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第28話

満月の銀色の光が磐梯山を照らし出すなか、七人の守護者たちはダンジョンの最深部へと足を踏み入れた。彼らの行く手には「王の間」と呼ばれる巨大な円形の広間があった。天井は見上げても見えないほど高く、床には複雑な魔法陣のような文様が刻まれている。空間全体は青白い炎と紫紅色の光が混ざり合い、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「いよいよ来たな」村瀬の声には緊張が滲んでいた。「ここが全ての始まりであり、終わりの場所だ」


青山は手に持つ完全体の「調和の鍵」に目をやった。七色の光を放つ結晶は、この場所に反応するように強く脈打っていた。


かがりさんは…?」彼は広間を見回したが、火の巫女の姿は見当たらなかった。


「まだ封印されているのかしら」白石が心配そうに言った。


部屋の中央に巨大な石の台座があり、そこには赤い結晶体が置かれていた。それは明らかにかがりを封じている「火の封印」の核だった。


「よし、計画通りに進めよう」村瀬が全員に向かって言った。「各自の位置について」


七人はそれぞれの持ち場へと移動し始めた。広間の周囲には七つの小さな祭壇が等間隔で配置されており、それぞれが「炎」「水」「風」「土」「光」「闇」「心」の属性を表す印で飾られていた。


「なんだかドキドキするな〜」中村が自分の祭壇、「風」の位置に立ちながら軽口を叩いた。「まるでRPGの最終決戦みたいじゃないか」


「今はふざけている場合じゃない」加納がいつもの厳しい口調で窘めた。


「いや、緊張をほぐすのは大事だよ」青山が意外にも中村を擁護した。「みんな、自分の役割を忘れないように」


全員が自分の祭壇の前に立ち、青山は中央の台座へと進んだ。彼は「調和の鍵」を掲げ、儀式を始めようとした。


その瞬間だった。


「待て!」


低く響く声が広間全体に轟いた。全員が驚いて声のした方向を見ると、闇の中から一人の人影が現れた。それは古めかしい甲冑を身にまとった巨漢の男だった。


「誰だ、お前は!」村瀬が警戒の姿勢をとった。


「私は『守護』を司るもの」男は鋭い眼光で七人を見回した。「千年の時を超えて、この封印を守ってきた」


「まさか…」佐久間が息を呑んだ。「伝説の『火の守護神』…?」


男は冷ややかに微笑んだ。「そう呼ばれてもいる。だが、私の本当の名は『闇の守護者』。かつてこの場所で裏切られ、忘れ去られた者だ」


「闇の守護者!」青山は驚きの声を上げた。「黒い結晶の持ち主…」


「なるほど」男は不敵な笑みを浮かべた。「よくぞ黒の鍵を見つけた。だが、それは私のもの。返してもらおうか」


男は手を広げると、青山が持つ「調和の鍵」が強く反応し、まるで引き寄せられるように振動し始めた。


「させるか!」青山は必死に結晶を握りしめた。「これは私たちのもの。新たな調和のために使う!」


「調和?」男は嘲笑うように言った。「千年前も同じことを言っていた。だが結局、彼らは私を裏切り、力を独占した」


「あなたこそが調和を壊そうとした側でしょう!」橘が勇敢にも前に出て反論した。「私たちは古代の記録を見た。あなたが力を求めて離反したことを!」


男の表情が一瞬歪んだ。「記録など、勝者が都合よく書き換えたものだ!真実は違う!」


「どんな真実なのか、教えてくれ」村瀬が冷静に尋ねた。「お前の話も聞こう」


男は一瞬躊躇し、そして重々しく語り始めた。


「千年前、私たちは七人の守護者だった。火の巫女の力を支え、山のエネルギーを制御していた。だが、火の巫女の力があまりに強大になりすぎた。制御不能になる危険があった」


「それで?」佐久間が促した。


「私は提案した。巫女の力を分散させ、七人で均等に分け合おうと。誰かが独裁的な力を持つことは危険だと警告した。だが、他の六人は反対した。特に『光の守護者』は、伝統を守るべきだと主張した」


