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第4話 宇宙軍士官は大地に降り立つ


「二千年前というのにも信憑性を帯びてきたなぁ」


 アルトの目の前を旧時代の遺物のような自動車が通り過ぎていった。すれ違う者達の服装もアルトの知るものとは大きく違う。


 戦艦アリアドネをアリアに任せ、アルトは艦載機『偵察用垂直離着陸機ステルスV T O Lトアース9』で地球へ降下。機体を海中に隠し海から極東の島国に上陸した。


「ちょっと大袈裟な装備だったかな?」


 深夜ながら街中にはまばらながら人通りもある。先程から通行人とすれ違う度にじろじろと見られていた。それと言うのもアルト達の恰好のせいである。


 戦闘用宇宙服space combat suit――高い防弾・防刃性能に加え耐衝撃性や耐熱性があり、宇宙遊泳まで可能にした優れものだ。


 この時代の人間から見ればライダースーツにゴテゴテと装備を携帯したような感じだろうか。


「仕方ありません。どんな危険があるかわかりませんでしたので」


 アルトの隣を歩くAIドールアリアドネもまた同じ格好である。もっとも、彼女は服装よりもその美貌で目立っているようだが。


不可視invisibleモードに変更しますか?」


 宇宙服には外部からほぼ見えなくなるステルス機能も搭載されている。ただ、補給路を確保できていない現状でアルトはエネルギー消費を嫌ったのだ。


「ここで姿を消した方が騒ぎになるよ」


 どこにエネミーが潜んでいるとも限らない。目立つ行為は避けるべきだ。


「それよりアリア、ポイントH-1へ急ごう」

「イエス、マスター」


 しかし、言葉とは裏腹にアリアは立ち止まってアルトの腕を掴んだ。


「ですが、私はアリアではなくシスです」

「ああ、ごめん。シスはアリアと全く同じ顔なんでついね」


 この銀髪のアリアドネはNo.6で、最初にアルトを起こしたアリアとは別個体である。


 AIドールアイドルは髪や瞳の色などに多少の違いはあるが、基本的に同じ顔で区別がつかない。しかも、全員『アリアドネ』だ。そこでアルトがそれぞれに名前を付けた。


「シスもボクみたいに顔も変えれば良かったんだよ」


 別の少女がアルトの腕に抱きついた。


 こちらは茶髪のショートヘアの似合う美少女。No.8改め『ユイ』。アリアやシスとは全く違う顔だが彼女もAIドールである。


「整形を強要して済まない」


 ユイはアルトの護衛用に戦闘特化型へと改修チューニングした。その際に容姿も変えたのである。


「君達みたく同じ顔の美人がいたら目立つからね」

「ぜんぜん問題ないよ」


 ユイは他の個体とは違いノリがかなり軽い。同じ戦艦アリアドネのメインフレームに属するAIでも性格に差は出るようだ。


「この顔は気に入ってるしね」

「……何でその顔を選んだわけ?」


 アルトの問いにユイがクスッと悪戯っぽく笑う。


「アルト好きでしょ、この顔?」


 当然である。アルトの好みど真ん中だ。なんせユイの顔はアルトの想い人ナミと髪色以外はそっくりなのだから。


「ユイ、不謹慎ですよ」

「シスはマジメすぎ〜」


 この二人はどうにも性格は正反対のようで衝突ぎみである。前途多難な気がしてアルトはため息を漏らした。


「とにかく急ごう、日が明けてしまう」


 ただでさ目立つ格好なのに、絶世の美女のシスとかなり可愛いユイは嫌でも人目を引く。人通りが増える前に行動しなければ。


 三人は夜の闇に溶け込んだ。


 アルトはシスを抱えて走る。その後ろからユイが続いた。三人が向かうのは降下中に集めた地表データから割り出した廃屋。屋上に『美鷹市民病院』と薄汚れた看板が取り残されている。


 三人は警戒する事なく建物内へと侵入した。着水前に日本の各地に飛ばした偵察用ドローンの一つを建物内へ送っている。今もリアルタイムで中の映像を見て、安全面に問題はないのは確認済みだ。


