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第6話:入場試験(3)

 ヨッシーは、およよ……と嘆き悲しんだ。お尻がいい具合にほぐれてしまった。それを恥に思ってしまう。


"獣姦は最高だなぁ!"

"眼福、眼福"

"もっとヨッシーがひどい目に会わせられるのに期待"


「うう……わっちがひどい目に会うと内閣支持率が上がるのでおじゃるな……理不尽すぎるシステムではないか、これ?」

「ダンジョン配信なんて、こんなもんでしょ」


 あっけらかんとノッブがそう言って見せる。当初の予定では、自分の大活躍をお茶の間の国民に見せつけて、自分のリーダーシップの凄さを認めてもらう方針であった。


 だが、蓋を開ければ、自分がひどい目に会うほうがよっぽど支持率回復に貢献してしまっている。


 こんなに悲しいことなどない。格好良い場面を連続で放映してもらいたかった。だが、何のいたずらが働いているのかと、にんまり笑顔の女神に問いただしたくなるばかりだ。


「さあ、あと2体のガーゴイルを倒してもらうわよ!」


 女神はこちらの気持ちを汲んでくれはしなかった。力なく立ち上がる。脱力しきった身体を翻す。刀が光を反射する。


 ガーゴイルの腹に斜めに光の筋が走る。ずるりとガーゴイルが崩れ落ちる。ノッブがこちらに拍手してくれる。


 だが、マスコミからは「チッ!」という心無い声が聞こえてきた。


「ノッブ殿ぉ!」

「よしよし。本当にマスコミはひどいですね。まあ彼らも今更、失脚間近のヨッシーが活躍する場面なんて望んでいないんでしょうけど」

「ひどすぎるのじゃーーー! わっちの味方はいないのでおじゃるか!?」

「ふふっ。先生がいますよ」

「……ノッブ殿。溺愛スパダリみたいな微笑みはやめるのじゃ」

「うん? 何かいけませんでした?」

「わっちはノッブ殿に抱かれるつもりはないと言っておるのじゃーーー!」


 ノッブから距離を取るため、両手に力を込めて、グイっと押しのける。「やれやれ……」とノッブが肩をすくめている。


 ノッブの仕草に腹が立ってしょうがない。トゥンクと高鳴った自分の胸を刀で抉ってやりたくなってしまう。


 しかしながら、自傷行為は絵としては最悪だ。そうしたい気持ちをなんとか抑える。ノッブがこちらから視線を外し、ミッチーの方を見た。


(くぅ! 見られたくないと思いつつ、ノッブの視線がわっちから外れると、むかっとなっている自分にも腹立たしいでおじゃるーーー!)


 感情がぐちゃぐちゃだ。黒髪ツインテールJC姫武者の姿になってからというもの、どうにも感情の抑制が難しくなっていた。


 女子の皮を着ているだけだと思っていた。だが、実情は違うようだ。外見だけでなく、内面にも影響が出始めていると感じる。


 そんな自分の状態をノッブに知られたくないという気持ちが強まっていた。ちらりとノッブの方を見る。


 ノッブはひそひそとミッチーに耳打ちしている。ミッチーがこくりとノッブに頷いている。どうせろくでもないことを思いついたんだろうと訝しむ。


「さて、ここまでたいした見せ場のないサルに残り1体を始末してもらいましょう」

「うきーーー!?」

「秀吉殿。ぐちゃぐちゃの肉塊にされるだけでは不本意でしょう。さあ、隠された力を発揮してください」

「うきき……」


 サルが観念したようだ。「なんまんだぶ、なんまんだぶ」とサルを憐れんでおく。


「うきき……うきー!」

「おお、すごい! サルの身体から白いオーラが立ち上っています! そのオーラがガーゴイルを包み込みましたよ!」

「って、わっちが両断したガーゴイルの身体がくっついたでおじゃる!」

「これが秀吉殿の隠された力でござるか!」


 両断したはずのガーゴイルの身体が元に戻った。ガーゴイル自身も目を白黒させている。わきわきと手を動かしている。自分の身に起きたことが信じられないといった雰囲気を醸し出している。


 そのガーゴイルがニッコリとほほ笑んだ気がした。そして、サルへと向かって、手を差し伸べてきた。


「うきき!」

「ウゴゴ!」


 確かにこの瞬間、サルとガーゴイルはわかりあっているように思えた。ガーゴイルはサルを両手で包み込んだ。


 そして、次の瞬間、その石でできた手でサルを包み込み、さらにはグシャと音を鳴らした。


「サルー!」

「ひ、秀吉殿!?」

「何が起きたでおじゃるかーーー!?」


 皆で一斉に女神へと顔を向けた。女神は「ふふん!」と鼻を鳴らしている。こちらは怪訝な表情になるしかない。


「甘いわね! ガーゴイルはあなたたちの敵よ! 敵を回復させても、それで戦いを回避できるわけじゃない! これがこの世界の不条理よ!」

「あの……それはさすがにひどすぎないかえ?」

「ダンジョンに存在するモンスターは言わば、白血球よ。モンスターから見れば、あなたたちは体内に入り込んだばい菌そのものなの!」

「なるほどのう……では、女神様もわっちたちの敵ということじゃな?」

「ちょっと! その刀を仕舞いなさいよっ! わたくしはあなたたちの味方!」


 女神が慌てている。自分はモンスターではないと主張してきた。


"この女神、何か隠してないか?"