男は苦々しい表情で続けた。


「結局、私は排除された。黒の鍵は封印され、私は『裏切り者』として歴史から消された。だが、私は死なず、この場所に残り、いつか真実を明らかにする時を待っていた」


「だからといって、今私たちを妨害する理由にはならないでしょう?」白石が優しくも毅然とした声で言った。「私たちは新たな調和を目指しているのです」


「調和?」男は再び嘲笑した。「お前たちが目指すのは、再び火の巫女に力を集中させることだ。同じ過ちを繰り返そうとしている」


「違う」青山が力強く言った。「私たちが目指すのは、かがりさんと七人の守護者による『共同統治』だ。誰も独裁者にはならない」


男の表情に僅かな動揺が走った。「それが…本当ならば…」


「信じてほしい」青山は真摯に言った。「私たちは過去の過ちを繰り返さない」


一瞬、和解の可能性が見えた瞬間、突然部屋が激しく揺れ始めた。


「なっ…!」


中央の台座から赤い光が噴き出し、「火の封印」の結晶が浮かび上がった。それは次第に形を変え、炎の巨人のような姿になっていく。


「封印が勝手に解けている!」加納が驚いて叫んだ。


「違う」火の守護神が表情を硬くした。「これは…私の力ではない」


炎の巨人は完全に形を整え、赤い眼で七人を見下ろした。その姿はかがりにも似ていたが、明らかに別の意志を持つ存在だった。


「これは…かがりの力が暴走した姿か?」村瀬が戦闘態勢をとりながら言った。


「違う!」火の守護神が叫んだ。「これは…『赫怒(かくど)』!かがりの前に火の巫女だった者だ」


巨人――赫怒は、轟くような声で言った。


『千年の眠りから目覚めた…この力を奪おうとする者たちよ…全てを焼き尽くす!』


赫怒は腕を振り上げ、炎の波動を放った。七人は咄嗟に身を伏せ、攻撃をかわした。


「こっちに来い!」火の守護神が彼らに叫んだ。「私が奴を抑えている間に、儀式を完成させろ!」


驚くべきことに、先ほどまで敵対していたはずの男が、今は彼らを守るように赫怒との間に立ちはだかっていた。


「信じられるか?」中村が村瀬に声をかけた。


「選択肢はない」村瀬は決断した。「青山、儀式を続行しろ!我々はお前を守る!」


青山は頷き、再び中央へと向かった。他の六人はそれぞれの持ち場に散り、守りの体制をとった。


火の守護神は赫怒と対峙し、黒い炎のようなエネルギーを放って巨人を抑え込もうとしていた。


「こいつが本当の敵か…」村瀬は「炎」の祭壇に立ちながら、状況を把握しようとしていた。


赫怒は怒りの咆哮を上げ、広間全体に炎の嵐を巻き起こした。七人はそれぞれが持つ守護者の力を発動させ、身を守った。


「私の闇を越えられるか!」火の守護神が叫び、黒いエネルギーの障壁を展開した。


だが、赫怒の力は予想以上に強大だった。黒い障壁は徐々に押し返され、火の守護神は膝をつきそうになる。


「このままでは…」白石が心配そうに見つめていた。


突然、赫怒の炎が形を変え、七人の周りに炎の幻影を作り出した。それは彼らが最も恐れ、最も後悔している過去の姿だった。


村瀬の前には、若かりし頃の自分が現れた。火災現場で、彼の指示ミスによって負傷した仲間の姿。


「お前のせいだ…」幻影が囁く。「お前は失敗した指導者だ…」


「うっ…」村瀬は動揺を隠せなかった。


白石の前にも、かつて救えなかった患者の姿が現れる。


「なぜ逃げた…?」幻影が問いかける。「責任から目を背けたのね…」


「そんな…」白石の目に涙が浮かんだ。


同様に、全員の前に彼らの弱さを象徴する幻影が次々と出現した。加納の前には失敗した発明によって傷ついた人々、中村の前には軽率な行動で迷惑をかけた仲間たち、橘の前には真実を伝えきれずに起きた悲劇、佐久間の前には黙り続けたことで救えなかった命…