「最上階の一室を偽装しよう」


 昇降口から侵入し、アルトは上を目指す事にした。


 見上げれば踊り場まで十五段ほど。シスを抱えアルトは階段をトントンと二歩で一足飛びに昇り、壁を蹴って方向を変えると同様に昇っていく。最上階の七階まで二十秒とかからない。驚くべき身体能力だ。


 アルト達は回廊に出るとスタッフステーションの横を抜け、適当な病室を選び中の状態をチェック。


 四人部屋のようで、ぼろぼろのベットやチェストが四つずつ取り残されていた。


「ここなら広さも申し分ないかな?」

「そうですね」

「良いんじゃない?」


 アルトとユイがベッド類をヒョイヒョイ担いで片付け、空いたスペースにシスが取り出した球体を置いた。すると球体が広がり大きなリング状となる。


 ——転送門Trans Gate


 この門は時空の距離軸を歪め離れた所にある門と繋げられる。それにより物資のやり取りを可能にした短距離専用輸送ゲートだ。


 短距離用と言っても地球から月までは余裕で有効範囲内である。ただし、これで生物は送れない。動物実験では門を通った生物はみな生きた屍と化す。まるで魂だけ抜け落ちたように、生命活動は残したまま動かなくなるのだ。


「アリアドネと直結リンクしました」

「アリアにベースキャンプ用の物資を送るよう伝令」

「イエス、マスター」


 シス達AIドールアイドルは戦艦のメインフレームを介して繋がっている。すぐさまアルトの指令は伝わった。ゲートのリングから光の柱が立ち昇り、中から武器や装備類の他に必要な機器類が送られてくる。


「ユイは部屋の片付けと偽装を手伝って」

了解ラジャーアルト」

「シスはネットから現在の地球の状況を調査してくれ」

「イエス、マスター」


 アルトとユイは物資を整理すると病室から出て扉を偽装工作した。一見すると壁にしか見えず、露見しても入室するのに生体認証を必要とする。もっとも、扉を物理的に破壊されればそれまでだが。


「マスター、一次調査を終了致しました」


 全ての偽装を終え部屋に戻るとアルトを直立不動のシスが出迎えた。


「報告をお願い」

「ネット上の情報を精査した結果、我々の持つ情報と一部の齟齬を認めますが、ここは92.53%で過去の地球で間違いありません」

「それじゃあ、ここは本当に二千年前の地球なんだ」

「正確には西暦二千五十年五月三十日の地球です」


 ——西暦二千五十年


 アルトはその年に覚えがあった。


「確か『資源枯渇宣言』が表明された年じゃなかったっけ?」


 ——『資源枯渇宣言』


 それは人類の歴史の重要な分岐点ターニングポイント


 総人口百億を超えた地球は資源もエネルギーも尽きかけていた。だが、それを克服する劇的な技術革新が起きたのである。この大きく前進した科学力のおかげで、人類は地球を飛び出し太陽系の他惑星へと移住を始めるのだ。人類が銀河系を支配するのに必要な通過点だったと考えられている。


「イエスマスター、西暦二千五十年四月十一日の出来事です」

「よりによって……」


 資源が枯渇し始めているのであれば、目的としている必要な物資を得られない可能性がある。


「しかし、幾ら調べても資源枯渇宣言がなされた痕跡は見つけられませんでした」

「じゃあまだ資源が潤沢なんだね?」

「いえ、歴史どおり世界的に資源は年々枯渇傾向に


 矛盾に満ちたシスの報告にアルトは混乱した。いや、シスは「ありました」と過去形で言ったではないか。


「もしかして既に地球は他惑星への移住技術を確立したの?」


 アルトの顔が明るくなる。


 もしそうなら朗報だ。それほど科学力が進んでいればアリアドネの修理に必要な部品も手に入る可能性がある。


 だが、シスは首を横に振った。


「いいえ、地球上に資源を採掘できるようなのです」

「生まれた?」


 こくりと頷いたシスは調べた事実を淡々と述べた。


「ダンジョンです」


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