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第30話

磐梯山麓の小さな神社に、七人の守護者たちは集結していた。


佐久間は即席の寝台に横たわり、白石が手当てを施していた。骨折した腕を吊り包帯でくくられた中村は、痛みをこらえながらも口角を上げ、相変わらずの軽口を叩いている。橘は足首を包帯で固定され、椅子に腰掛けたまま、古文書を夢中で解読していた。村瀬と加納は、周囲の警戒を怠らず、交代で見張りに立っていた。


そして青山は、神社の奥の間で、かがりと向き合っていた。


「時間がない」かがりは静かだが切迫した声で言った。「赫怒の力は刻一刻と強まっている。このままでは…」


青山は眉間にしわを寄せた。「どれくらい持ちますか?」


「明け方までが限度だろう」かがりは窓の外の月を見上げた。「その後は、赫怒の炎が現世に漏れ出し、この地域は炎に包まれる」


青山は深呼吸をして考えを整理した。今までの冒険で得た知識、蒼から受け継いだ記憶、そして何より彼が得意とするシステム思考。全てを総動員して解決策を模索する必要があった。


「システム…」


青山はつぶやきながら、立ち上がった。


「何か思いついたのか?」かがりが期待を込めて尋ねた。


かがりさん、火の巫女のシステムについて、もう一度教えてください」青山は真剣な表情で言った。「火山のエネルギーを制御し、大地に流す仕組みについて」


かがりは頷き、静かに説明を始めた。「火の巫女は山のエネルギーを受け止め、七人の守護者を通じて大地に均等に流す。それぞれの守護者は属性に応じたエネルギーの経路を管理する」


「そのエネルギーの流れ…」青山は考え込みながら言った。「データの流れに似ています」


「データ?」かがりは首を傾げた。


「はい、コンピュータシステムでは、データは決められた経路を通って流れます」青山の目が輝き始めた。「入力から処理、そして出力へと、決まったプロトコルに従って…」


青山は急に立ち上がり、部屋を出た。「みんな、ちょっと集まってください!」


仲間たちは彼の呼びかけに驚きながらも、神社の中央に集まってきた。


「どうした、青山?」村瀬が尋ねた。「何か思いついたのか?」


「はい」青山は興奮気味に言った。「赫怒のエネルギーを制御する方法を」


「おお!」中村が明るい声を上げた。「さすが俺たちの頭脳!」


青山はすぐさま説明を始めた。「火の巫女のシステムは、基本的にエネルギーの流れを制御するネットワークです。山から大地へとエネルギーを安全に流す仕組み」


「それがどうかしたのか?」加納が眉をひそめた。


「このシステムは、私がIT業界で扱うネットワークシステムに酷似しています」青山は続けた。「エネルギーがデータだとすれば、私たち守護者はルーターやスイッチのような役割を果たしている」


「なるほど…」村瀬が理解を示し始めた。「そして赫怒は、そのシステムにウイルスのように侵入した存在というわけか」


「まさにその通りです!」青山は力強く頷いた。「赫怒は、正規のエネルギーフローを乗っ取り、自分の意のままに操ろうとしています」


「それで?」佐久間が寝台から静かに言った。「どうすれば制御できる?」


青山は得意の図解をするように、床に杖で図を描き始めた。「ネットワークに侵入した悪意あるプログラムを無効化するには、まずファイアウォールで封じ込め、次にバックアップシステムを起動し、最後に正規の経路を復活させる」


「ファイアウォール?バックアップ?」橘が混乱した様子で言った。「具体的にどうするの?」


「順番に説明します」青山は冷静に言った。「まず、ファイアウォール。これは村瀬さんと加納さんの役割です。『炎』と『土』の力で、赫怒のエネルギーを一時的に封じ込めます」


村瀬と加納は頷いた。


「次に、バックアップシステム。これは白石さんと中村さん、そして橘さんが担当します。『水』、『風』、『光』の力で、正規のエネルギー経路を維持し、新たな流れを準備します」


