「同情なぞ期待するなよ。こちらは弟を傷つけられているんだからな」
怒りに顔を歪めながら告げ、侃爾はシイの着物の襟を掴んで無理矢理立ち上がらせた。よろけた拍子に彼女の下駄が脱げる。
シイの華奢な足首を伝う血に眩暈がした。
人々の視線が二人に集まっている。
もう引き返せない。
「何もかも……目障りだ」
侃爾は低く言い、腕を振りかぶってシイを地面に投げつけた。
彼女は侃爾が予想したよりも遠くまでよろけて店の軒下の柱に額を強打し、――鮮血が花火のように弾けた。
倒れ込んだシイの周囲に血の飛沫が撒き散らされる。
ぶつけた額はしとどに濡れて、溢れた血液は着物をどす黒く汚した。
罰を与えようとした侃爾もこれには身を硬くした。
シイはそれでも黙したまま、己の内から零れるものをじっと見つめていた。そして誰もが顔を顰める中でふらふらと立ち上がり、一本道を亡者のように歩いてどこかへ行ってしまった。侃爾がその背中から目を離せないでいる間に、興味を失った人々の群れは散り、辺りは元の雰囲気に戻った。
店の男は立ち尽くす侃爾を「よくやった」と褒めた。
侃爾は深呼吸をしながらその場を後にした。頭の中に真っ赤な花火が、流れ落ちる鮮やかな血液が、こびりついて離れない。見れば指先まで冷えた手が震えていた。
恐怖がこみ上げてくる。
血の色が心を乱すのだ。
こわい。
こわい。
あの怪我の原因をつくったのは間違いなく自分なのに、認めることがどうしようもなく恐ろしかった。
震える手で作った拳が重い凶器のように見えた。事実、凶器になったのだ。
振り返ると柱は血に濡れたままだった。
寮までの距離がいつもより遠く感じ、着いた後は食事も取らずに布団に潜り込んだ。