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第2話

「ダンジョン?」


青山が聞き返す間もなく、団長の力強い声が詰所内に響き渡った。


「全員集合!」


高倉団長は詰所の中央に立ち、厳しい表情で団員たちを見渡していた。


「状況を説明する。約三十分前、磐梯山の北西斜面に巨大な亀裂が発生した。亀裂からは異常な熱気と煙が立ち上っており、地元メディアは噴火と報道しているが、気象庁の観測では火山性の兆候は見られていない。」


団長は大きな地図を広げた。


「問題の場所はここだ。」


団長が指し示したのは、まさに「火の巫女」が封印されていたという「炎の祠」があった場所だった。青山は息を呑んだ。


「気象庁や専門家が現場に向かっているが、我々消防団にも救助と現場確保の要請が来ている。特に、周辺で遭難した登山客がいる可能性があるため、捜索と救助を最優先に行う。」


団長はさらに詳しい指示を出し始めた。


「第一班、村瀬副団長の指揮で北側から接近。第二班、佐久間班長の指揮で南側から。第三班は私が直接指揮し、東側から進む。各班とも、常に無線連絡を維持すること。不明点はあるか?」


団員たちが黙って首を振る中、青山は手を挙げた。


「はい、青山」


「団長、この現象と…先日の儀式は、関係あるのでしょうか?」


一瞬、詰所内が静まり返った。


「可能性は高い」団長は重々しく答えた。「だからこそ、我々は慎重に行動しなければならない。特に、君のような『選ばれし者』は…」


「私は行きます」青山は決然と言った。「責任を感じています。」


「分かった」団長は頷いた。「だが、無理はするな。君は第一班、村瀬の指揮下に入れ。」


指示が終わると、各班は急いで車両に分乗し始めた。青山は第一班の消防車に向かう途中、白石乃絵と目が合った。彼は救急担当として、医療バッグを肩にかけていた。


「青山くん、大丈夫?」彼の声には優しさと心配が混ざっていた。


「はい…なんとか」青山は無理に笑顔を作った。「白石さんこそ、気をつけて。」


「ええ、もちろん」彼も微笑んだが、その目は真剣だった。「あの…もし何か感じることがあったら、すぐに教えてね。あなたは特別だから。」


白石の言葉に青山は頷くしかなかった。かつては科学的思考を誇りにしていた彼だが、今や「特別」と呼ばれる存在になっていた。その重みを、彼は肩に感じていた。


第一班の消防車に乗り込むと、村瀬副団長が運転席の隣に座り、すぐに無線を手に取った。


「本部、第一班出発します。現在の状況は?」


「第一班、了解」本部からの声が響く。「現場近くの温泉街で避難誘導が始まっています。地元警察と連携して、安全確保に努めてください。」


「了解」


村瀬は無線を置くと、座席を回して後ろの団員たちを見た。青山のほか、加納壮馬、中村、そして他に二人の団員が乗っていた。


「みんな聞け」村瀬の声は落ち着いていたが、その目は鋭かった。「現場は通常の災害とは違う可能性が高い。先日の火災のように、未知の現象が起きるかもしれない。常に警戒を怠るな。」


「はい!」全員が声を揃えた。


「特に加納」村瀬は年配の技術担当を見た。「君の特殊装備が必要になるかもしれん。準備はいいか?」


「心配するな」加納はいつもの渋い声で答えた。ベンチの下には、彼の手作りの特殊消火装置が収められていた。「何が出てきても対応できる。」


消防車は猛スピードで山へと向かっていった。窓の外では、人々が磐梯山を指さし、中には荷物を持って避難する姿も見える。パニックはまだ起きていないが、空気は緊張感に満ちていた。


「村瀬さん」青山は声をかけた。「あの儀式は失敗だったんでしょうか?」


副団長は少し考えてから答えた。「必ずしもそうとは言えない。封印は更新されたかもしれん。だが、何か他の力が働いているのかもしれない。」


「他の力…」


「そういえば」中村が割り込んだ。「最後の瞬間、青山は何か見たんだよな?巫女が何か語りかけてきたって。」


青山は黙って頷いた。あの時、儀式の最中に火の巫女が彼の心に語りかけてきたこと。『私は悪くない』『彼らは私を裏切った』という言葉。そして彼が見た、百年前の村人たちに囲まれ、恐怖に震える若い女性のビジョン。


「私は…最後の瞬間に、封印の言葉を完全に唱えませんでした」青山は罪悪感を込めて告白した。「巫女の言葉に、何か真実があるように感じたんです。」


村瀬の表情が変わった。「何だって?」


「すみません…」青山は頭を下げた。「でも、あの儀式には何か間違いがあったと思うんです。巫女は単に悪者として封印されたわけではなく…」


「青山」村瀬は厳しい声で遮った。「君の判断が今回の事態を招いた可能性もある。だが今は責める時ではない。ただ、現場では特に注意してほしい。君が『選ばれし者』である以上、何か特別な現象を感じるかもしれない。」


「はい…」


村瀬の言葉は厳しかったが、その眼差しには心配の色も浮かんでいた。青山は改めて自分の置かれた状況の重大さを実感した。


「地獄に胃薬、青山」加納が突然、彼の肩を叩いた。「自分を責めるな。何が起ころうと、俺たちはチームだ。一緒に乗り越える。」


その古風な表現に、緊張した車内で小さな笑いが起きた。


「加納さん、それ『地獄に仏』じゃ…」中村が指摘しかけたが、加納の鋭い視線で言葉を飲み込んだ。


「どっちでもいいんだよ」加納は不機嫌そうに言った。「意味が通じりゃ。」


この小さな和やかな瞬間も束の間、無線から緊急の声が飛び込んできた。


「全班注意!現場からの新たな情報です。亀裂が拡大し、内部に…洞窟のような空間が見えるとの報告が入りました。接近する際は最大限の注意を!」


一同は顔を見合わせた。洞窟?まるで本当に「ダンジョン」が出現したかのようだ。


「洞窟だって?」中村が声を上げた。「磐梯山にそんな大きな自然洞窟があったなんて聞いたことないぞ。」


「なかったんだ」村瀬が冷静に言った。「少なくとも、昨日までは。」


消防車は山道をさらに上っていった。カーブを曲がると、突然、彼らの目の前に驚くべき光景が広がった。


「なんてこった…」


誰かが息を呑む声が聞こえた。


磐梯山の斜面には、まるで山を切り裂いたかのような巨大な亀裂が走っていた。亀裂の周囲からは青白い煙が立ち上り、不気味な光が内部から漏れている。そして亀裂の中は…確かに洞窟、いや、それ以上の何かに見えた。人工的に作られたかのような石の構造物が、うっすらと見える。


「あれは…入口なのか?」青山は思わず呟いた。


「扉だな」加納が眼を細めて言った。「巨大な石の扉のように見える。」


村瀬は無線を取り、本部に現場の状況を報告した。その後、彼は命令を下した。


「降車して装備を確認。加納、特殊装置の準備を。中村と山下、避難していない住民がいないか周辺を確認してくれ。青山と岡田は俺と共に前進観察を行う。」


全員が素早く車を降り、指示通りに動き始めた。青山は村瀬と共に、安全距離を保ちながら亀裂に近づいていった。ハンディカメラを手に、状況を記録する。


「副団長、あれを見てください」青山は亀裂の周囲の地面を指さした。


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