三人も理解を示した。


「そして最後に、私と佐久間さんが『心』と『闇』の力で、侵入者である赫怒のコードを書き換え、本来の姿に戻します」


「コードの書き換え?」佐久間が眉をひそめた。「可能なのか?」


「理論上は可能です」青山は自信を持って答えた。「赫怒も元は火の巫女だった。彼女のコードの元データはかがりさんが持っているはずです」


かがりが驚いた様子で前に出た。「確かに…赫怒は私の前任者。彼女の記憶の断片は私の中にある」


「それを基に、赫怒のエネルギーパターンを元の状態にリセットできるはずです」青山は説明を続けた。「ちょうど、システムを安全モードで再起動するように」


「でも、そのためには赫怒と直接対峙する必要があるのでは?」白石が心配そうに尋ねた。「危険すぎるわ」


「そこで私の出番です」青山は「調和の鍵」を取り出した。「この鍵を使えば、物理的な接触なしにリモートアクセスが可能なはずです」


「さすが青山!」中村が肩を叩こうとして、痛みで顔をしかめた。「いつものIT屋根性が役に立ったな!」


「理論は分かった」村瀬が真剣な表情で言った。「だが、具体的にどこでどうするんだ?」


青山は神社の外を指さした。「磐梯山の山頂です。かつての火の封印が行われた場所。あそこなら、山のエネルギーラインに直接アクセスできます」


「山頂までか…」加納が眉をひそめた。「怪我人を抱えたこの状態で…」


「私は行ける」佐久間が静かに立ち上がった。白石が制止しようとしたが、彼は優しく彼の手を払いのけた。「闇の力があれば、この程度の傷は…」


「私も行くわ」橘も杖を頼りに立ち上がった。「『光』の力は絶対に必要でしょう?」


「ああ、俺も」中村が片腕を振りながら立ち上がった。「片腕だって十分使える!」


村瀬は彼らの決意を見て、誇らしげに頷いた。「よし、全員で行くぞ。途中で誰かが倒れたら、背負ってでも連れていく」


青山は仲間たちの強い意志に感謝の表情を浮かべた。「ありがとう、みんな」


かがりも深々と頭を下げた。「『選ばれし者』たちよ、必ず成功させましょう」


***


満月の光を頼りに、一行は磐梯山を登り始めた。通常なら数時間かかる山道だが、かがりの案内で古い参道を選び、より速く頂上を目指した。


佐久間は中村と橘を支え、時折顔をしかめながらも黙々と歩を進めた。白石は医療バッグを背負い、常に全員の状態に目を光らせていた。村瀬と加納は先頭と最後尾を固め、不測の事態に備えていた。


青山はかがりと共に中央を歩きながら、頭の中でプランを何度も整理していた。彼のスマートフォンは壊れていたが、心の中でプログラムを組み立てるように、手順を確認していた。


「もし失敗したら…」青山が不安そうに呟いた。


「失敗はない」かがりは静かに答えた。「あなたは『選ばれし者』。蒼の血を引く者なのですから」


「血筋だけでは…」青山が言いかけたとき、山が突然震動した。


「なっ…!」村瀬が足を止めた。


山頂から紅蓮の炎が噴き上がり、夜空を赤く染めた。その光景は美しくもあり、恐ろしくもあった。


「赫怒が…目覚めた!」かがりが驚愕の表情を浮かべた。「予想より早い!」


「急ぐぞ!」村瀬が全員を促した。


彼らは痛みや疲労を押して、さらに速度を上げた。山肌を這うように登り、時に互いを引っ張り上げながら、頂上を目指す。


ついに彼らは山頂の開けた場所に辿り着いた。そこには古い石の祭壇があり、その周りには七つの小さな石碑が円を描くように配置されていた。


「ここが…」青山は息を切らしながら言った。


「千年前、封印が行われた場所」かがりが静かに答えた。


だが彼らの目の前には、すでに恐ろしい光景が広がっていた。祭壇の上空に、赫怒の巨大な姿が浮かんでいたのだ。人の形を保ちながらも、全身が赤い炎で構成された姿は、まさに炎の神そのものだった。


『遅すぎる…』赫怒の声が空間に響いた。『私はすでに復活した。この世界を炎で清めるのだ』


「させるか!」村瀬が前に出た。「私たちがいる限り、そうはさせない!」


『哀れな…』赫怒は嘲笑した。『貴様らの力など、もはや意味をなさん』


青山は仲間たちを見回した。全員が疲れ切っており、特に佐久間、中村、橘の三人は立っているのがやっとの状態だった。このままでは…。


「みんな、『守護者』の位置についてください」青山が指示した。「各自の石碑の前に立って」


全員が指示に従い、それぞれの属性に対応する石碑の前に立った。青山自身は「心」の石碑へ、村瀬は「炎」、白石は「水」、中村は「風」、加納は「土」、橘は「光」、佐久間は「闇」の位置についた。


