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第29話

爆発の閃光が収まり、辺りに煙が立ち込める中、青山は苦しそうに咳き込みながら目を開けた。体中が痛み、頭がズキズキする。何が起きたのか、しばらく記憶が霞んでいた。


「みんな…」


彼はようやく立ち上がり、周囲を見回した。「王の間」は、先ほどまでの荘厳な広間の面影はなく、至る所に亀裂が走り、天井の一部が崩れ落ちていた。青白い炎の松明もいくつか消え、薄暗い空間には煙と塵が漂っていた。


「誰か…いるか?」


青山の声は弱々しく響き、次第に咳へと変わった。爆発によって巻き上げられた塵が肺に入り込み、呼吸を困難にしていた。


「青山!」


闇の中から村瀬の声が聞こえ、彼は懐中電灯の明かりとともに現れた。顔には血が流れ、服は所々焦げていたが、立って歩ける状態だった。


「村瀬さん!無事だったんですね」青山は安堵の表情を浮かべた。


「ああ、どうにか」村瀬は青山の肩に手を置き、彼の状態を確認した。「お前は?怪我は?」


「大丈夫です」青山は頷いた。「でも、他のみんなは…?」


二人は急いで仲間を探し始めた。瓦礫の山を乗り越え、崩れた柱の陰を覗き込みながら、必死で名前を呼び続けた。


「中村!加納!誰か返事をしてくれ!」


弱々しいうめき声が聞こえ、村瀬が懐中電灯を向けると、そこには瓦礫に半ば埋もれた中村の姿があった。


「中村!」二人は駆け寄って瓦礫を取り除き始めた。


「いってててて…」中村は目を細めながら顔をしかめた。「まったく、派手にぶっ飛んだもんだな…」


青山は安堵のため息をついた。「冗談が言えるなら、命に別状はなさそうだな」


「おう」中村はよろよろと立ち上がった。「足は無事みたいだけど、右腕が…」


彼の右腕は不自然な角度に曲がっていた。明らかな骨折だ。


「動かすな」村瀬が厳しく言った。「応急処置が必要だ」


「白石さんを見つけないと」青山が言った。「あの人なら適切な処置ができる」


三人は瓦礫の中を進み、さらに名前を呼び続けた。


「こっちだ!」


闇の中から加納の声が聞こえた。彼は自作の小型ライトを手に持ち、彼方で手を振っていた。三人が近づくと、加納の傍らには橘が横たわっていた。彼女は意識があるものの、足を痛そうに押さえていた。


「橘、大丈夫か?」村瀬が心配そうに尋ねた。


「な、なんとか…」橘は弱々しく微笑んだ。「でも、足を打って…」


青山は橘の足首を優しく触れてみた。「骨折ではなさそうですが、捻挫はしているでしょうね」


「白石さんと佐久間さんは?」中村が周囲を見回した。


「まだ見つからん」加納が眉をひそめた。「分かれて探そう」


「いや、今は一緒にいた方がいい」村瀬が静止した。「状況が不明確だ。赫怒がまだ近くにいるかもしれん」


その言葉に全員が身を固くした。先ほどの戦いで、赫怒は完全に倒されたのだろうか。それとも…。


「とにかく、白石さんと佐久間さんを見つけましょう」青山が促した。


彼らは互いを支え合いながら、瓦礫の中を慎重に進んだ。中村は片腕を村瀬に支えられ、橘は加納の肩を借りて歩いていた。青山は先頭に立ち、懐中電灯で道を照らした。


「あっ!」青山が突然足を止めた。「あそこに…」


光の先には、大きな柱の下敷きになりそうな場所で、誰かが横たわっていた。白い制服姿から、それが白石だとわかる。彼らが近づくと、彼は細い隙間から閉じ込められていることがわかった。柱が完全に潰れず、僅かな空間ができていたのだ。


