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第3話

地面には奇妙な模様が浮かび上がっていた。まるで巨大な印章が押されたかのように、幾何学的な文様が地面に刻まれている。青山はその模様に見覚えがあった。「火の封印の儀」で見た「星の印」に酷似していた。


「これは…」


「ああ」村瀬も気づいたようだ。「『五つの火』の位置を示す印だな。」


二人が近づくにつれ、亀裂からの熱気が顔を打った。しかし不思議なことに、その熱は普通の火災とは違っていた。肌を焼くような熱さではなく、どこか心の内側から温まるような感覚だった。


「奇妙な熱だ」村瀬が眉をひそめた。「加納!こっちに来てくれ!」


加納は特殊な温度計を手に駆けつけてきた。彼はしばらく計測を行った後、首を振った。


「おかしいな。表面温度は40度程度だが、何かが別の波長で熱を放出しているようだ。通常の熱センサーでは捉えきれない。」


「放射線は?」村瀬が尋ねた。


「通常範囲内だ」加納はガイガーカウンターで確認した。「だが…別の何かがある。」


彼がポケットから取り出したのは、手作りのような小さな装置だった。それを亀裂に向けると、装置のランプが激しく点滅し始めた。


「プラーナ波を検知している」加納は真剣な表情で言った。「マナ、とも言われるエネルギーだ」


その時、青山の頭に突然の痛みが走った。彼は思わず膝をつきそうになる。


「青山!」村瀬が彼を支えた。「どうした?」


「声が…聞こえる…」青山は額に手を当てながら言った。


頭の中で、女性の声が響いていた。『来たれ…選ばれし者よ…真実を知るのだ…』


青山が顔を上げると、亀裂の奥、洞窟の暗がりの中に人影が見えたような気がした。赤い着物を着た女性の姿。「火の巫女」だ。


「あそこに…誰かいます!」青山は亀裂を指さした。


村瀬と加納も目を凝らしたが、二人は首を振った。


「何も見えないが…」村瀬は警戒心を強めた。「青山、君だけに見えるのか?」


「はい…女性です。赤い着物を着て…」青山の言葉が途切れた。幻影は既に消えていた。


「呼んでいるんだ」青山は低い声で言った。「彼女は私を中に呼んでいる…」


「危険だ」村瀬は彼の肩を掴んだ。「簡単に近づいてはいけない。」


その時、無線が鳴った。第二班の佐久間からの報告だった。


「第一班、聞こえるか?南側からも同様の亀裂を確認した。内部は繋がっているようだ。さらに…民間人が一人、内部に入ろうとしているのを発見。現在、説得中。」


「民間人?」村瀬は眉をひそめた。「誰だ?」


「名前は森田。この地域の歴史研究家だという。」


「森田教授!」青山は驚いて声を上げた。あの儀式の時に協力してくれた歴史研究家だ。


「知り合いか?」村瀬が尋ねた。


「はい、火の巫女の伝説に詳しい方です。」


村瀬は考え込むように顎に手を当てた。


「佐久間」無線に向かって村瀬が指示を出した。「その民間人を、私たちの待機場所に連れてきてくれ。話を聞きたい。」


「了解」


その間にも、周囲には続々と関係者が集まっていた。警察官、地質学者らしき人々、そして報道陣の姿も見える。青山たち消防団には、現場の安全確保と、必要に応じた救助活動が任された。


「加納」村瀬が指示を出した。「この亀裂の周囲に安全線を張ってくれ。誰も近づけないようにしたい。」


「任せろ」加納は頷き、他の団員に指示を出し始めた。


「副団長」青山は村瀬に近づいた。「私は中に入るべきだと思います。」


「何を言う」村瀬の声は厳しかった。「危険すぎる。」


「でも、私が『選ばれし者』なら…何か分かるかもしれません。あの巫女が何を求めているのか。」


「そんな理由で危険に飛び込むことは許可できない」村瀬はキッパリと言った。「命令だ。現場の安全が確認されるまで、誰も中には入らない。」


青山は反論しようとしたが、その時、突然の轟音と共に地面が揺れた。全員がバランスを崩す。


「なんだ!?」


振り返ると、亀裂がさらに広がり、内部から青白い光が強烈に放たれていた。そして驚くべきことに、亀裂の内側に見えていた石の扉が、ゆっくりと開き始めたのだ。


「全員、後退!」村瀬が叫んだ。


混乱の中、青山は亀裂からの光に目を奪われていた。光の中には、何かのシルエットが浮かんでいる。複数の人影…いや、人とは思えない形の何か。


「あれは…?」


開ききった扉の向こうから、青白い炎に包まれた人型の存在が現れた。しかし、よく見ると人間ではない。火そのものが人の形を取ったような姿だった。


「火の精霊だ!」青山は思わず叫んだ。「伝説にあった火の守護者!」


火の精霊は周囲を見回すと、突然、村瀬たちのいる方向に炎の手を伸ばした。


「危ない!」


青山は咄嗟に村瀬を突き飛ばした。次の瞬間、彼らがいた場所に青白い炎が降り注ぎ、地面が焦げた。


「おい、大丈夫か!?」加納が駆け寄ってきた。彼の手には特殊消火装置があった。


「なんとか…」村瀬が立ち上がる。「全員に警告を!これは通常の火災ではない!」


第一班の団員たちが集まり、この異常な敵に対峙する。加納は特殊消火装置を火の精霊に向けた。


「試してみる!」


装置から白い泡状の物質が噴射された。それは精霊に当たると、一瞬、炎が弱まったように見えた。しかし次の瞬間、精霊は怒ったように炎を燃え上がらせ、加納に向かって突進してきた。