『何をする気だ?』赫怒が疑念を抱いたように声を上げた。


「今だ!」青山が叫んだ。「村瀬さん、加納さん!ファイアウォールを!」


村瀬と加納は両手を掲げ、それぞれの守護者としての力を発動させた。村瀬の体からは赤い炎が、加納からは茶色の光が放たれ、両者が空中で交わり、赫怒を取り囲むドーム状の障壁を形成した。


「ぐっ…!」村瀬が歯を食いしばる。「強い…抵抗が…」


「耐えろ…」加納も全力で念じた。「あと少しだ…」


『無駄な抵抗だ!』赫怒が怒りの声を上げ、ドームに炎の攻撃を浴びせ始めた。障壁が徐々に溶け始める。


「次!」青山が指示した。「白石さん、中村さん、橘さん!バックアップシステムを!」


三人は自分たちの石碑に両手を置き、力を解放した。白石の青い光、中村の緑の光、橘の黄金の光が地面を伝って広がり、七つの石碑を結ぶ三角形のネットワークを形成した。


「これで…エネルギーの経路が確保されました!」橘が息を切らしながら報告した。


「私が…風の通り道を作るよ!」中村も痛む腕を押さえながら叫んだ。


「水のエネルギーで…冷却します!」白石も全力で念じた。


三人の力によって、山頂に新たなエネルギーの流れが生まれ始めた。赫怒から放たれる過剰なエネルギーを受け止め、大地へと安全に流す経路だ。


「青山、あとは任せた!」村瀬が苦しげに叫んだ。「もう長くは持たん!」


ここからが本番だ。青山は深く息を吸い、集中力を高めた。彼の前に立つ「心」の石碑に手を当て、静かに目を閉じる。


「佐久間さん…」青山が囁いた。


佐久間は無言で頷き、「闇」の石碑に両手を置いた。彼の体から紫の光が放たれ、青山へと繋がった。


青山の頭の中に、データの流れが見え始めた。まるでコンピューターのネットワークマップを見ているかのように、磐梯山のエネルギーラインが可視化される。そして、そのネットワークの中心部に、赫怒の存在を示す赤く脈打つノードがあった。


「見えた…」青山はつぶやいた。「赫怒のコアプログラム…」


彼はITエンジニアとしての全ての知識と経験を総動員し、このエネルギーネットワークを分析し始めた。正規のフローと異常なフロー、エネルギーの集中ポイントとバッファゾーン、すべてが彼の頭の中で整理されていく。


かがりさん!」青山が叫んだ。「赫怒の元データを!」


かがりが青山の背後に立ち、その肩に手を置いた。彼女の記憶から、赫怒の本来の姿、火の巫女として正しく機能していた時のデータパターンが青山の意識に流れ込んできた。


「これだ…」


青山は両手に「調和の鍵」を掲げ、目の前に広がるエネルギーネットワークに干渉し始めた。まるでコンピューターのキーボードを叩くように、彼の指が空中で踊る。見えないコードを書き換え、異常なフローを修正し、セキュリティホールを塞いでいく。


「システム再構築…」青山の額に汗が流れる。「バッファオーバーフロー対策…エラートラップの設定…」


彼のつぶやきは、もはや周囲の誰にも理解できないものだったが、その一つ一つの言葉がネットワークに変化をもたらしていた。赫怒の赤いノードが徐々に安定し、本来の色——青白い光——を取り戻し始めていた。


『何をしている…!?』赫怒が苦しげに叫んだ。『私の力が…消えていく…!』


「違う!」青山が力強く否定した。「消えるのではない、正しい姿に戻るんだ!」


青山の両手から七色の光が放たれ、「調和の鍵」を通じて赫怒に向かって伸びていった。それは「システムリセットコマンド」——青山がその場で創り出した特別なプログラムだった。


