「あ、あ、あの……な、何で……」
押し入れから勝手に出してきた布団を見て、シイはあからさまに動揺していた。浴衣姿になった侃爾はあたふたする彼女を邪魔がりながらちゃぶ台と火鉢を部屋の端に避け、丁寧に布団を敷いていく。
「こ、これ、どどど、どうす……」
枕の表面を手の平で均してから漸く手を止めた侃爾の横にしゃがみ込み、シイは困ったように彼を覗き込んだ。対する侃爾は飄々とした様子で「別に」と返す。
「遅いから泊まらせてもらう。使っていない布団と敷ける場所があるのだから構わないだろう?」
俺は寝言も言わないしいびきもかかない、と付け足して侃爾は敷いたばかりのそこへ横になった。
シイは別室で寝るのだし、そもそも異性とはいえ特別な感情を持たない相手――否、ある意味では特別と呼べるほどの憎悪は持っているのだが――と一晩を過ごしたところで過ちなど起きようはずも無いのだ。そういう心配が無いからこそ、ただ何となく、この夜だけは共にいてやろうと思った。深い意味など侃爾は考えていなかった。
「で、でも、この家は、さ、寒いです」
片肘をついて半端に上体を起こす侃爾を前に、頬の筋肉を強張らせたシイが説得を試みる。
しかし侃爾はまた「別に」と呟いて、
「寮だって同じくらい寒い」
と顎をしゃくった。
「な、何もおもてなしできません……」
「もとより期待して無い」
「あ、う、な、何で……」
言いながらシイは胸の前で手を握り合わせる。
そしてもごもごと重そうに唇を動かし、しかしはっきりとした声調で問うた。
「どうして一緒に……いてくれるのですか?」
シイの言葉に、侃爾の思考は一瞬だけ停止した。
そう訊かれるとは思わなかった。
どうして、――どうして?
そうすべきだから?
家族や友人が同じように辛いとき、一緒にいてやりたいと思うから?
――――……心配、だから?
思い至ったとき、侃爾の全身の毛穴が一斉に汗を噴き出した。心臓が早鐘を打つ。頭の回路に熱が籠ってゆく。
侃爾は己の滑稽な思考に言い訳を付けようとして言葉を返すことを忘れていた。
心配とは何だ。まるで親しい間柄のようではないか。
俺らしくも無い。
そう侃爾が悶々としているうちに、自身の問いが侃爾を困らせてしまったと察したらしいシイが陰りのある声でささやいた。
「あ、あの、おかしなことを尋ねてしまい、すみませんでした。……夜道は危ないですから、こんなところで、よ、よければ、お休み下さい」
「では」と奥の部屋に逃げて行く背中を、侃爾は呆然と見送る。
障子一枚を隔てて、布団が敷かれていく音が聞こえてくる。その中に潜り込む音も、身動ぎする音も聞こえる。思っていたよりも筒抜けだ。
午後十時十五分。
頭の中が冷え、この空間に妙な居心地のよさを感じてきた頃、侃爾の意識は軒から落ちる雨粒のようにポチャンと落ちた。