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第3話 グレイとダレンとレインと

「え……嘘、グレイ。うちの母さんと同じ職場で働いてるってそれ本当⁇」

「ああ。ラヴィットなんて名前、ありふれてるから違うだろうと思って話を聞いてたんだが、まさか君のことが出てくるなんて驚いたよ」

「あ、あのさ…………。あの件について母さんやっぱり怒ってた?」


グレイが頷くとダレンは「ああー……さすがにまだ許してくれないかあ」と移動する葬儀屋の馬車の中でうなだれた。今夜のアバターはミニシルクハットと癖のある赤毛に丸眼鏡、昨夜の探偵風衣装の黒いロングコートとズボンを組み合わせたものだった。カミラと同じ色のくりっとした瞳がうかがうようにグレイを見上げる。


「あれから少し寝てから学校に行ったんだけどさ、結局授業中に居眠りしまくって全然ダメだったよ。だから今夜は遅くまで付き合えない……ごめん」

「俺は構わないよ。こっちの世界は現実と違ってわからないことが多いからこうして君がいてくれて助かる」

「……ほんと?僕なんて勉強以外は普段これしかやってないからあんまり役に立たないと思うんだけど」


ダレンが目を伏せる。グレイは頭の中でダレンを元気づける言葉を探す。


「いや。そんなことはないさ。昨日だって俺を魔犬の群れから必死に守って戦ってくれたじゃないか」

「あんなの……ちょっとこのゲームに関するスキルや知識があれば誰だってできるよ」


グレイの褒め言葉が届かない。ダレンはさらにうなだれた。


「そうだろうか。誰にでもそう簡単にできることではないと思うけどね。ダレン、忘れたのかい」

「何をさ」

「君は正式にロス市警のサイバー犯罪対策課の協力者として選ばれたってこと」


ダレンはぱっと顔を上げ「もちろん、忘れてないよ」と言ってまた顔を伏せてしまう。ダレンが一瞬嬉しそうな表情になったのをグレイは見逃さなかった。


「そういえば他のメンバーとはうまくやれてるかい。最近ログイン率が減ってるみたいだけど」

「うん。そうみたい。レインとはこっちの街でたまに会うんだけど。アリスもケインもサラもここ数日見かけないからリアルが忙しいのかも」


ダレンが協力者の候補に選ばれた他の子どもたちの名前を挙げる。グレイは調査メンバーの書類の記載を思い返して頷く。全員がこのゲームに詳しいという共通点でアメリカ全土からピックアップされたのだ。


「そうか。レインは今近くにいるかい。よかったら久しぶりに話を聞きたいんだが」

「ん、わかった。今から連絡とってみるから少し離脱するね」


ダレンはそういうと目を閉じた。本当に眠ってしまったのではなくアバターが待機中の時にするモーションのうちのひとつらしい。数分経たないうちにダレンは目を開いた。


「どうだった」

「うん。レインだけど暇してるから今からログインするって。迎えに行きたいんだけど行き先、変えてもいいかな。グレイどこか行きたいところはある?」

「いいや、特にないよ。どこかで待ち合わせるのかい」

「えっと、そう。この間行ったフォッグってアバターショップは憶えてる?あそこで待ってるって」



グレイとダレンが乗った馬車がアバターショップ・フォッグの前に到着する。ダレンが外に出ていきレインを連れて戻ってきた。


「こっ……こ、こんばんはグレイさん。あの、お、お久しぶりです……!」


レイン・フォンがグレイに会うなり勢いよくお辞儀をしたので頭に被っていた灰色のシルクハットがすっ飛んで床に落ちる。目元を隠す青いグラデーションがかかった髪の間に黒い犬の垂れ耳のようなものが見え隠れしている。


「ええと君……本当にレインかい?なんだか前にあった時とだいぶ印象が違うんだけど」

「え、そう……ですかあ?」


レインがグレイを見て不思議そうな声を出す。ダレンもそうだが最初に見た書類のデータに比べると面影はほとんどない。もしあるとすれば獣の耳と目元を隠す髪型を好んで使っていることくらいだ。


