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第2話 宇宙軍士官は遭難する


 竜骨キール区画に入ったアルトはアリアと並んでぶらぶらと歩いていた。


「それでナミ……リエン准尉はまだ来ていないみたいだけど?」

「今こちらへ向かっております」

「ふーん」


 アルトは素っ気なく返した。


「中尉との任務と知って、いそいそ身支度されておられたとNo.6からの報告でしたよ」

「えっ、ホント?」

「それはもう嬉しそうだったと」

「へぇ、そうなんだ」


 どうやら好きな女の子が自分に好意を抱いているみたいだ。アレンはニマニマを隠せない。そんなアレンにアリアは呆れの目を向けた。


僭越せんえつながら申し上げます」

「うん?」

「どうして中尉はリエン准尉に告白されないのですか?」


 核心を突かれアレンがウッと胸を押さえた。


「告白の成功する確率は85%を超えていますよ?」

「それって15%はフラれるって事だよねぇ!?」

「ですが何もしなければ確率はゼロです」


 正論である。正論ではあるが、だからと言って簡単に勇気が出ないのが人情。AIのアリアには理解不能なところだ。


「そうなんだけどさぁ。やっぱり物事には順序ってものが——わぁっ!?」


 その時だった——ドカンッ!


 大きな爆発音と激しい振動がアルト達を襲った。二人は盛大に吹き飛ぶ。


「はっ!」


 あわや壁に激突するところでアルトは空中でくるりと回転して壁を蹴り、アリアを抱き止め床に着地した。あまりに人間離れした動き。


「ありがとうございます」


 アルトの腕の中で礼を述べたアリアは、さすが生体強化された連邦軍兵士だと感心した。


「いったい何事?」

「何か船外から強い衝撃が」

「時空間内で攻撃?」


 あり得ない。


 四次元時空内は時間軸による無限の可能性が存在する。同じポイントであっても時間軸がコンマ一秒違うだけで物体は重なり合わない。


 つまり時間軸がズレていれば攻撃は決して当たらないのである。敵から見れば戦艦アリアドネはそこにあってそこにはいないのだ。


「いえ、攻撃ではなく何か大きな衝撃波のようです」

「時空震?」

「分かりません。ですが、今ので本艦は甚大な損傷を被りました」


 竜骨キールは船体を維持する重要な区画の為、とても頑丈かつ耐衝撃性も高い。それのおかげでアルトとアリアは怪我一つ負わずに済んだ。しかし、他の区画は違う。


竜骨区画ここ艦橋ブリッジ、メインフレーム区画はほぼ無傷ですが、動力部、艦砲統制システム大破、格納区画は中破ですがほとんどの艦載機が船外に流出……」


 次々にアリアが述べる報告を聞き、想像以上の被害にアルトは頭が真っ白になった。


 もはやアリアドネは戦艦としての機能を維持できていない。こんな所をエネミーに襲撃されれば抵抗もできずなぶり殺しだ。


「最もまずいのは休眠区画です」


 休眠区画はワープ中にコールドスリープする為の生命維持装置L. S. S.ポッドがある——つまりアルトが先程までいた場所だ。


「まさかみんなは!?」

「全ての休眠区画が大破しました。残念ですが休眠中の乗員八百六十名は全滅です」

「そんな……」


 アルトはくらりと眩暈で倒れそうになる。共に戦ってきた戦友達を一瞬で失ったのだから無理もない。


「当番だった者は?」

「ここ以外の衝撃は尋常ではなく、壁への激突が免れなかったようです」


 耐衝撃性に優れた竜骨キール区画にいたアルト達もあわや大怪我を負うところだったのだ。通常の区画にいた者は受け身も取れなかっただろう。


「当番のクルーは中尉の他に十八名。八名は即死、十名が重症です」

「くそったれ!」


 思った以上に事態は悪い。さすがのアルトもできれば全て放り出して逃げたい気分になった。


「イーデン中尉、あなたが現在本艦の最上位士官です。ご命令を」


 だが、状況がそれを許してはくれなかった。


「重傷者をすぐに医療区画に搬送!」

「既にAIドールアイドルを派遣して医療区画に搬送中です」

「損傷部は隔壁閉鎖!」

「各区間で火災発生」

「すぐに消火活動スプリンクラーを、無理ならブロックごとパージしてもいい」


 とにかく一つ一つ対処する他ない。アリアの報告に指示を出しながらアルトは艦橋ブリッジへ向かった。


「既に通常空間にワープアウトしてたんだ」


 艦橋の大型モニターに映し出される周囲の映像にアルトは緊張した。アリアドネは戦闘不能である。もしここのエネミー艦がいたらひとたまりもない。


「追跡中の敵艦影は?」

「ありません」


 最悪の事態は免れたようでアルトはホッとした。しかし予断を許さない。もう少ししたらこの場に出現する可能性がある。


「アリアドネをここから動かすのは可能?」

「艦制御補助機関バーニアは生きておりますので移動だけなら可能です」

「何処か隠れる場所を探しつつ現在位置を照会」

「照会不能」

「はあ?」


 銀河中に張り巡らされた四次元時空ネットワークによりGPSを使えば、何処にいようと現在位置の特定は可能なはずである。


「ネットワークの存在を確認できません」

「それじゃここは天の川銀河系の外?」


 エネミーは他の銀河系から来たと考えられている。彼らを追っていたのだからその可能性は高い。


「いえ、ここは間違いなく天の川銀河系です」


 だが、アリアの回答はアルトの予想を遥かに超えるものだった。


「こちらをご覧下さい」

「これは?」


 アルトも目の前の空間に映像が浮かぶ。それはどこか見覚えのある青い惑星だったが、アルトはすぐに思い出せず回答を求めるようにアリアを見た。


「地球です」

「地球だって!?」


 それは銀河にあまねく人類の発祥の地。アルトのような植民星系出身者にとっても母なる聖地である。


「だけどネットワークが無いって言ったじゃないか」

「はい、ここは太陽系ですが、四次元ネットワークが構築されておりません」


 アリアが美しい銀色の瞳を真っ直ぐアルトに向ける。そして、次に彼女の口から出た内容はアルトにとって衝撃的なものであった。


「何故ならあれは二千年以上前の地球ですから」


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