「実行!」


青山の命令と共に、七色の光が赫怒を包み込んだ。炎の神の姿が崩れ始め、中から本来の姿——朱色の着物を着た女性の姿が現れ始めた。


「うわぁーーー!」


青山の体から一気にエネルギーが流出し、彼は膝をつきそうになった。だが、背後から支える手があった。村瀬だ。


「しっかりしろ、青山!」村瀬が彼を支えた。「もう少しだ!」


加納もファイアウォールを維持しながら叫んだ。「投了するな!最後まで走り切れ!」


白石、中村、橘も、それぞれの持ち場で全力を尽くしていた。彼らの力が青山に流れ込み、彼に新たな力を与える。


「皆…ありがとう…!」


青山は最後の力を振り絞り、リセットコマンドを完了させた。七色の光が赫怒を完全に包み込み、彼女の姿が急速に変化していく。


そして——


閃光と共に、赫怒の姿が消え、代わりに穏やかな表情の女性が浮かんでいた。朱色の着物を着た彼女は、もはや狂気の炎を纏ってはいない。静かに目を開け、七人を見回した。


「私は…誰…?」


「あなたは赫怒」かがりが前に出て、優しく語りかけた。「かつての火の巫女。私の先輩」


「そう…」赫怒の目に理解の色が浮かんだ。「私は…暴走していたのね」


「青山が…あなたを元に戻したんだ」村瀬が説明した。


赫怒は青山に視線を移し、深々と頭を下げた。「感謝します、選ばれし者よ。あなたのおかげで、私は本来の使命を思い出しました」


青山は疲れ切った表情ながらも、微笑んだ。「僕の仕事です…システムを正常化するのは」


赫怒は穏やかに微笑み、かがりの方へと近づいた。「私の時代は終わった。後は任せます、新しい火の巫女よ」


かがりも頭を下げ、「はい、先輩」と答えた。


赫怒の体が光に包まれ、徐々に透明になっていく。そして最後に、彼女は七人に向かって言った。


「七人の守護者たちよ、素晴らしい絆を持ち続けなさい。それこそが、このシステムの真の力なのですから」


光が消え、赫怒の姿は完全に消えた。代わりに、彼女のエネルギーは穏やかな炎となって山頂を包み、そして少しずつ大地へと流れていった。エネルギー循環システムが、正常に機能し始めたのだ。


「成功した…」村瀬がつぶやいた。


「青山がやってくれたな」加納も感心したように言った。


「さすがITの専門家!」中村が片腕を振り上げた。「俺たちのエースだ!」


青山は力尽きたように座り込んだ。彼のプログラミングの才能が、この千年の危機を救ったのだ。現代の技術と知識が、古代のシステムに新たな命を吹き込んだ瞬間だった。


「私…みんなのおかげです」青山は息を切らしながら言った。「一人では絶対にできなかった」


白石が彼に水筒を差し出した。「ここまでは私たちの力も必要だったけど、最後の一歩は青山くんにしかできなかったわ」


「そうだ」佐久間も静かに同意した。「『心』の守護者としての才能と、ITエンジニアとしての才能が融合した瞬間だった」


橘が感動した様子で言った。「これが本当の意味での『新旧の調和』ね。古代の魔法と現代の技術の融合」


「まさにね」かがりも微笑んだ。「千年前の蒼が描いた未来の姿かもしれません」


七人とかがりは、山頂から昇る朝日を見つめた。新たな一日の始まりだった。磐梯山の脅威は去り、エネルギーシステムは正常化された。彼らの戦いは、ついに終わったのだ。


青山は「調和の鍵」を見つめながら、静かに微笑んだ。奇妙な巡り合わせで、彼のIT知識が古代の魔法と一つになり、前例のない奇跡を生み出した。それは彼自身の中の「調和」——過去と現在、伝統と革新の融合の証だった。


「帰ろう」村瀬が言った。「みんなを心配させてはいけない」


「ああ」青山は頷いた。「でも、この話、会社でどう説明しようか…」


一同は疲れた体に鞭打ちながらも、思わず笑みがこぼれた。この荒唐無稽な冒険を、誰が信じるだろうか。


だが、それは彼らだけの秘密でもあり、彼らだけの誇りでもあった。


七人の守護者たちは、互いを支え合いながら、山を下り始めた。


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