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第2話 魔犬狩り

グレイが寝床についたのは結局朝の6時ごろだった。寝るのが遅くなった理由は同じエリアにいたダレンと合流してから緊急クエストに参加していたからだ。


(頭痛がする……もしかしてこれがVR酔いってやつか?)


肩から後頭部あたりにかけて上から押さえつけられるような鈍い痛みにグレイはベッドの上でごろごろと寝返りをうつ。部屋の中を見回すが疲れからかピントが合わず両目とも視界がひどくぼやけていた。


(……大変だったな、あれは)


グレイはさっきまで参加していたクエストの様子をぼんやりと思い返す。ダレンと馬車で向かった場所は路地裏の奥にあり、外の太陽が昇ってきた明るい街の様子とは正反対だった。大気中に漂う灰色の瓦斯ガスの混じった濃い霧が立ちこめている。


「……目的地はこの先だね。行くよグレイ。僕の後についてきて」

「ああ」


馬車をエリア入り口に待たせ、ダレンはコートの裾をひるがえして足早にずんずんと先に進んでいく。グレイも後を追う。街からエリアが切り替わるポイントを通過する時に目には見えない壁にぶつかるような感触があった。


路地裏の奥は広場に繋がっており、薄暗くて壁際にいくつか灯された紫色の角灯ランタンがいかにも何かが出そうな雰囲気を演出していた。出口は鉄の柵で閉じられている。


「うわー……なんかいかにも戦ってくださいって雰囲気出まくりだなあ。期待してちょっと損したかも。あ、グレイあれ見て。早速お出ましみたいだよ」


ダレンがそう言って奥の暗がりを指さす。ぐるる……という低く威嚇する獣の唸り声が次第に近づき、赤く瞳を発光させた子牛ほどの体躯をした魔犬の群れがダレンとグレイをぐるりと取り囲む。ダレンはコートから年代ものらしいデザインの黒い拳銃を取り出して構え、グレイにも武器を構えるように指示する。


「……いい?僕が先陣を切るから、グレイはなるべくやられないようにとにかく動きまわって。あとここは街とは別のダンジョンエリアだからダメージを受けても死なないし安心して」

「わかった。作戦は君に任せるよダレン」


グレイが頷くとダレンは1番手前にいたバスカヴィルに向けて発砲した。弾が眉間に命中し、地面に倒れるのと同時にこのエリア一帯を覆う霧のように跡形もなく消えていく。それを合図に他のバスカヴィルたちが一斉に襲いかかってきた。


ダレンは1歩後ろに下がってから再び発砲し、そのまま壁をブーツの靴底で蹴って反動をつけてパルクールばりの三角飛びで移動してからグレイに飛びかかった数匹の魔犬の胴を順番に撃ち抜く。


「グレイ、大丈夫?!」


ダレンは壁際でシャベルの柄を構えて応戦していたグレイの元に駆けよる。魔犬の爪で引き裂かれたコートの袖やシャツに点々と血が飛んでいた。


「……ああ、なんとかな。こいつがわりと頑丈なおかげで助かったよ。これだけの数がいると倒してもキリがないな」

「よかった……。後から手当てするからもう少し我慢して」


次から次へと飛びかかってくるバスカヴィルの群れを後ろも見ずほぼノールックで撃ちながらダレンが囁く。横からグレイに噛みつこうとしたのを足で払って転倒させてから胸を撃つ。


容赦ない攻撃と人間離れした動きでダレンはバスカヴィルの群れを掃討していく。最後は面倒くさくなったのかもう1つ拳銃を取り出して2丁で応戦していた。


「…………終わったよ。立てる?」


着ているコートやシャツを魔犬の血まみれにしたダレンがグレイに手を差しのべてくる。奥の鉄柵が開いて、広場に白く眩しい光が差しこんでいた。バスカヴィルの群れが残したらしい小石ほどのブラッドストーンがいくつか煉瓦敷きの地面に転がっている。


「……手間をとらせてすまない」

「いいよ別に。今日は学校昼から行くことにするから午前中の授業はパスするし」


ダレンは手を引いてグレイを立ち上がらせると出口の鉄柵の奥に向かう前に地面のBSを素早く拾い集めて巾着袋に入れた。


*


「ねえグレイ、私の話聞いてる?」

「……え。ああ、すまない。何だったかなカミラ」


グレイはロサンゼルス市警のサイバー犯罪対策課の自分のデスクを挟んで向かい側にいる同僚のカミラ・ラヴィットを見上げる。フレームなしの眼鏡をかけた色白の肌の眉根にわずかに縦に皺が刻まれる。切れ長の深い緑色の瞳がグレイを見て「嘘、聞いてなかったの?」というように細められた。


「何って……貴方の担当してる例のVRゲーム内で起きた怪事件について聞いてるんだけど。その様子だとまた徹夜ね、隈がひどいわ」


カミラは肩あたりまで伸ばした銀髪グレイへアをかき上げ、自分の席から立ち上がるとぐるっと他の職員のデスクをまわりこんでグレイの席まで歩いてくる。


無言でグレイのデスクに署内のコンビニで買ったらしいカップ入りコーヒー、新鮮なレタスやトマトなどの野菜とカリカリに揚げたポークカツを挟んだミックスサンドの紙包みが置かれた。


「はいこれ。朝ごはんまだでしょう。今朝買ったら余ったの。よかったら食べて」


グレイはただ頷いた。カミラは今隣の席に誰もいないことを確認してから座り、グレイと向き合う。


「……隈だけじゃなくて髪も髭も伸び放題じゃない。たまには散髪しに行ったら?」

「なかなか……時間がなくてね」

「それはゲームに集中してるから?捜査なのはもちろんだけど、没頭するほどのめりこむのはあまりお勧めしないわよアレ」


グレイのぼさぼさで長く伸びた暗い茶髪にまじった白髪を眺めるカミラ。その眉間の皺が消えない。グレイは「気をつけるよ」とだけ言うがまだ疑っているようだ。


「うちの息子も貴方が捜査してるロンドン・ナイト1888の大ファンでだいぶ前からハマってるんだけど……私の知らないうちにゲーム内アイテムに課金してたのよね。後から思いっきり雷落としてやったわ」


グレイは怒り狂うカミラの姿を想像して身震いした。そういえば彼女に息子がいたというのは初耳だ。


「カミラ、君の息子さんの名前……なんていうんだい」

「え。ダレンだけど」《》

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