目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
午後三時の観測者~視える青年は戦わない魔法使いを覚えている
午後三時の観測者~視える青年は戦わない魔法使いを覚えている
兎緑夕季
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月15日
公開日
1.5万字
連載中
これは何も持たないはずの青年と忘れられる魔法使いの物語。 春。桜が色づく魔法都市・神岐市。 魔法が制度として根づいたこの街では、料理、移動手段、通信端末、それらに魔法式が組み込まれ人々の生活に馴染んでいる。 そんな世界だから、魔法師がいる。彼らは人々に害を成す封魔夢なる怪物を倒してくれる選ばれた者達。 誰もがその存在に尊敬と敬意を表す。魔力を持たないその他大勢の俺…糸巻桜真もその一人。 だけど、知らなかったんだ。誰もが魔法師の活躍を見聞きする中、誰にも知られずに世界を“修復”していた魔法使いがいるなんて…。 天戸蓮…当たり前のようにクラスメイトとして現れた謎の青年はどこか他と違う。 妙に礼儀正しくて、パン作りが趣味な優しい高校生。 なのに、“違和感”がぬぐえない。 それでも、ただ…。 そこに存在するだけであらゆる物が整っていく。 ……夜詠者。 戦わない魔法使いを自称する彼は…。 きっと朝はパンを焼いたり…。 昼は友達と騒いで…。 夕方は猫と話す。 それこそが“魔法”なんだろうね。

第1話 朝

――春。


それは始まりの季節。

そして、とにかく体が重くなる時期。

3分…いや、1分でいいからベッドの中に潜り込んでいたいなと思いつつも起きないわけにもいかないので怠け心を諭しつつ足を地面につけた。

裸足だとやっぱりまだ冷たいか。

カーテンを開け放てば、見知った街が広がる。


「今日は晴れだな」


まあ、雨が降ったところで空全体に雨遮断魔法アンブレラマギアがかけられるだけなので、傘を持つ必要はない。この世界になんとなく誕生して人々の目についた魔法マギアはこれまた、ゆったりと発展した科学と結びつき気づけばどこを見渡しても魔法の技術が目に入るようになった。それこそ街中で見られる光景と言えば、魔法式マギアコードで入れられた珈琲を喫茶店で飲み、疑似魔力サブエーテルが込められた魔法端末マギアデバイスであるマギスマホで動画や買い物を楽しむ。これらが魔法を使えない人々の暮らし。そして、本物の魔力エーテルを持つ者はと言えば、箒ではなく精霊ユーナリアの力を借りた魔法で空の旅よろしくといった感じで浮遊通学していたりする。つまりは”持つ者”と”持たざる者”の境界線は狭いって事。これらのすべてはかつて魔法を夢見た人達の理想形。だけど、生まれた時から魔法が身近にある俺からすれば、ちょっと便利になったぐらいの感覚だったりする。


《昨夜、|神岐《かみき》市郊外で魔異禍まいかが発生。出現した魔力無生体――封幻夢ファントムに対し、現場には魔法特務隊の戦闘魔法師マギアーナ部隊が急行、すでに制圧されたという事です。けが人の情報は確認されておらず、現在、地域の安全は確保されていますが、詳しい被害の詳細や発生原因については引き続き調査が進められています》


流れてくるTVのニュースは耳で聞き流しつつ、俺の今の最大の関心はと言えば、並べられた目玉焼きと卵焼き、後はお味噌汁を時間内に食べ終わるかという点だけだ。母さんが用意した料理に玉子料理が並び過ぎなのはこの際置いておくが、どうして、平日の朝はいつもこんなに慌ただしいのか?


せめて5分、早く起きれば済む話だと分かっていても高校二年の男子学生にとってはいかに長く眠るかの方が重要なわけで…。そう言い訳をしつつ、俺こと糸森桜真さくまの日常は今日も今日て一応平和である。まあ、朝のニュースもネットもどこも同じような事しか言ってくれないのは少し不満ではある。しかし、そこは、封幻夢関連じゃあ、仕方がない。


俺の住んでいる神岐市は西の方にある国内ではそこそこ知られている一応“魔法都市”である。

とか、それっぽい名前で語ってみたけれど、魔法文明が根付いている現代の日本においては、普通の地方都市に変わりはない。もちろん、海と山に囲まれた街の中心部は人で賑わっている。


100mぐらいの高さの神岐タワーは街のシンボルであるし、立派な展望台だってある。

だから、観光地としてもかなり魅力的だと地元民の俺は思っているが実情は調べていないので分からない。とはいえ、ちょっと路地に入るとすぐ住宅街だし、坂道も多くて、慣れていないとしんどい。

