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第3話 宇宙軍士官は決断する

「あり得ない!」


 それは到底信じられる話ではなかった。


「タイムトラベルなんて不可能だ」

「ですが天体観測の結果、あれは間違いなく二千年以上前の地球です」


 しかし、AIのアリアは分析結果だけを淡々と提示する。


「それに、四次元時空Four-dimensional時間軸固定跳躍航法space-time axis fixed jump navigationも一種のタイムマシンです」

「確かに理論上では時間軸を遡行すれば過去へと戻れるけど、現在の段階で成功した例は聞いていない。それに可能であっても俺達の時間も巻き戻されるはずだろ?」


 時間軸を固定するからワープ中は歳を全く取らない。逆にここで時間軸を大きくプラスに移動させると一瞬で時間が経過する。その場合は人も同じだけ歳を取ってしまう。実際、ワープから出てきた時に若者が老人になっていたという事故も発生していた。


 つまり、逆に時間軸を遡行すれば、それだけアルト達の時間も逆行する。二千年前ともなればアルトは胎児を通り越して存在が消えてしまうはずなのだ。


「しかし、目の前に二千年前の地球があるのは事実です」

「本当にあれは地球なの?……いや、そもそも地球であっても二千年前である証拠はまだ無いよね?」

「お疑いになられるなら中尉の目で直接ご確認されてはいかがでしょう」

「確かめるって……どうやって?」

「無傷の艦載機V T O Lが残っておりますので地表へ降りれば良いかと」

「敵の罠かもしれないのに?」


 アリアの提案にアルトは難色を示した。映像の惑星が地球ならば問題はない。だが、実は偽物フェイクで地上に降りた途端、エネミーに囲まれたら一貫の終わりである。


「どのみち補給が早急に必要ですから降りねばなりません」

「早急に?」


 アルトは首を捻った。


 宇宙船は酸素、水、食料など再利用リサイクル率は百%近い。ましてアリアドネの様な宇宙戦艦は内部に生産プラントもあり、戦闘さえなければ数年以上補給なしで航行可能である。


「損傷を受けたメイン動力部からの電力供給が著しく低下しています。リサイクル機関や生産プラントの機能が大幅ダウンするのは否めません」

「リサイクル機関と生産プラントを優先しても無理?」

「不可能ではありませんが、医療区画で治療中の負傷者を見捨てなければなりません」


 ただでさえ多くの同胞を喪ったばかりである。当然そんなのは却下だ。


「それに艦損傷部から物資がかなり流出してしまいました。彼らの損傷部位を再生するのに水とタンパク質が圧倒的に足りません」

「そんなに重傷なの?」

「比較的軽症のナミニーチェ・リエン特務准尉でも四肢や臓器に欠損があり、ナノポッドで鎮静セデーションしておます。他の者は低体温下による仮死状態で維持する他ありませんでした」


 予想以上に悪い状況にアルトは低く唸った。


「それに中尉が明日を生きる為のパンとワインもご用意できません」

「人はパンのみにて生きるにあらず、と言っても餓死したら意味がないもんなぁ」

「最悪、生産プラントだけでも修理できれば状況は好転するのですが」


 好転と言うより多少マシになるだけだろうとアルトは内心で苦笑いしたが、それを口にしても詮なき事。


「どのみち、あの惑星への降下は避けられないか」

「我々AIドールアイドルもサポート致します」

「AIドールは生きてるの?」

「現在、No.12の私を含め八体が稼働中です」


 アルトは少しだけホッとした。友軍の援護を得られない状況下で単独行動は、厳しい訓練を受けてきたアルトにとっても耐えがたい。ましてやこんな訳の分からない事態に陥っているのだから尚更だ。


「それではアリア、君を司令塔として他七人を指揮してくれ」

「了解致しました」


 アリアは右手を挙げて敬礼する。


「これよりカリラ級戦艦アリアドネ所属航行支援用次世代型AIエージェント『アリアドネ』No.12以下八名、アルト・イーデン中尉の指揮下に入ります」


 アルトは頷くと外部映像に視線を戻した。そこに映し出されているのは青い惑星とそれを周回している灰色の衛星。


 あれが地球なら衛星は確か『月』だったなとアルトは思い出した。


「本艦は月裏側に停留」


 眼前に美しい姿を誇示する青い惑星。そこではエネミーが罠を張ってアルトが来るのを待ち構えているかもしれない。


「その後、俺は艦載機で地球へ降りる」


 それでもナミや戦友を救う為に、アルトは決意したのだった。


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