"ヨッシー、斬っちゃえ!"

"ゲームマスターと名乗るやつが本当の悪ってのはお約束だからな!"

"でも……おまえら、女神様のエッチなシーンを拝む前に退場されるのは困らないか?"

"……ヨッシー、女神と和睦しろ!"


 いつの世も大衆とは愚かと言えた。だが、民主主義国家の現代日本において、国民の意見、要は世論を無視するわけにはいかない。


 ヨッシーは女神を斬りたい気持ちを抑え込む。これはダンジョンへの入場試験だ。サルはぐちゃぐちゃの肉塊になったが、数分後には復活するはずだ。


 それよりもサルの仇を取るほうが先決だ。


「ミッチー殿。発砲許可を出すでおじゃる。穴だらけにしてやるでおじゃる!」

「承りました。では、少し離れてください」

「ん? どういう意味じゃ?」

「ロケットランチャーで吹き飛ばします」

「アホしかおらんのかぁ!」


 ミッチーを止めようとしたが、その前にノッブに羽交い絞めにされた。さらには巻き込まれないようにと、ノッブの手でその場から無理矢理、移動させられてしまう。


 その間にも、ミッチーはどこからか取り出したロケットランチャーをよっこらしょと肩に担いでいる。そして、狙いを定め、ボタンをポチッと押している。


 ロケットランチャーが火を吹いた。轟音が響き渡り、マスコミたちは全員、その場で腰を抜かした。


 ガーゴイルが木っ端みじんに吹き飛んだ。残されたガーゴイルが慌てて、石の羽をばっさばさと羽ばたかせる。だが、その動きは緩慢すぎた。


 ミッチーは次弾を装填し終える。ロケットランチャーを再び、肩に担ぐ。


「ふっ……秀吉殿を殺した貴様たちを許すはずがなかろう! 発射でござる!」

「ウゴアァァ!」


 最後の1体が爆散した。ミッチーがロケットランチャーを地面に置く。そうした後、こちらにサムズアップしてきた。


 ずきずきと頭痛がする。ミッチーの行動は全てマスコミたちのカメラに収められている。報道規制を敷くべきかどうか悩みに悩んだ。


 だが、心のどこかで諦めがついた。身体をマスコミたちの方へと向ける。そして、彼らに向かって一礼する。


「これは……そう、試作型の魔導ランチャーじゃ! ミッチーに試し撃ちしてもらったのじゃ!」

「いえ、ヨッシー様。これは本物のロケットランチャーでござる。自衛隊から借りてきました」

「おまっ! わっちがなんとかごまかそうとしているというのに!」

「下手にごまかすのはよくないと思うでござる」

「おぬしは憲法第9条を知らぬでおじゃるか!?」

「武器の不使用とか寝ぼけたあの憲法第9条ですか? あははっ。冗談もきついでござるよ」


 話にならなかった。拳銃だけならまだごまかしようもあった。しかし、明らかに軍隊が使うロケットランチャーをぶっ放した。それは足利政権もぶっ飛ばすことに繋がる。


 ヨッシーはがっくりと肩を落とす。


「ノッブ殿。わっち、疲れたのじゃ」

「おやおや。では、ベッドの用意をしないといけませんね」

「あほかっ! 見るが良いわ、内閣支持率を……って、なんでほんのり上昇しているのでおじゃる!?」

「まあ、憲法第9条はさすがに平和な日本でも疑問視されていますからね。国民の目を覚ますには良い祝砲になったんじゃないですか?」

「どうなってるの現代日本! もうわけがわからないでおじゃるーーー!」


 ヨッシーが危惧していた足利政権大爆発は起きなかった。それに安堵しつつも、これで良かったのかと疑問を感じてしまう。


「まあ、一応、警察庁に電話しておきます。えっ? ロケットランチャーはやりすぎ。ダンジョンの外に出たら、事情聴取させてもらう?」

「ふむ。では、ほとぼりが冷めるまでダンジョンに籠っていなければならないでござるな、あはは!」

「あははでないでおじゃるわ!」



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