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第3話 継がれし鍵

 図書館での出来事から数日後、私は教授の研究室に呼び出された。陽光の差し込むその部屋には、すでに数人の研究者たちが集まっていた。


円卓の上には、新たに発見された古文書が広げられている。羊皮紙よりもさらに古びた素材に、見たこともない記号と模様が描かれていた。


「来たね。君には、ぜひこのチームに加わってもらいたかった」


教授が私を見るなり微笑んだ。その隣に立っていた、見慣れない女性が小さく会釈する。


「助手の高峰(たかみね)だ。今回の発掘でこの文書を見つけたのは彼女だよ」


「はじめまして。あなたの解読の話、教授から何度も伺いました。すごいですね、本当に……未来を変えるなんて」


「いえ、まだ実感がありません。ただ、あれが現実だったのか夢だったのか…今でも分からなくなる時があります」


私はそう答えながら、新たな古文書に目を落とした。その瞬間、心臓がわずかに跳ねた。前回の暗号に使われていた記号と酷似した図形が、文書の一部に見えたのだ。


「これ……間違いなく、同じ文明のものです」


「うむ。だが今回は、単なる警告ではないようだ。これを見てくれ」


教授が指差したのは、文書の中央に描かれた複雑な螺旋らせん模様だった。それは、幾何学と文字が融合したような、不気味な美しさを放っていた。


「この螺旋は“記録された未来”と呼ばれている。暗号を解けば、未来の具体的な出来事が分かるかもしれない」


「……未来を“知る”ということは、逆に選択の責任を負うことになるということですね」


高峰が口を開いた。真剣な瞳が、その重さを語っている。


教授がうなずく。


「そうだ。今回は、“未来を変える”のではなく、“選ぶ”段階に入るのかもしれない。だからこそ、君たちの力が必要なんだ」



翌日から、私たちは共同での解読作業に取り掛かった。


文書は、前回よりもさらに難解だった。図形が立体的な意味を持ち、ある記号は時間の経過を、またある記号は地理的な情報を示していた。まるで、三次元の地図と歴史書が一体になったような構造。


研究室のホワイトボードには、記号と意味の対応表がずらりと並ぶ。高峰は視覚的なパターン解析に長けており、私は言語的な構造の分析を担当した。時折、他の教授たちが意見を交わし、議論が熱を帯びる。


「この記号列、"流転"を意味する可能性があります。つまり、未来がひとつじゃないと示しているのでは?」


「もしそうなら、この“螺旋”の分岐点が運命の分かれ道…!」


高峰が目を見開いた。教授が静かにうなずきながら、椅子から立ち上がる。


「全体が示しているのは、“ある決断によって世界が変化する”こと。そして──この未来図の最後には、ひとつの地名が浮かび上がっている」


教授が手元の資料を示した。


「“神影山かみかげやま”。この国に実在する、古代の遺跡が眠る場所だ」


私は背筋がゾクリとした。何かが、そこにある。前回の図書館のような“臨界点”が。


「つまり、そこへ行く必要がある……ということですね」


「そういうことだ。調査チームを編成しよう。現地での調査と、文書の暗号解読を並行して進める」


高峰が顔を上げる。


「私、行きます。現地で解析しないと、分からないこともあるはずです」


「私も行きます」


迷いはなかった。あの五分後の体験が、私を変えていた。


教授が満足そうに頷いた。


「では、準備を始めよう。未来は待ってはくれないからね」



数日後、私たちは神影山に向かった。新たな遺跡、さらなる暗号、そして未だ知らぬ未来が、そこに待っている。チームの一員として、私は今度もその中心に立つだろう。


なぜなら――私はもう、「ただの研究者」ではないのだから。



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