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第4話

青山智也、加納壮馬、白石乃絵の三人が扉の向こうに踏み込んでから十分が経過した。彼らの姿を見送った村瀬副団長は、顔に不安の色を浮かべながらも指揮を続けていた。


磐梯山の麓では、すでに大混乱が始まっていた。SNSでは「磐梯山が割れた」「洞窟が出現」「火の精霊が現れた」などの投稿が爆発的に拡散され、好奇心旺盛な若者たちが次々と現場に集まってきていた。


「くそっ、これ以上近づけるな!」村瀬は規制線を突破しようとする若者たちに向かって怒鳴った。「危険だ!下がれ!」


「でも、Xでは火の精霊が踊ってるって!」一人の若者がスマホをかざしながら反論した。「みんな動画上げてるじゃん!」


村瀬は眉をひそめた。確かに、すでにいくつかの動画が拡散されていた。青白い炎の精霊が現れる瞬間、石の扉が開く様子、そして青山たちが中に入っていく姿まで。


「中村!」村瀬は叫んだ。


「はい!」中村が駆け寄ってきた。


「SNSの状況を確認してくれ。どれだけ情報が広まっているか把握したい。」


「了解です!」中村はすぐに自分のスマホを取り出し、チェックを始めた。


その時、一台の高級車が規制線の近くに停まり、一人の男性が降りてきた。野村社長だ。


「村瀬さん!」野村が駆け寄ってきた。「青山くんは?」


「社長…」村瀬は一瞬、言葉を失った。「青山は、すでにダンジョンの中へ…」


「なに!?」野村の顔が青ざめた。「一人で行ったのか?」


「いいえ、加納と白石が同行しています。」村瀬は説明した。「中に入った一般人を救出するためです。」


野村はしばらく黙ったあと、深いため息をついた。「分かった。心配だが…彼は『選ばれし者』だ。きっと無事に戻ってくる。」


「社長も、その伝承を…」


「ああ。私の家系も代々、この山の秘密を守ってきたんだ。」野村は磐梯山を見上げた。「だが、こんな形で秘密が暴かれるとは…」


「村瀬さん!」中村が慌てた様子で戻ってきた。「大変です!SNSで『磐梯山ダンジョン配信ツアー』なるものが計画されています!迷惑系配信者たちが集まりつつあるようです!」


「なんだって!?」村瀬の表情が硬くなった。「いつ頃だ?」


「今夜の日没後だそうです。『夜の方が幻想的だから』とか書いてあります。」


「まったく、命知らずめ…」村瀬は舌打ちした。「警察にも連絡を取り、厳重警戒するよう依頼しよう。」


そんな会話の傍らで、一人の老人が静かに立っていた。近くの温泉旅館の主人だという。彼は時折、不安げな眼差しで磐梯山を見上げていた。


「何か知っていることはありませんか?」野村が老人に話しかけた。


老人はしばらく黙っていたが、やがてポツリと口を開いた。


「わしの祖父が子どもの頃、同じようなことがあったと聞いたことがある。」


村瀬と野村は興味深げに老人の話に耳を傾けた。


「百年ほど前、磐梯山からは度々、不思議な光が見えたという。そして、ある夜、山が『開いた』と。」


「開いた?」村瀬が聞き返した。


「ああ。山の一部が割れて、中に洞窟が現れたという。村の若者たちが好奇心で近づいたが…」老人は言葉を切った。


「それで?」


「戻ってきたのは半分だけだった。」老人の表情は暗く沈んでいた。「生還した者たちは『火の魔物』に襲われたと語ったそうだ。しかし翌朝、不思議なことに洞窟は消え、山は元通りになっていたという。」


「伝説と一致する…」野村が低い声で呟いた。


老人はポケットから古ぼけた紙を取り出した。「これは、祖父の残した絵だ。」


三人は紙に描かれた絵を覗き込んだ。素朴な筆致ながら、明らかに今日の光景と酷似していた。山の裂け目、石の扉、そして青白い炎に包まれた人型の存在。


「これは…!」村瀬は驚きのあまり言葉を失った。


「戦前まで、この辺りでは『炎魔祭』という奇妙な儀式が行われていたんだ。」老人は続けた。「山の怒りを鎮めるためのものだったらしい。だが、戦後に廃れてしまった。」


「炎魔祭…」野村が考え込んだ。「現代に伝わる『炎舞祭』の原型かもしれない。」


中村が突然、声を上げた。「村瀬さん!新しい動画がアップされています!中の様子です!」


「なに!?」


三人は中村のスマホ画面を覗き込んだ。そこには、明らかにダンジョン内部の映像が映し出されていた。青白い松明が灯る石の廊下、壁に刻まれた古代文字のような模様、そして…複数の火の精霊が行き交う様子。


「誰が撮影した?」村瀬が尋ねた。


「アカウント名は『歴史探検家M』…」中村が答えた。「森田教授では?」


「森田だと!?」村瀬は驚いた。「彼は先に中に入ったのか?」


動画の最後に、撮影者の声が入っていた。「これは驚くべき発見だ!まるで古代の神殿のようだ。壁に刻まれた文字は、明らかに平安時代の呪符に関連しているぞ。さらに奥へ進む!」


「あの老学者、命知らずにも程がある…」村瀬は頭を抱えた。「しかし、これで確実に…中に入ろうとする者が増えるだろう。」


「村瀬さん!」無線から声が入った。「第二班からの報告です。南側の亀裂からも複数の一般人が侵入しました!既に追いかけていますが…」


「くそっ!」村瀬は拳を握りしめた。「全方位に警戒を強化しろ!第四班は南側の支援に回れ!」


混乱は刻一刻と広がっていった。


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