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第10話 前ばかり見ていると足を救われることがある

ダンジョン 第二階層──草原地帯  


 階段を下りた先も、一階層と同じく広大な草原が広がっていた。  


 だが、一つ違うのは──  


「……草が、やたらと背丈が高いな。」  


 一階層と比べて、草の背丈が大きくなり、視界が悪くなっている。 


「死角からの攻撃に気をつけろよ。」  


「このぐらいなら、貴方が焼き尽くしてくれればいいのに?」  


「はぁ……そんなことしたら魔力の無駄だろ。」  


「貴方なら余裕でしょ?」  


 したり顔でルミナが俺を見てくる。  


 ──なんだろう、この無性に腹が立つ顔。  


 ルミナの言う通り、俺は人より魔法の才能がある。  

 特に炎魔法と風魔法を得意とし、初級魔法だけでなく上級魔法まで扱うことができる。  


 だが、その分、味方がいると自由に魔法を発動できない。  

 それが原因で、俺はソロで冒険者をしていたのだ。  



 草を掻き分けながら進んでいると、前方からモンスターの気配がした。 


「……この視界の悪さは厄介だな。」  


 見通しをよくするため、ここら一帯の草を刈るか。ルミナの言う通りに動くのは癪なので炎魔法ではなく風魔法を使う。 


『風初級魔法―――――――鎌鼬』



 音もなく何十もの風の刃が全方位に放たれ、周囲の草が一気に切り裂かれる。  


 【風初級魔法Lv4】で習得できるこの魔法は、使い勝手が良く初級魔法なので即座に発動でき、こういう状況で重宝する。 


 視界が開けたことで、敵の姿がはっきりと見えた。  



「……スライムか。それにでかいな」  


 ドロっとした半透明の体。  


 周囲の草が溶けていることからして、体液は強い腐食性を持っている。  


「これはラージスライムか。」  


 通常のスライムより何倍も大きく、耐久力が高い個体だ。  


 スライムは柔らかい体を持ち、斬撃が効きにくい。  

 おそらく、さっきの鎌鼬が直撃しても死ななかったのは、そのせいだろう。  


「私、スライム苦手だわ。剣での攻撃が効きにくいし、何より、あまり剣で攻撃すると剣が傷んじゃう。」  


「分かってる。ここは俺がやる。」  


 スライムの対処法は、簡単だ。  


「──焼き尽くせばいい。」  



『炎初級魔法――――――炎牢』 


 ──ボゥッ!!  


 炎がスライムの四方を囲い、逃げ道を塞ぐ。そしてそれが球上になりスライムを完全に閉じ込めた。  


 炎牢は、相手を炎の檻に閉じ込め、燃え尽きるまで逃がさない初級魔法の中でも凶悪な魔法だ。  


 グボォォォ……!!  


 スライムはのたうち回るが、抵抗すら許されない──  


 ──やがて、塵一つ残さず燃え尽きた。  



「おお、流石ね。」  


 ルミナが軽く拍手をしながらニヤリと笑う。  


「"炎滅の魔法士"と呼ばれただけはあるわね?」  


「……昔のことだ。それに、俺はその小っ恥ずかしい呼び名を許可した覚えはない。」  


「呼び名なんて、勝手につけられて勝手に広がっていくものよ?」  


 ……本当に腹立たしい同僚だ。  


 昔の黒歴史をわざわざ持ち出してくるなんて。  


 こいつと一緒に仕事をしていると、ストレスが溜まってしょうがない。 ……さっさと調査して、帰るとするか。  



 ダンジョン 第十階層──迷宮守護者ダンジョンボスの間  




「……ここが、十階層のボス部屋か。」


 何事もなく調査が進み、ついに階層守護者の部屋の前に辿り着いた。  


 ──ダンジョンでは、迷宮を守るように強力なモンスターが配置されている。  

 それを、俺たちは「迷宮守護者ダンジョンボス」と呼んでいる。  


 迷宮守護者ダンジョンボスを倒さなければ、迷宮を攻略することはできない。  


 ──しかし、ここまでのモンスターを見ている限り、ほとんどがE級の雑魚ばかり。 迷宮守護者ダンジョンボスも、せいぜいD級……強くてもC級といったところだろう。


   だが、ぬぐえない違和感がある。



「……おかしいわね。」


 ルミナが、不審そうに呟く。俺と同じことを考えていたようだ。  


「……ああ、こんなところで冒険者パーティーが二組も行方不明になるとは思えない。」  


「もしかしたら、もっと先の階層があって進んだところで死んだのかも?」  


「いや、それはないだろう。この迷宮はまだ出来たばかりだ。何十階層もあるほど成長しているとは思えない。加えて一日に進める距離には限りがある。」  


 俺は頭を振った。  


「それに、彼らは食料を数日分しか持っていなかったと門番も言っていた。さらに先に進んだとは考えにくい。」  


「……てことは、この迷宮守護者ダンジョンボスにやられたってことね。」  


「あぁ。」  


 ルミナと顔を見合わせる。  


「……気を引き締めていくぞ。」  




 ダンジョンのボス部屋は特殊な魔力場に包まれている。  

 そのため、事前に魔法を発動したり、バフをかけたりすることはできない。

 部屋に入る瞬間、全ての魔力が打ち消されるからだ。  


「念のため、帰還石テレポーターは準備したか?」  


「えぇ、ちゃんとあるわよ。」  


「いざという時は、迷わず使え。」  


 ──帰還石テレポーター。 


 これは、二つで対になっているアイテムで、片方を砕くと、もう片方がある場所へ即座に移動テレポートすることができる。  


 命の保証がないダンジョン探索では、保険として必須の道具だ。  


 ──だが、なぜだろう。  


 準備は万全なはずなのに……  


 この胸に残る、嫌な予感は何だ?


「……大丈夫か?」 


「何よ、怖気づいた?」  


「いや……ただの勘だ。」  


 そう言いながら、俺は深く息を吸い込む。  


 覚悟を決めて、大きな扉を押し開いて中に入った。 そして…………




















 その瞬間、  


 目の前が真っ赤に染まった。  


 何が起きたのか、理解する間もなく──  


 ──俺の意識は、そこで途絶えた。

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