「加納さん!」青山が叫んだ。


加納は身をかわし、危うく攻撃をかわした。


「効かないな」彼は息を切らしながら言った。「通常の消火方法では対処できない。」


「撤退するぞ!」村瀬が命令を下した。「現時点では対処不能だ!」


しかし、撤退しようとした時、青山は足が動かないことに気づいた。いや、動かないというより…動きたくないのだ。彼の内側から、何かが彼を引き止めていた。


「青山、何をしている!」村瀬が叫んだ。「早く来い!」


「行けません…」青山は震える声で答えた。「私は…ここにいるべきなんです。」


彼が言い終わらないうちに、火の精霊は突然、その動きを止めた。まるで青山を認識したかのように。そして、ゆっくりと彼に近づいてきた。


「青山!」村瀬が駆け寄ろうとしたが、精霊はまるで壁を作るように炎を上げ、他の人々を近づけさせなかった。


青山と精霊が向かい合う。恐怖はあったが、同時に奇妙な親近感も感じた。精霊は頭を傾げるような仕草をし、彼を観察しているようだった。


「あなたは…何を望んでいるんですか?」青山は声をかけた。


予想外にも、精霊は人間の言葉で答えた。声は炎のはぜるような音と共に、不思議と青山の心に直接届いた。


『選ばれし者よ…扉は開かれた…主が待っている…』


「主?火の巫女のことですか?」


『来たれ…真実を知るために…』


精霊は青山に背を向け、開いた扉の方へと歩き始めた。そして振り返り、まるで「ついてくるように」と促しているようだった。


「おい、青山!」村瀬の声が遠くから聞こえた。「何を話している?何が起きている?」


青山は迷っていた。精霊についていくべきか、それとも仲間たちと共に撤退すべきか。彼の使命感と安全への警戒心が激しく葛藤した。


その時、また別の緊急の無線が入ってきた。今度は第三班からだった。


「全班注意!東側でも同様の現象発生!火の精霊とおぼしき存在を確認!さらに…民間人三名が既に内部に入ってしまった!救助が必要です!」


「民間人だと!?」村瀬の表情が変わった。


青山は決断した。


「村瀬さん!」彼は叫んだ。「私はこの精霊についていきます!中に入った人々を救出するために!」


「青山、待て!危険すぎる!」


「でも、誰かが行かなければ!」青山は真剣な表情で言い返した。「私が『選ばれし者』なら、私しかできないかもしれない!」


村瀬は葛藤の表情を浮かべた後、深いため息をついた。


「…分かった。だが一人では行かせん。加納!」


「ああ」加納はすぐさま装備をまとめ始めた。「俺が行く。特殊装置も持っていく。」


「私も行きます」


振り返ると、いつの間にか白石が駆けつけていた。彼は救急バッグを肩にかけ、決意に満ちた表情をしていた。


「白石?いつ来た?」村瀬は驚いた様子だった。


「今です。第三班に配属されていましたが、この方角で何か起きていると感じて…」彼の目には不思議な光があった。「私も行かせてください。救護が必要かもしれません。」


村瀬はしばらく考えた後、頷いた。


「三人で行け。だが、絶対に無線連絡を絶やすな。危険を感じたらすぐに引き返せ。三十分以内に連絡がなければ、救助隊を送る。」


「はい!」三人は声を揃えた。


青山、加納、白石の三人は精霊に向き合った。不思議なことに、精霊は静かに待っているようだった。


「行きましょう」青山は二人に言った。「何があるか分かりませんが…一緒に真実を探りましょう。」


加納は特殊装置を背負い直し、白石は医療バッグをしっかりと持ち、三人は揃って扉へと向かった。精霊は先導するように前を歩いていく。


彼らが扉をくぐる瞬間、青山の耳に村瀬の声が届いた。


「無事に戻ってこい…全員だ。」


そして三人は、磐梯山の中に突如として出現した不思議な「ダンジョン」へと足を踏み入れた。青白い光に包まれながら、未知の世界へと歩を進める。扉の向こうには、長い廊下が続いているのが見えた。壁には古代の文字のような模様が刻まれ、青白い炎が燃える松明が並んでいる。


まるで別世界に迷い込んだかのような光景だった。


「なんてこった…」加納が呟いた。「本当に『ダンジョン』じゃないか。」


「これが…火の巫女の世界なのね」白石の声は震えていた。


青山は深呼吸して、二人に頷きかけた。


「進みましょう。答えはきっと、この先にある。」


彼らの冒険は、始まったばかりだった。


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