「白石!」村瀬が叫んだ。「しっかりしろ!」


「ここは…」白石が弱々しく目を開けた。「みんな、無事…?」


「無事だ、心配するな」村瀬は彼を安心させようとした。


「この柱、どうやって動かす?」中村が焦った様子で言った。「このままじゃ白石さんが…」


加納が冷静に状況を分析した。「単純に引っ張れば、バランスが崩れてさらに潰れる危険がある。支えが必要だ」


「何か使えるものは…」青山が周囲を見回した。


「ここを…」白石が静かに言った。「私はいいから、佐久間さんを…」


「何を言っているんだ」村瀬が厳しく言った。「誰も置いていかん」


「違うの…」白石の声が震えた。「佐久間さんが…私を…」


彼の言葉に全員が息を呑んだ。そして初めて気がついた。白石の横に、無言で横たわる佐久間の姿を。


「佐久間さーん!」村瀬が叫んだ。


白石が涙ながらに説明した。「爆発の瞬間、佐久間さんが私を庇ってくれたの…柱が落ちてくるのを見て、私を突き飛ばして…」


全員の表情が暗くなった。佐久間の状態は明らかに危機的だった。


「しっかり、佐久間さん!」村瀬が叫んだ。「今助ける!」


「みんなで柱を持ち上げましょう」青山が決意を込めて言った。「加納さん、どの位置が良いですか?」


加納は素早く柱を分析し、「あの突起部分を支点に、この辺りに力を入れれば持ち上がるはずだ」と判断した。


「よし、それぞれポジションについて」村瀬が指示した。「一人は隙間に入って、二人を引き出す準備をしろ」


「私が行きます」青山が申し出た。


「いや、俺が行く」中村が前に出た。「お前より俺の方が小柄で、隙間に入りやすい」


「でも、腕が…」


「もう一方の腕は使える」中村は珍しく真剣な表情で言った。「俺にやらせてくれ。佐久間さんには、釣りに連れて行ってもらう約束がある」


青山は彼の決意に頷き、「わかった」と言った。


村瀬、青山、加納が柱の指定された位置について、橘も怪我した足で踏ん張り、力を合わせた。中村は狭い隙間に身を滑り込ませ、白石と佐久間のもとへと辿り着いた。


「いくぞ!」村瀬の掛け声で、三人が全力で柱を持ち上げた。筋肉が悲鳴を上げ、呻き声が漏れる。それでも彼らは踏ん張った。


「あと少し…」加納が歯を食いしばった。


「今だ、中村!」青山が叫んだ。


中村は片腕で精一杯、白石を引っ張り出し、続いて佐久間も。二人を安全な場所に移動させた瞬間、三人の力が限界に達し、柱は再び地面に落ちた。


「やった…」橘が安堵のため息をついた。


全員が白石と佐久間のもとに集まった。白石は意識があり、数カ所の打撲と擦り傷はあるものの、命に別状はなさそうだった。問題は佐久間だ。彼は意識不明で、胸部に大きな外傷があった。


「どうすれば…」青山が途方に暮れた様子で言った。


白石は医療者としての責任感から、自分の痛みを押して起き上がろうとした。「私が…見る…」


「無理はするな」村瀬が彼の肩に手を置いた。


「でも、このままでは佐久間さんが…」白石の目に涙が光った。


その時、弱々しく、しかし確かな声が聞こえた。


「…心配するな」


佐久間が目を開けたのだ。全員が驚いて彼を見つめた。


「佐久間さん!」中村が思わず声を上げた。


佐久間はかすかに微笑んだ。「…無駄に騒ぐな」


「どうして私を…」白石が涙ながらに尋ねた。


佐久間は静かに答えた。「私は『闇の守護者』…影から守るのが役目だ」


「佐久間さん…」村瀬の目にも涙が浮かんだ。


「それより」佐久間が弱々しく言った。「赫怒は?」


その問いに全員が我に返った。そうだ、肝心の敵はどうなったのか。


「わからない」青山が答えた。「爆発の後、姿が…」


その時、「王の間」の中央から、再び青白い光が放たれ始めた。全員が緊張して見守る中、光の柱が立ち上がり、そこから二つの人影が現れた。


一つは赤い着物を着た女性――かがりだ。もう一つは、火の守護神の姿。


かがりさん!」青山が叫んだ。


かがりは静かに彼らの方を見て、微笑んだ。「選ばれし者たちよ…よく耐えた」


「赫怒は?」村瀬が警戒しながら尋ねた。


「今は封じられている」火の守護神が答えた。「だが完全ではない。あの爆発で封印の仕組みが壊れてしまった」


「じゃあ、また現れるかもしれないのか?」加納が緊張した声で尋ねた。


かがりが静かに頷いた。「そのとおり。だが今は、治療が先決だ」


彼女は佐久間のもとに歩み寄った。「闇の守護者よ、あなたの犠牲は無駄にはしない」


かがりの手から赤い光が放たれ、佐久間の体を包み込んだ。傷が徐々に癒えていくのが見て取れた。


「これで一時的に安定するが、完全な治療にはならない」かがりが言った。「一刻も早く地上に戻るべきだ」


「でも、赫怒が再び現れたら…」橘が心配そうに言った。


「私と…彼が抑えている」かがりは火の守護神を見た。


「え?彼も?」中村が驚いた様子で火の守護神を指さした。「さっきまで敵だったんじゃ…」


「誤解だ」火の守護神が淡々と言った。「私の目的は常に調和だった。赫怒の野望を阻止することも、その一環だ」


「まあ、いずれ詳しく話し合うとして」村瀬が状況を整理した。「今は全員の無事を優先しよう。佐久間を安全に運び出せるか?」


「私が担ぐ」加納が申し出た。


佐久間は弱々しく抗議した。「自分で…歩ける…」


「無駄な抵抗はよせ」加納が珍しく優しい口調で言った。「お前がいなければ、白石は助からなかった。今度は俺たちがお前を守る番だ」


佐久間の目に、一瞬だけ感謝の色が浮かんだ。


加納が慎重に佐久間を背負い、村瀬と青山は中村と橘をそれぞれ支え、白石は自力で立ち上がった。七人とかがり、そして火の守護神を加えた九人は、崩れかけた「王の間」を後にしようとした。