「それで、僕に話ってなんですか」

「それなんだが……すまない、馬車のドアを閉めてくれダレン。人に聞かれたくない」


ダレンは頷いてグレイの指示に従う。レインは席の隅っこに座り、緊張した様子で手に持った赤いボタンの目をした黒い犬のぬいぐるみをいじっている。どこかで見たことのあるデザインだ。


「それ……もしかして魔犬バスカヴィルかい」

「え。そうですけど。グレイさん知ってるんですか」

「ああ。最近ダレンと一緒に会ったばかりからね。厄介だったよ」


グレイは咳払いするとレインのほうをまっすぐに見てこう切り出す。


「ところで……切り裂きジャックジャック・ザ・リッパーは見つかったかい?」


切り裂きジャックとは1888年にイギリス・ロンドンのホワイトチャペルとその周辺で犯行を繰り返したとされる正体不明の連続殺人犯である。


当時の捜査記録やメディアでは「ホワイトチャペルの殺人鬼」や「レザー・エプロン」などとも呼ばれていたらしい。


このVRゲームのタイトルにもなっている1888はに切り裂きジャックが実際に生きていたとされる時代を再現したものなのだ。ちなみにロンドン・ナイトのナイトは騎士(knight)ではなく夜(night)であり、ユーザーからはよく間違われるらしい。


レインは首を横に振り、ダレンは初めて聞いたというように眉をひそめる。


「そうか。俺も探しているんだがなかなか見つからなくて困ってるんだよ。今回のユーザーが死亡した怪事件の原因がこの切り裂きジャックらしい」

「ゲームのタイトルにも1888年ってあるくらいだもんね。ところでそいつ強力なボスキャラかなにか?」


興味を持ったのかダレンが聞いてくる。グレイは「いや、実は正体は分かってない」と返した。


「ダレンが言う通りどうやら最初は高レベルの討伐クエスト用のボスキャラクターだったらしい。それに何か……不具合というかバグみたいなものが発生したようなんだ。運営側も必死に原因を探っているようでね」


グレイは顎に黒い手袋をはめた手をあてて考えこむ。


「そ、そうなんですか。切り裂きジャックといえば……ロンドンのイーストエンドのスラム街に住んでいて娼婦たちを殺害した話が有名ですよね。ほら、映画とか小説に舞台とかミュージカルにもなってるくらいですし」


レインが切り裂きジャックの概要を簡潔に説明するとグレイとダレンも頷く。


「……そういや切り裂きジャックって解剖学や外科学の知識のある奴だったって話も本で読んだことあるよ。被害者の娼婦たちは皆、喉と腹部をかき切られてたらしいし中には内臓を取り出されていた犠牲者もいたって」


ダレンがそう言うとレインが顔を青くして淡い水色のシャツの袖で口元を押さえる。おそらく今の話を頭の中で想像してしまったのだろう。髪から飛びだした犬の耳がぷるぷると体に合わせて小刻みに震えている。


「大丈夫かいレイン。ダレン、君はもう少しグロテスクさを押さえられないのかい」

「う……ごめん、グレイ」


グレイに注意されたダレンは一瞬ぎくっとし、素直に謝った。


「す、すみません……。僕こういう話が本当に苦手で。ちょっとお手洗いに行ってきます……!」


レインの使っているアバターが目を閉じた。いや、髪が目にかかっているので確認はできないがこの間のダレンの時と同じだろう。


「どうするグレイ。レインが戻ってくる前に現場……イーストエンドのスラム街に一応行ってみる?」

「そうだな。まだあそこは調べていないし、行ってみようか。レインには無理そうなら調査から外れるかログアウトするように後から言っておくよ」


グレイがレインのアバターの様子を見ながらそう言うとダレンは頷き、馬車の行き先をイーストエンドのスラム街に設定した。《》

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