無限に広がる漆黒の
その広大な
無数に光り輝く満天の
その
激しく行き交う砲火、被弾し轟沈する戦艦、爆散する艦載機。しかし、どんなに激しくとも宇宙空間の戦闘には音はない。
ただ光の明滅があるのみ。何とも味気ない。しかし、その光一つ一つの中で敵味方関係なく幾百、幾千もの命が散っていく。
この戦争は太陽系から銀河バルジを挟んで六万光年ほどの対局の位置にある、ドース恒星系で繰り広げられていた。
戦っているのは銀河連邦宇宙軍と銀河系外よりの侵略者エネミー軍。
人類が太陽系を飛び出してから千年余り。人類は銀河全域に版図を広げた。ところが突如としてエネミーが銀河系外より飛来。圧倒的物量と高い戦闘力でエネミーは次々に植民星系を侵略していった。
数百年にも及ぶ攻防の末、銀河の大半を失い危機感を覚えた人類は一つとなり銀河連邦統一政府を樹立。銀河連邦宇宙軍を組織し反転大攻勢に出た。
その結果、数百年の時をかけて人類は多くの植民星系を取り戻しつつある。今もまたドース恒星系からエネミーを叩き出し、植民星系を一つ取り戻したところだ。
それも間もなく人類の完勝で幕を閉じそうである。と誰もが思った矢先、一隻のエネミー艦が戦線を離脱した。
今までとは違う行動パターンを怪しみ、軍上層部は追跡作戦を発令。その白羽の矢が立ったのは高い追跡能力と船速に特化したカリラ級新造戦艦『アリアドネ』。
この物語は四次元時空内を航行中の戦艦アリアドネの中から始まる——
「アルト・イーデン中尉」
凛と響き美しいが、どこか抑揚の無い。コールドスリープから目覚めたアルトが最初に耳にした声がそれであった。
「おはようございます」
「うっ…ん?」
「目覚めが悪いなら薬を使用されますか?」
「いや、ナノアシだけで十分」
ぼんやりする意識の中、アルトは体内のナノマシンに指令を送る。すると体内ホルモンが調節され一気に覚醒した。
連邦軍兵士はナノマシンを精製する生体ユニットを体内に埋め込んでいる。これにより飛躍的な戦闘能力や回復力の向上やホルモン操作による様々な恩恵を得ている。
人類よりも遥かに屈強なエネミーに対抗すべく生み出された技術の一つだ。今では人間を軽々と引き裂くエネミーとも連邦軍兵士は生身で対等以上に戦える。
このナノマシン生体総合支援システムを兵達はナノマシンアシスト——ナノアシと呼ぶ。
「それでアリア、どうして君がここにいるの?」
真っ直ぐ伸びた
誰もが見惚れる彼女は厳密には人ではない。
航行支援用次世代型AIエージェント『アリアドネ』。遺伝子操作で作られた生体ユニット、通称『
「艦長よりイーデン中尉に特別任務を仰せつかっております」
アルトは内心で舌打ちした。
(何が特務だ。
現在、戦艦アリアドネはエネミー艦を追って時間軸を固定した四次元時空を移動中である。ここではほぼ時間が動かない。だから、ワープインとワープアウトした時点での時間にブレはほぼないのだが、艦は何十、何百、何千光年も空間軸を航行し続けている。
人は歳も取らないし、艦も老朽化しない。それなのに永劫とも思える時空旅行をしている。その認識の差異に人間の精神は耐えきれない。せいぜい体感で一日程が活動限界である。
そこでワープ中は当番制の最低人員だけで艦の運行を行い、
どうせ時空間では敵も味方も戦闘行為は不可能。やる事は艦の維持だけで仕事は多くない。戦艦アリアドネには九百人近いクルーが乗船しているが、ワープ中は
そんな中で特別任務などあるわけもない。
「前の当番の方が
「見てこいって?」
アルトは露骨に嫌な顔をした。
「ちなみにナミニーチェ・リエン特務准尉も調査に同行されますよ」
「えっ、ナミが?」
ナミニーチェ——愛称ナミはアルトの四つ歳下の十八歳。
薄い金髪でショートカットの似合う活発な少女だ。それでいて笑うとパッと周りに花を咲かせる可憐さもある。はっきり言ってアルトの好みど真ん中だ。
「あら、既に愛称を呼ばれる仲だったのですか」
「うっ!」
墓穴を掘ったとアルトは言葉を詰まらせた。
「ふふ、少し焼けますわ」
アリアに
艦のメインフレームと連結しているアリアが見聞きした事は全て記録に残る。これ以上は迂闊な発言はしない方が賢明だとアルトは判断したのだ。
これ以上は形勢が不利と、アルトはさっと起き上がって雑用という名の任務へと向かった。