その時、突然床が激しく揺れ、奥から不気味な唸り声が聞こえてきた。


「これは…」かがりの表情が強張った。「赫怒が再び目覚めつつある」


「まずい」火の守護神が警戒の姿勢をとった。「予想より早い」


「逃げろ!」村瀬が全員に叫んだ。「急げ!」


九人は急いで出口へと向かった。加納は佐久間を背負ったまま必死に走り、村瀬は中村を、青山は橘を支えて走った。白石も痛みをこらえながら懸命について行った。


後方では、床から赤い炎が噴き上がり始めていた。


「間に合わない…」かがりが苦しそうに言った。


「先に行け」火の守護神が立ち止まった。「私が時間を稼ぐ」


「でも…」青山が振り返った。


「行け!」火の守護神は強く命じた。「私は千年生きた。もう一度封印されたところで変わらん」


かがりは悲しげに火の守護神を見つめた。「また会えるだろうか…」


「必ず」火の守護神は力強く言った。「私は常に闇の中で見守っている」


一瞬の別れを惜しむ間もなく、彼らは走り続けた。後方では、火の守護神が黒いエネルギーの壁を展開し、迫り来る赤い炎を食い止めようとしていた。


「早く!」村瀬が叫び、全員を先導した。


彼らはダンジョンの複雑な通路を駆け抜け、何度も崩れそうな天井や割れた床を越えていった。走れなくなった橘を青山は背負い、村瀬も中村を半ば担ぐようにして進んだ。加納は黙々と佐久間を運び続け、白石も最後尾から必死についてきた。


かがりは先頭に立ち、道を照らすように炎を操った。「あと少し…入口が見える!」


最後の直線通路を走り抜け、ついに彼らは出口の光を見た。外の世界、自由への道だ。


「やった!」中村が安堵の笑みを浮かべた。


だが、その瞬間、背後から巨大な爆発音が響き、衝撃波が彼らを前方へと吹き飛ばした。


「うわっ!」


皆がバランスを崩す中、加納が佐久間を守るようにかばい、村瀬は中村の傷ついた腕を庇い、青山は橘を抱きかかえた。白石はかがりに支えられ、倒れずに済んだ。


全員が出口から転がるように外へと飛び出した瞬間、ダンジョンの入口が崩れ落ち、中への道は完全に閉ざされてしまった。


「守護神が…」青山は崩れた入口を見つめながら呟いた。


「自らを犠牲にして、私たちを守ったのね」白石が悲しげに言った。


全員が黙祷するように、しばらく静かになった。


「彼は…本当の『闇の守護者』だった」かがりが静かに言った。「影から皆を守る、真の守護者」


「佐久間も同じだな」村瀬が横たわる佐久間を見つめながら言った。「自らを犠牲にして、仲間を守った」


「でも、佐久間さんは生きてる」白石が彼の脈を確認した。「しっかり生きてるわ」


「ああ」加納が珍しく情感たっぷりに言った。「こいつは強い。簡単には死なん」


八人は満月の光の下、磐梯山の麓に集まった。怪我を負い、疲れ果てていても、彼らの顔には安堵の表情があった。互いに守り合い、犠牲を厭わない強い絆によって、彼らは最大の危機を乗り越えたのだ。


「本当に…みんなのおかげだ」青山は感謝の気持ちを込めて言った。「一人じゃ絶対にできなかった」


「当たり前だろ」中村が痛む腕をかばいながらも笑った。「俺たちは七人の守護者だからな!」


「残念ながら、まだ終わりではない」かがりが静かに言った。「赫怒は完全に倒されていない。ただ時間を稼いだだけだ」


「どれくらい時間があるんだ?」村瀬が尋ねた。


「わからない」かがりは正直に答えた。「数時間かもしれないし、数日かもしれない…」


「その時は」加納が決然と言った。「また皆で立ち向かうまでだ」


「ああ」村瀬も頷いた。「今度は全員で。誰も犠牲にせず、皆で勝利を掴む」


一同は黙って頷き合った。彼らの絆は、この死線を越えたことでより一層強くなっていた。


白石が佐久間の手を握りながら静かに言った。「ねえ、約束して。今度は誰も身を犠牲にしないって」


「難しい約束だな」佐久間が弱々しく目を開け、かすかに微笑んだ。「だが…努力はしよう」


その言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。


月の光の下、彼らは互いを支え合いながら、山を下り始めた。一人ひとりが自分の命よりも仲間を大切にする、そんな強い絆で結ばれた守護者たち。彼らの前には、まだ最後の戦いが待っていた。


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