そして青山の前には、父親の姿が現れた。


「お前に蒼の血を託したのは間違いだった…」幻影の父が厳しい表情で言う。「お前は『選ばれし者』の責任を果たせない」


青山は動揺しながらも、「調和の鍵」を握りしめた。「これは…幻影だ。乗り越えなきゃ」


火の守護神が彼らに叫んだ。「奴の戦法だ!心の弱さに付け込む!過去と向き合い、乗り越えろ!」


村瀬は震える手を前に差し出し、幻影に語りかけた。「そうだ、私は失敗した。だが、それを認め、学び、今また立ち上がっている。同じ過ちは繰り返さない」


幻影は彼の言葉に反応し、少しだけ弱まった。


白石も深呼吸をして、自分の幻影に向き合った。「逃げたことは事実。でも、それは新たな力を得るためだった。今、私はここにいる。もう逃げない」


順番に、全員が自らの過去の傷と向き合い始めた。


加納は幻影を睨みつけた。「完璧な技術などない。失敗から学び、より良いものを作るのが創造者の宿命だ」


中村も珍しく真剣な表情で言った。「軽率だった自分を認めるさ。でも、それも含めて俺なんだ。もっと責任を持って、仲間を笑顔にする!」


橘は涙をぬぐいながらも力強く言った。「真実を伝えきれなかった痛みを忘れない。だからこそ、今この場で真実を守る」


佐久間も静かに、しかし芯の強さを感じさせる声で言った。「沈黙は時に罪。だが今は、声を上げるとき。闇の中にも光はある」


そして最後に青山が、父の幻影と向き合った。「父さん…僕は逃げない。蒼の血を引く者として、仲間と共に新しい道を切り開く」


七人それぞれの決意表明に呼応するように、彼らの体から七色の光が放たれた。それは幻影を打ち消し、さらに強まって中央へと集まっていく。


「今だ!」火の守護神が叫んだ。「七つの力を一つに!」


青山は「調和の鍵」を高く掲げ、六人の力を結晶に集中させた。七色の光が一つになると、まばゆい光の柱が天井へと伸びていった。


「なぜだ!」赫怒が怒りを露わにした。『私の力に逆らうというのか!』


「あなたも暴走しているだけなんです」青山は光の中から赫怒に語りかけた。「本来の役目を忘れ、力に飲み込まれている」


『黙れ!』赫怒は巨大な炎の玉を作り出し、七人めがけて投げつけた。


火の守護神が間に入り、黒いエネルギーで攻撃を受け止めようとしたが、力及ばず吹き飛ばされた。


「みんな、最後の力を!」青山が叫んだ。


七人は自分たちの全てを「調和の鍵」に注ぎ込んだ。七色の光は赫怒の炎と激しくぶつかり合い、広間全体が光と炎のせめぎ合いの場と化した。


「このままでは…」村瀬が歯を食いしばった。「力が足りない」


その時、思いがけない援軍が現れた。倒れていたはずの火の守護神が立ち上がり、七人の元へと駆け寄ったのだ。


「私も…力を貸そう」彼は決意を込めて言った。「真の調和のために」


彼が八人目の守護者として加わると、光の柱はさらに強まり、赫怒の炎を押し返し始めた。


「いける!」中村が興奮した声を上げた。


「最後まで…諦めないで!」白石が励ました。


七色の光、そして火の守護神の黒い光が完全に調和したとき、奇跡が起きた。赫怒の炎が徐々に静まり、その姿が本来の姿——穏やかな女性の姿へと戻り始めたのだ。


「成功したの…?」橘が息を切らしながら尋ねた。


だが、完全な勝利を祝うには早すぎた。


赫怒の本体である赤い結晶が突然激しく振動し始め、広間全体を揺るがす大爆発を起こしたのだ。


「みんな、伏せろ!」村瀬が叫んだ。


爆発の衝撃波が七人——いや、八人を吹き飛ばした瞬間、青山の意識が遠のいていった。最後に見たのは、中央の台座から立ち上る巨大な炎の柱と、その中に浮かぶ一人の女性の姿。


それはかがりだったのか、それとも赫怒だったのか——。


意識が完全に闇に落ちる前、青山は確かに聞いた。


「選ばれし者よ…目覚めよ…真の戦いはこれからだ…」


次に目を開けたとき、彼らは一体どんな状況に直面することになるのだろうか。闇の中、七つの光が静かに瞬いていた。


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