桜はきれいだけどね。要はどこにでもある都会で田舎…それが神岐市なのである。

ただ、この街にだってやっぱり、どこの国、地域と同じで魔法由来の災害…魔異禍の脅威に晒されているわけで…。


災害と称しているけれど、内容は魔法が絡んでいれば、なんでもありだ。悪意のある魔法による破壊行為だったり、魔法鉱物マギアナイトの盗難だったり、魔法動物マギアアニマルが逃げたりとか、そういう事件なんかが含まれる。それらの対処をするのが本物の魔力を持つ人達だ。


《昨日の映像が届きました。どうぞ》


アナウンサーの声に促されて、今日初めて顔をあげると画質の悪い夜の町が映っていた。しかし、神岐タワーよりもさらに上空を生身で飛び回る複数の人影は確認できる。それぞれが黒だったり赤だったり違う色のローブを纏い、杖や剣を振り回している。

所々、青白い光が点滅しているのはおそらく彼らと契約を交わした精霊の魔法による物だろう。

結構昔だったらCGだとか合成だとか言われて騒がれたんだろうが、今生きてる俺は現実だと理解できる。


「最近、封幻魔、増えてんのかな。先週も出たばっかりなのに」


俺はぼんやりとTVを眺めつつ、玉子焼きを頬張った。


魔異禍の中で特に恐ろしいとされている封幻魔が自然災害認定されてから50年ぐらいか。

空気中に漂う魔力素マギオンが何らかの要因で形を成し、人を襲ったり、街中で暴れたり、文字通り地震や火災などの自然災害を引き起こす異形の怪物。発生理由はかつて行われていた違法な魔法研究の副産物だとか、魔力を持つ魔法動物の新種だとか様々な専門家が独自の理論を何年も展開しているけれど未だ不明。

とにかく、平穏を脅かす彼らを始末するのも今まさにニュースで取り上げられている魔法師達なのである。彼らが日々、封幻魔と戦ってくれているおかげで街は比較的平和なんだよな。


そういや、うちの魔法科の学生の中にもすでに実践に出ている生徒もいた。

もしかしたらこの中にいるかも。


「桜真、TVにくぎ付けになってていいの?」


台所から母さんの声が飛んできて、最後の卵焼きを口に運んだのであった。


「ヒーローさん達の活躍はちゃんと拝んどかなきゃ…」

「何ふざけてんのよ」

「その発言は問題だ。魔法師さん達はこの世界の英雄なんだから」

「はいはい。だけど、あんたは魔法師じゃないんだから勉強しなさいよ」

「魔法師さんの話からどうして、小言に発展するかな」

「母親ですから」

「おっと、言いますな。まあ、学校に封幻魔が出たら勉強どころじゃなくなるけどな」

「もしそうなったら、ちゃんと逃げなさいよ。変な正義感だして、ヒーローごっことか無しだから」


慌ただしい朝に真面目な母親のトーンは結構胸に来るからやめて欲しいよ。


「するわけないだろ。俺は魔力を持たない人間なんだから」


この世界には二種類の人間がいる。魔力を持ち魔法を扱える人間。

彼らは唯一封魔夢を倒せる精霊と契約を結べる。

そして、魔法の才がなく、精霊と縁のない一般人。


俺は後者だ。

でもだからって、卑屈になったり、人生を諦めたりはしないんだよな。

だって、ほとんどの人間は魔力を持たないから。

魔法師が選ばれた人間なら、俺はその他大勢って事。

でも彼らも俺だってボタン一つで組み込まれた魔法式が発動する魔法端末は難なく使いこなせるし、魔法氷マギアイスの苺シロップかけも美味しく頂ける。

要は何にも困ってないわけ。


だから、俺は今日も選ばれた人達が守ってくれる神岐市で普通の学生をやるのである。


「じゃ、行ってくるよ」


玄関の扉を開けて、冷たい朝の空気を勢いよく吸い込んだ。

ほんの一瞬、胸の奥にざらりとした何かがひっかかる。

それはたぶん、違和感?


何かが…。

どこかが…。

ズレている?


でも、その何かが分からない。


「参ったな」


全身を駆け巡る得体のしれない感覚とは裏腹に俺は結構、冷静だったりする。

だって慌てたって仕方がないもんな。

いつもの事だ。だから、気づかないフリをする。

それでも、ひっかかりがさらの大きくなったのは教室に足を踏み入れた時だった。


あれ?天戸あまとって、いつからクラスにいたんだっけ?


なんとなく、ふと思い出した名前。

知っているはずなのに、どこか馴染みがない。

知らないはずなのに、なぜか親しみを感じる。

矛盾する感想が交錯するけれど…。

彼はいつもの通りそこに座っている。

教室の窓際から見て二列目の3番目の席に…。


――天戸蓮あまとれん


緩やかな笑みで食パンかじる謎めいた青年。

今日も彼は、何食わぬ顔でそこにいた。


でも確かに…。


昨日まで俺は彼の存在を知らなかったはずなのにな。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?