「あー、やっちゃった」
校時の合間に
窓際の席についたままだった透一が右手の人差し指を立て、反対の手で制服のポケットを探っている。「何だよ」と声を掛ければ、友人は「ほら」と見やすく指を上げた。
「教科書の端で指を切ったんだ。深くは無いが、こういうのって地味に痛いよなあ」
火熨斗で皺無く伸ばされた白いハンカチを、透一は躊躇せず傷に当てた。まるで半紙に墨汁を垂らしたように染み広がる赤に、侃爾は頭がくらくらする。額に冷や汗が滲む。
男子たるものこれではいけないと叱咤しても足元が覚束なくなってきて、倒れるように透一の前の空席に腰を下ろした。
「こんな血、すぐに止まるな」
透一が暢気に指を観察する。傷を広げると、赤い珠がぷくりと浮き出た。
「保健室行けよ」
青い顔で言う侃爾に、透一はニヤリと笑って、
「お前は相変わらず、血が苦手なんだなあ」
と逞しい肩を叩いた。
「こんなにいかついナリをして、可愛らしいことだ」
形のいい目が三日月のようになるのを苦い顔で見てから、侃爾は気分を変えるために窓の外に視線をやった。陽の光を浴びて輝く雪面がきらきらと美しい。
脳裏の赤が白に替わる――――など都合のいいようにはならず、三日前に見た血だまりまで反芻し、侃爾はきつく目を瞑った。
パッと散って、ドロリと流れた血液。
さぞ痛かっただろうに、あいつは泣いてはいなかった。
何かを諦めたような表情が、侃爾の胸の中を引っ掻く。
「そんなことで医者になろうなんてよく思ったよなあ」
透一が独り言のように、しかしけからかいの色を孕ませながら話す。
「採血もまともに出来ないだろう」
「追々慣れて行けばいい」
「そう上手くいくかな。もう少し慣れる努力っていうものをしたほうがいいんじゃないか?」
「そんな機会があったらとっくに飛びついている」
そうだよなあ、と透一が傷を包んでいたハンカチを剥がすと、出血は止まっていた。
ちょうどよく鐘が鳴り、次の校時が始まる。侃爾は体が大きいからという理由で一番後ろに配された席で教科書を広げ物思いに耽った。
確かに、こんな自分が医者になれるのだろうか。
一抹の不安が押し寄せて、気持ちが重くなった。