怒も元は火の巫女だった。彼女のコードの元データは
「それを基に、赫怒のエネルギーパターンを元の状態にリセットできるはずです」青山は説明を続けた。「ちょうど、システムを安全モードで再起動するように」
「でも、そのためには赫怒と直接対峙する必要があるのでは?」白石が心配そうに尋ねた。「危険すぎるわ」
「そこで私の出番です」青山は「調和の鍵」を取り出した。「この鍵を使えば、物理的な接触なしにリモートアクセスが可能なはずです」
「さすが青山!」中村が肩を叩こうとして、痛みで顔をしかめた。「いつものIT屋根性が役に立ったな!」
「理論は分かった」村瀬が真剣な表情で言った。「だが、具体的にどこでどうするんだ?」
青山は神社の外を指さした。「磐梯山の山頂です。かつての火の封印が行われた場所。あそこなら、山のエネルギーラインに直接アクセスできます」
「山頂までか…」加納が眉をひそめた。「怪我人を抱えたこの状態で…」
「私は行ける」佐久間が静かに立ち上がった。白石が制止しようとしたが、彼は優しく彼の手を払いのけた。「闇の力があれば、この程度の傷は…」
「私も行くわ」橘も杖を頼りに立ち上がった。「『光』の力は絶対に必要でしょう?」
「ああ、俺も」中村が片腕を振りながら立ち上がった。「片腕だって十分使える!」
村瀬は彼らの決意を見て、誇らしげに頷いた。「よし、全員で行くぞ。途中で誰かが倒れたら、背負ってでも連れていく」
青山は仲間たちの強い意志に感謝の表情を浮かべた。「ありがとう、みんな」
***
満月の光を頼りに、一行は磐梯山を登り始めた。通常なら数時間かかる山道だが、
佐久間は中村と橘を支え、時折顔をしかめながらも黙々と歩を進めた。白石は医療バッグを背負い、常に全員の状態に目を光らせていた。村瀬と加納は先頭と最後尾を固め、不測の事態に備えていた。
青山は
「もし失敗したら…」青山が不安そうに呟いた。
「失敗はない」
「血筋だけでは…」青山が言いかけたとき、山が突然震動した。
「なっ…!」村瀬が足を止めた。
山頂から紅蓮の炎が噴き上がり、夜空を赤く染めた。その光景は美しくもあり、恐ろしくもあった。
「赫怒が…目覚めた!」
「急ぐぞ!」村瀬が全員を促した。
彼らは痛みや疲労を押して、さらに速度を上げた。山肌を這うように登り、時に互いを引っ張り上げながら、頂上を目指す。
ついに彼らは山頂の開けた場所に辿り着いた。そこには古い石の祭壇があり、その周りには七つの小さな石碑が円を描くように配置されていた。
「ここが…」青山は息を切らしながら言った。
「千年前、封印が行われた場所」
だが彼らの目の前には、すでに恐ろしい光景が広がっていた。祭壇の上空に、赫怒の巨大な姿が浮かんでいたのだ。人の形を保ちながらも、全身が赤い炎で構成された姿は、まさに炎の神そのものだった。
『遅すぎる…』赫怒の声が空間に響いた。『私はすでに復活した。この世界を炎で清めるのだ』
「させるか!」村瀬が前に出た。「私たちがいる限り、そうはさせない!」
『哀れな…』赫怒は嘲笑した。『貴様らの力など、もはや意味をなさん』
青山は仲間たちを見回した。全員が疲れ切っており、特に佐久間、中村、橘の三人は立っているのがやっとの状態だった。このままでは…。
「みんな、『守護者』の位置についてください」青山が指示した。「各自の石碑の前に立って」
全員が指示に従い、それぞれの属性に対応する石碑の前に立った。青山自身は「心」の石碑へ、村瀬は「炎」、白石は「水」、中村は「風」、加納は「土」、橘は「光」、佐久間は「闇」の位置についた。
『何をする気だ?』赫怒が疑念を抱いたように声を上げた。
「今だ!」青山が叫んだ。「村瀬さん、加納さん!ファイアウォールを!」
村瀬と加納は両手を掲げ、それぞれの守護者としての力を発動させた。村瀬の体からは赤い炎が、加納からは茶色の光が放たれ、両者が空中で交わり、赫怒を取り囲むドーム状の障壁を形成した。
「ぐっ…!」村瀬が歯を食いしばる。「強い…抵抗が…」
「耐えろ…」加納も全力で念じた。「あと少しだ…」
『無駄な抵抗だ!』赫怒が怒りの声を上げ、ドームに炎の攻撃を浴びせ始めた。障壁が徐々に溶け始める。
「次!」青山が指示した。「白石さん、中村さん、橘さん!バックアップシステムを!」
三人は自分たちの石碑に両手を置き、力を解放した。白石の青い光、中村の緑の光、橘の黄金の光が地面を伝って広がり、七つの石碑を結ぶ三角形のネットワークを形成した。
「これで…エネルギーの経路が確保されました!」橘が息を切らしながら報告した。
「私が…風の通り道を作るよ!」中村も痛む腕を押さえながら叫んだ。
「水のエネルギーで…冷却します!」白石も全力で念じた。
三人の力によって、山頂に新たなエネルギーの流れが生まれ始めた。赫怒から放たれる過剰なエネルギーを受け止め、大地へと安全に流す経路だ。
「青山、あとは任せた!」村瀬が苦しげに叫んだ。「もう長くは持たん!」
ここからが本番だ。青山は深く息を吸い、集中力を高めた。彼の前に立つ「心」の石碑に手を当て、静かに目を閉じる。
「佐久間さん…」青山が囁いた。
佐久間は無言で頷き、「闇」の石碑に両手を置いた。彼の体から紫の光が放たれ、青山へと繋がった。
青山の頭の中に、データの流れが見え始めた。まるでコンピューターのネットワークマップを見ているかのように、磐梯山のエネルギーラインが可視化される。そして、そのネットワークの中心部に、赫怒の存在を示す赤く脈打つノードがあった。
「見えた…」青山はつぶやいた。「赫怒のコアプログラム…」
彼はITエンジニアとしての全ての知識と経験を総動員し、このエネルギーネットワークを分析し始めた。正規のフローと異常なフロー、エネルギーの集中ポイントとバッファゾーン、すべてが彼の頭の中で整理されていく。
「
「これだ…」
青山は両手に「調和の鍵」を掲げ、目の前に広がるエネルギーネットワークに干渉し始めた。まるでコンピューターのキーボードを叩くように、彼の指が空中で踊る。見えないコードを書き換え、異常なフローを修正し、セキュリティホールを塞いでいく。
「システム再構築…」青山の額に汗が流れる。「バッファオーバーフロー対策…エラートラップの設定…」
彼のつぶやきは、もはや周囲の誰にも理解できないものだったが、その一つ一つの言葉がネットワークに変化をもたらしていた。赫怒の赤いノードが徐々に安定し、本来の色——青白い光——を取り戻し始めていた。
『何をしている…!?』赫怒が苦しげに叫んだ。『私の力が…消えていく…!』
「違う!」青山が力強く否定した。「消えるのではない、正しい姿に戻るんだ!」
青山の両手から七色の光が放たれ、「調和の鍵」を通じて赫怒に向かって伸びていった。それは「システムリセットコマンド」——青山がその場で創り出した特別なプログラムだった。
「実行!」
青山の命令と共に、七色の光が赫怒を包み込んだ。炎の神の姿が崩れ始め、中から本来の姿——朱色の着物を着た女性の姿が現れ始めた。
「うわぁーーー!」
青山の体から一気にエネルギーが流出し、彼は膝をつきそうになった。だが、背後から支える手があった。村瀬だ。
「しっかりしろ、青山!」村瀬が彼を支えた。「もう少しだ!」
加納もファイアウォールを維持しながら叫んだ。「投了するな!最後まで走り切れ!」
白石、中村、橘も、それぞれの持ち場で全力を尽くしていた。彼らの力が青山に流れ込み、彼に新たな力を与える。
「皆…ありがとう…!」
青山は最後の力を振り絞り、リセットコマンドを完了させた。七色の光が赫怒を完全に包み込み、彼女の姿が急速に変化していく。
そして——
閃光と共に、赫怒の姿が消え、代わりに穏やかな表情の女性が浮かんでいた。朱色の着物を着た彼女は、もはや狂気の炎を纏ってはいない。静かに目を開け、七人を見回した。
「私は…誰…?」
「あなたは赫怒」
「そう…」赫怒の目に理解の色が浮かんだ。「私は…暴走していたのね」
「青山が…あなたを元に戻したんだ」村瀬が説明した。
赫怒は青山に視線を移し、深々と頭を下げた。「感謝します、選ばれし者よ。あなたのおかげで、私は本来の使命を思い出しました」
青山は疲れ切った表情ながらも、微笑んだ。「僕の仕事です…システムを正常化するのは」
赫怒は穏やかに微笑み、
赫怒の体が光に包まれ、徐々に透明になっていく。そして最後に、彼女は七人に向かって言った。
「七人の守護者たちよ、素晴らしい絆を持ち続けなさい。それこそが、このシステムの真の力なのですから」
光が消え、赫怒の姿は完全に消えた。代わりに、彼女のエネルギーは穏やかな炎となって山頂を包み、そして少しずつ大地へと流れていった。エネルギー循環システムが、正常に機能し始めたのだ。
「成功した…」村瀬がつぶやいた。
「青山がやってくれたな」加納も感心したように言った。
「さすがITの専門家!」中村が片腕を振り上げた。「俺たちのエースだ!」
青山は力尽きたように座り込んだ。彼のプログラミングの才能が、この千年の危機を救ったのだ。現代の技術と知識が、古代のシステムに新たな命を吹き込んだ瞬間だった。
「私…みんなのおかげです」青山は息を切らしながら言った。「一人では絶対にできなかった」
白石が彼に水筒を差し出した。「ここまでは私たちの力も必要だったけど、最後の一歩は青山くんにしかできなかったわ」
「そうだ」佐久間も静かに同意した。「『心』の守護者としての才能と、ITエンジニアとしての才能が融合した瞬間だった」
橘が感動した様子で言った。「これが本当の意味での『新旧の調和』ね。古代の魔法と現代の技術の融合」
「まさにね」
七人と
青山は「調和の鍵」を見つめながら、静かに微笑んだ。奇妙な巡り合わせで、彼のIT知識が古代の魔法と一つになり、前例のない奇跡を生み出した。それは彼自身の中の「調和」——過去と現在、伝統と革新の融合の証だった。
「帰ろう」村瀬が言った。「みんなを心配させてはいけない」
「ああ」青山は頷いた。「でも、この話、会社でどう説明しようか…」
一同は疲れた体に鞭打ちながらも、思わず笑みがこぼれた。この荒唐無稽な冒険を、誰が信じるだろうか。
だが、それは彼らだけの秘密でもあり、彼らだけの誇りでもあった。
七人の守護者たちは、互いを支え合いながら、山を下り始めた。